正宗白鳥著
Reading edition
目次
何處へ (四十一年一月―四月 早稻田文學) ……………………… 一
玉突屋 (同 年一月 太 陽) ……………………… 一三五
六號記事 (同 年一月 文章世界) ……………………… 一四三
彼の一日 (同 年三月 趣 味) ……………………… 一五九
五月幟 (同 年三月 中央公論) ……………………… 一七三
村 塾 (同 年四月 中央公論) ……………………… 二〇五
空想家 (四十年十 月 太 陽) ……………………… 二二一
株 虹 (同 年十二月 新思潮) ……………………… 二六九
凄い眼 (四十一年八月 太 陽) ……………………… 二九一
世間並 (同 年七月 趣 味) ……………………… 三一一
何處へ
(一)
可愛かあいい目元めもとをほんのり酒さけに染そめた女をんなが高たかくさし掛かけた傘かさの下したに入はいつて、菅沼健次すがぬまけんじは敷石傳しきいしづたひに門口かどぐちへ來きた。
「ぢや明後日あさつて、屹度きつとですよ」と、女中ぢよちうは笑顏ゑがほで覗のぞき込こみ、艶氣つやけを含ふくんだ低ひくい聲こゑで云いつた。
「むゝん」と健次けんじは女をんなの顏かほをも見みず、引ひつたくるやうに傘かさを取とつて、さつさと急いそぎ足あしで步あるき出だしたが、五六間けんも步あゆんで我知われしらず振返ふりかへると、「鳥とり」と行書ぎやうしよで書かいた濕しめつた軒燈がすとうの下もとに彼かの女ぢよがぼんやり立たつてゐる。
健次けんじは何なんの譯わけもなく微笑につこりする。女をんなも微笑につこりして、胸むねを突出つきだして會釋ゑしやくする。
それも一瞬間またゝくまで、健次けんじは傘かさを肩かたにかけ、側目わきめも振ふらず上野うへのの廣小路ひろこうぢへ出でて、道みちを山下やましたの方はうへ取とる。
昨日きのふの天長節てんちやうせつに降ふり通とほした雨あめは、今日けふも一日にち絕間たえまなく、濕しめつぽい夜風よかぜが冷つめたく顏かほに吹ふき當あたる。往來わうらいの人々ひと〴〵は皆みな傘かさを斜なゝめに膝ひざを曲まげて、ちよこ〳〵と小股こまたに急いそいでゐる。健次けんじも膝ひざから下したはびしよ濡ぬれになつたが、敢あえてそれを氣きに留とめるでもなく、只たゞいゝ氣持きもちで、口くちの内うちで小唄こうたか何なにか呟つぶやいて、沈しづんだ空そらへ酒臭さけくさい息いきを吐ふきながら、根岸ねぎしの近ちかくまで來くると、橫合よこあひから底そこの深ふかい大おほきな蝙蝠傘かうもりがさが、不意ふいに健次けんじの蛇じやの目めにぶつ付つかる。チエツと舌打したうちして避さけやうとする機會とたんに、蝙蝠傘かうもりがさの男をとこが聲こゑをかけて、
「やあ君きみ」と立留たちどまつた。
健次けんじは少すこし驚おどろいて、「やあ君きみか、何處どこへ行いつた」
「君きみの家うちさ、今夜こんやは雨あめだから、屹度きつとゐるだらうと思おもつたのに、何處どこを浮うかれてた、いい顏かほつきをしてるぢやないか」
「そりや氣きの毒どくだつたね、これから僕ぼくの家うちへ行いかうぢやないか」
「いや、もう遲おそいからよさう」と、蝙蝠傘かうもりがさの男をとこは長ながい身體からだを屈かゞめて、下駄屋げたやの時計とけいをのぞいて見みて、「もう彼此かれこれ九時じだね」と一寸ちよつと考かんがえ、「實じつは君きみに少すこしお賴たのみがあるんだが……此處こゝで話はなしてもいゝが、どうだ其邊そこらの珈琲店コーヒーてんへでも寄よつて吳くれんか」と、首くびをまはして周圍あたりを捜さがす。
「ぢや、さうしよう、この先さきにいゝ家うちがある」と、健次けんじは先さきに立たつて、半丁はんちやうばかり泥濘ぬかるみの中なかを通とほつて、擦玻璃すりがらすに一品亭いつぴんていとある小ちいさい西洋料理店せいやうれうりてんへ行いつた。
客きやくは一人ひとりもゐない。白布ぬので蔽おほうたテーブルの上うへに火鉢ひばちを置おいて、籐椅子とういすが四五脚きやく周圍まはりに不秩序ふちつじよに置おかれてある。健次けんじは火鉢ひばちの火ひを搔かき廻まはして、
「君きみは馬鹿ばかに寒さむさうぢやないか、さあ當あたり給たまへ」
と云いつて、卷煙草まきたばこに火ひを付つけて、反身そりみで椅子いすに寄よりかゝり、頻しきりに瞬まばたきをしながら仰向あふむいて煙草たばこを吸すふ。
今迄いまゝで板いたの間まに腰掛こしかけ、左右さいうの袖そでを搔かき合あはせて居眠いねむりをしてゐた小娘こむすめが、高たかい足駄あしだを引摺ひきずつて、
「お誂あつらへは」と寢呆聲ねぼけごゑで聞きく。
「寒さむいから日本酒にほんしゆがいゝだらう、料理れうりは何なにがいゝ、ビフテキにでもするか」と、骨太ほねぶとい手てを火鉢ひばちの上うへに翳かざしぽかん﹅﹅﹅としてゐる相手あひての顏かほを見みて、默諾もくだくを得えて、健次けんじは小娘こむすめに命めいじた。
この丈高たけたかき男をとこは織田おだ常吉つねきちと云いひ、健次けんじが昔むかしの同窓どうそうの友ともで、今いまは私立學校しりつがくかうに英語えいごの敎師けうしを勤つとめ、傍かたはら飜譯ほんやくなどをしてゐる。年齡としは健次けんじより僅わづか一つ上うへだが、健次けんじの小柄こがらで若わかく見みえるのに反はんして、格段かくだんに老ふけて見みえる。丈たけの高たかきのみならず、それに釣合つりあふ程ほどに肉付にくづきもよく、見みた所ところ魁偉くわいゐなる人物じんぶつであるが、何處どことなく身體からだにゆるみ﹅﹅﹅がある。鹽氣しほけが足たらぬ。顏かほは平ひらたく目めは細ほそく、耳みゝは福々ふく〴〵と垂たれてゐる。
「君きみは相變あひかはらず氣樂きらくさうだね、殊ことに今日けふは愉快ゆくわいな顏かほをしてるぢやないか」と、織田おだは健次けんじを見みて、ゆつたりした聲こゑで云いふ。
「はゝゝゝ、そう見みえるかな、これで二三日打續ぶつつゞけだよ、まあ社しやの方はうが暇ひまつぶしで、遊あそぶ方はうが本職ほんしよくのやうな者ものだ、しかし本職ほんしよくとなると、遊あそぶ方法はうはふに苦心くしんする。如何いかにして遊あそぶべきかが、僕ぼくの當面たうめんの問題もんだいである」と、陽氣ようきな聲こゑで、一寸ちよつと桂田かつらだ博士はかせの假聲こはいろを使つかひ、顏かほに愛嬌あいけうを湛たゝえて微笑々々にこ〳〵する。
「まあ遊あそべる間うちは遊あそぶがいゝやね、しかし今いまもね、君きみの母堂マザーと話はなして來きたんだが、健次けんじも此頃このごろは酒好さけずきになつて困こまると云いつてたよ、祖父おぢいさんのやうにならなきやいゝがと云いつてゐられた」
「さうか、僕ぼくの母方はゝかたの祖父ぢいさんは、大酒呑おほざけのみで終しまひには狂人きちがひになつて死しんだんだからね、それに僕ぼくの顏かほが次第しだいに祖父ぢいさんに似にて來くるさうだから、母はゝは心配しんぱいしてるだらう」
「何なに、さうでもないらしい、只たゞ早はやく嫁よめを貰もらひたいやうな話はなしをしてゐた、僕ぼくにもいゝのを見みつけて吳くれつて、本氣ほんきで云いつてられたよ、親おやは有難ありがたいものだね」
「さうかね」と、健次けんじは嘲あざけるやうに云いつて、「君きみも精々せい〴〵美人びじんを捜さがして呉くれ賜たまへな」
「そんな氣きがあるんなら周旋しうせんしよう、しかし何なんだよ」と云いひかけた所ところへ、小娘こむすめが銚子てうしを持もつて來くると、織田おだはぽかんとして、前まへの話はなしの緖いとぐちを忘わすれてしまひ、健次けんじの矢繼早やつぎばやにさす盃さかづきを三四杯はい引受ひきうけた。
「で、君きみ、僕ぼくに用事ようじと言いつて何なんだい」と、健次けんじは强つよい調子てうしで押付おしつけるやうに云いふと、織田おだは「何なに、急きふな事ことでもないんだがね」と、前まへに自分じぶんが賴たのみがあると云いつた癖くせに、その用談ようだんを避さけるやうにして、ビフテキの小ちいさい切きれをもぐ〳〵させながら、顏かほを顰しかめ、「非常ひじやうに堅かたい」と呟つぶやき、暫しばらく無言むごんの後のち「僕ぼくも弱よわつたぜ、親爺おやぢの病氣びやうきがます〳〵よくないんで、入院にふゐんさせなくちやならんのだ、まだ確定かくていはしないが、どうも胃癌ゐがんらしい」
と、フオークとナイフとを持もつたまゝ、仰向あふむいて云いつたが、顏かほにも言葉ことばにも弱よはつてる樣子ようすは見みえず、例れいの通とほりポカンとしてゐる。
「さうかい、そりや困こまつたね」と、健次けんじは少すこしも手てを付つけぬ皿さらを見詰みつめたなりで、氣きのない聲こゑで云いひ、心こゝろでも左程さほど同情どうじやうしてる風ふうはない。織田おだは相手あひてに頓着とんちやくなく、悠長いうちやうな聲こゑで、
「妻ワイフは身みが重おもいし、母はゝはあの通とほりの無性者ぶしやうもので、一日いちにち煙草たばこばかり吸すつてゝ役やくにや立たたず、妹いもとは學校がつかうへ行いつたきりで、遲おそくまで歸かへつて來こんから、何なにもかも僕ぼく一人ひとりでやらなくちやならんのでね、本當ほんたうに困こまるよ、それでこの四五日にちは學校がつかうも缺勤けつきんばかりしてる」
「ぢや妹いもとを學校がつかうへやつて、君きみは缺勤けつきんして家うちの世話せわをしてるんだね、しかし病人びやうにんの看護かんごなんか君きみの適任てきにんぢやないね」
「だつて仕方しかたがないさ、どうも一家かの主人しゆじんとなると面倒めんだうなものだ、今いまに君きみも結婚けつこんすると困こまるぜ、何なんだのかだのと、そりや五月蠅うるさくつてね、それに子供こどもなんか出來できなきやいゝんだが」
「そいつあ當然あたりまへだから仕方しかたがないさ、しかし僕ぼくだつたら、家うちが五月蠅うるさけりや一日にち外そとへ出でてゐらあ、女房にようばうの產さんの世話せわから借金しやくきんの言譯いひわけまで亭主ていしゆがしなくつたつていゝ」
「さうもいかんよ、君きみ、それに僕ぼくの月給げつきうが安やすいから、平生ふだんだつて内職ないしよくをしなくちや引足ひきたらんのに、病人びやうにんが出來できちや災難さいなんだ、だから此頃このごろは酒さけどころぢやない、煙草たばこも止やめてしまつた」と、少すこし萎しほれた。その樣子やうすを見みると、健次けんじは急きふに不憫ふびんになり、
「だが君きみは感心かんしんだよ、家庭かていのために犧牲ぎせいになるから」と云いつて、後うしろを見みて「もう一本ぽん」と叫さけんだ。
「僕ぼくはもういゝよ、遲おそくなると家うちで心配しんぱいするから、そろ〳〵歸かへらなくちや」
「まあいゝさ、久振ひさしぶりだから、も少すこし話はなしをしやうぢやないか」と、健次けんじは少すこしも手てを付つけぬ皿さらを押をしのけ、煙草たばこを啣くはへたまゝ腕組うでぐみして、半なかば目めを閉とぢ、降ふりしきる雨あめの音おとやら、幽かすかに響ひゞく車くるまの掛聲かけごゑやら、前まへを通とほつてる按摩あんまの震ふるえ聲ごゑに耳みゝを傾かたむけ、森しんとした淋さみしい空氣くうきに心こゝろが吸込すひこまれ、快活くわいくわつな色いろも顏かほから失うせかゝつて來きたが、コトンと銚子てうしの音おとがするので、振返ふりかへつてパツと目めを開あけた。惡夢あくむから醒さめたやうに、銳するどく四圍あたりを見みまはし、やがて眉まゆをぴりゝとさせ、二本ほんの指ゆびで熱あつさうに銚子てうしの首くびを持もつて、
「さあ受うけ玉たまへ」と、無雜作むざうさに相手あひての盃さかづきへどぶ〳〵と注つぎ、「そして肝心かんじんの用事ようじは何なんだい」と問とふと、織田おだは言憎いひにさうに暫しばらく口籠くごもり、
「少すこし無理むりなお願ねがひだがね」と、盃さかづきを持もつては置おき〳〵して、「又また原稿げんかうの事ことさ」と、氣きの毒どくさうに云いふ。
「うん原稿げんかうの周旋しうせんか、僕ぼくが引受ひきうけてどうかしやう」と、健次けんじは快こゝろよく首うなづく。織田おだはやうやく安心あんしんしたらしく、甘うまそうに盃さかづきを呑のみ干ほして健次けんじに差さし、
「實際じつさい忙いそがしい間あひだに書かいたので、よくはなからうがね、それでも毆なぐり書がきぢやないんだ、會話くわいわにや格別かくべつ苦心くしんして、一機軸きぢくを出だしたつもりだから、まあ讀よんで吳くれ賜たまへ、物ものはゴルキーの小說せうせつだ」
「さうか、いゝだらう」と、健次けんじは輕かるく答こたへて、物ものが何なんであれ、譯筆やくひつが何なんであれ、そんな事ことは身みを入いれて聞きかうともせぬ。
「それからね、少すこし無理むりだが原稿料げんかうれうを早はやく貰もらつて吳くれまいか、月初つきはじめから一文無もんなしだから、それに……」
と、健次けんじの煙草たばこを一本ほん取とつて、指先ゆびさきで揉もみながら、何なにをか訴うつたへんとする。それと見みて健次けんじは頭あたまから打消うちけし、
「よし〳〵、それも僕ぼくが受合うけあつた、引替ひきかへに貰もらつてやらう」
と話はなしを轉てんじ、「で、君きみは此頃このごろ箕浦みのうらに會あつたか」と何時いつも長々なが〴〵と聞きかされる無味むみの生活談せいくわつだんや金錢論きんせんろんは避さけやうとする。
「むん昨日さくじつ見舞みまひに來きて吳くれたがね、會あふと例れいの通とほり大おほきな人生問題じんせいもんだいを論ろんじてる。讀書どくしよも盛さかんにやつてるやうだし、此頃このごろは長ながい論文ろんぶんも書かいてるさうだ、いづれ君きみの所ところへでも持込もちこむだらう、しかしね、僕ぼくが云いふんだが、箕浦みのうらなんかは己惚うぬぼれが過すぎる、人生じんせいがどうの宇宙うちうがかうのと、人間にんげんが誤託ごたくを並ならべるのは、身みの程ほど知しらずの極きよくだ、獨身どくしんで親爺おやぢの脛すねでも嚙かじつてる間うちは、そんな事ことを道樂どうらくにしてゐられやうがね、家庭かていでも造くつつて、一人前いちにんまへの人間にんげんになると、そんな事ことは馬鹿々々ばか〴〵しくて問題もんだいにもならんさ」
と、多少たせうの活氣くわつきを帶おびて論ろんずる。健次けんじは微紅うすくれなゐの艶々つや〳〵した頰ほうに靨えくぼを見みせ、切きれの長ながい目尻めじりに皺しわを寄よせ、
「はゝゝゝ、珍めづらしく君きみの名論めいろんを聞きくね、しかし箕浦みのうらはコツ〳〵根氣こんきよく學問がくもんを續つゞけてるし、文章ぶんしやうも上手じやうずになつたぢやないか、感心かんしんだよ」
「今いまに肺病はいびやうか惱病なうびやうになるのが落おちだ」と、織田おだは澄すましてゐる。
「いや博士はかせぐらゐにやなれらあ」と、健次けんじは皮肉ひにくに云いつて、「だが箕浦みのうらは君きみの妹いもとに惚ほれてるよ」と、少すこし乗出のりだして、聲こゑを低ひくくする。
「馬鹿ばかなことを」と、織田おだは締しまりのない大口おほぐちを開あけて、ハツ〳〵と笑わらふ。
「うんにや惚ほれてる、君きみの目めにやどうだか、僕ぼくには一目もく瞭然れうぜんよ」
「さうか知しらん」
「さうだとも、それにね君きみの妹シスターのラブしてる男をとこがある」
「え、本當ほんたうかい君きみ、虛言うそだらう、君きみはよく色いろんなことを云いつて、僕ぼくを調戯からかふからいかんよ、若もし本當ほんたうなら相手あひてが誰たれだか聞きかせて吳くれ玉たまへ、僕ぼくも一家かの主人しゆじんだから、妹あれの身みの上うへについても責任せきにんがあるんだもの、間違まちがひのないやうに警戒けいかいしなくちやならん」
「いくら警戒けいかいしたつて駄目だめさ、歲頃としごろの女をんなが色氣いろけづくのは當然たうぜんぢやないか、で、若もし相手あひてが分わかつたらどうする、妹シスターを柱はしらにでも縛しばりつけるかい」
「君きみ、そんな馬鹿ばかな眞似まねをする者ものか、僕ぼくは何なにさ、向むかうが相當さうたうの男をとこだつたら正式せいしきの結婚けつこんさすし、不相當ふさうたうの男をとこだつたら思おもひ切きらせる」
「成程なるほど譯わけの分わかつた兄樣にいさまだ、何處どこの親おやだつてそれと同樣どうやうの事ことを申まをします」
「だつて主人しゆじんの義務ぎむとしてそれが當然たうぜんぢやないか、君きみならどうする」
「僕ぼくなら放任はうにんしとかあ」
「馬鹿ばかな、君きみも箕浦流みのうらりうの空論家くうろんかだね」
「ふゝん、僕ぼくと箕浦みのうらとは一荷かにならんぜ、向むかふ樣さまは本ほんをどつさり抱だいてるから貫目かんめがあらあね」
「君きみは氣樂きらくな事ことばかり云いつてるが、僕ぼくは何時いつも確信かくしんしてる、人間にんげんは要えうするに僕ぼくのやうにならにや虛言うそだ、遲おそかれ疾はやかれ君きみなども同おなじ道みちへ落おちて來くるんだ」
健次けんじはぞつと寒氣さむけがして、思おもはず手てを火鉢ひばちに翳かざし、織田おだの顏かほを見詰みつめ、「お互たがひに君きみの道連みちづれになつて、テク〳〵步あるきで、電信柱でんしんばしらでも數かぞへて行ゆくんだね、大通おほどほりの左側ひだりがはを步あるいてりや、自然しぜんに日本橋にほんばしに出でられる」
「君きみ、戯言じやうだんは止よして、今いまの話はなしの相手あひては誰たれだい、一體たい向むかうの男をとこは妹いもとを思おもつてるんかい」
「さあ、どうだかね、よく知しらんよ」
「誰たれだらう」と、頰杖ほゝづゑついて、眞面目まじめに考かんがへてゐる。
健次けんじは人差指ひとさしゆびでテーブルを打うちながら、「先さきあ左程さほどにも思おもやせぬ」と小聲こごゑで唄うたつてゐたが、急きふに何なにをか感かんじて、額ひたひに皺しわを寄よせ、邪慳じやけんに煙草たばこの吸口すゐくちを嚙かみ出だした。
織田おだは思おもひ飽あぐんで面おもてを上あげ、「君きみは不斷のべつに煙草たばこを吸すつてる、毒どくだよ」
「毒どくだつていゝさ」と、健次けんじは吸殻すゐがらを吐はき出だし、「僕ぼくは阿片あへんを吸すつて見みたくてならん、あれを吸すふと、身體からだがとろけちやつて、金鵄勳章きんしくんしようも壽命じゆめいも入いらなくなるさうだ、阿片あへんだ〳〵あれに限かぎる」
と、獨ひとりで合點がてんしてゐる。それが戯語じやうだんとも思おもへず、眞しんから感かんじてるやうなので、織田おだは細ほそい目めを丸まるくして、
「よくそんな下くだらぬ事ことを眞面目まじめで考かんがへてるね、阿片あへんでなくつたつて快味くわいみを感かんずる者ものは幾いくらもあるぢやないか」
「さうかね、僕ぼくはこれ程ほど煙草たばこを吸すつてゝも、眞しんに味うまいと思おもつたことは一度どもないよ、酒さけだつてさうだ、ビフテキだつてさうだ、一寸ちよつと舌したの先さきで甘うまいと思おもつても、染々しみ〴〵と五體たいがとろける程ほど快味くわいみを感かんじたことがない。どうも物足ものたらんね、それで何時いつも思おもふんだ、何處どこか世界せかいの隅すみつこに最上さいじやうの珍味ちんみが潜ひそんでるに違ちがひない、僕ぼくはそいつを捜さがし出だしたい、で、今いまもそれを考かんがへてたんだが、或あるひはその珍味ちんみが阿片あへんぢやないか知しらん、阿片あへんを吸すひ出だすと、何なんにも代かへられんちうぢやないか」
「馬鹿ばかな」と、織田おだは一口ひとくちに斥しりぞけて、「まだ甘うまい料理れうりを食くはんから、そんな事ことが云いつてられるんだ、櫻木さくらぎの鳥とりなんか食たべてて、甘うまい物ものがないなんて廣言かうげんする權利けんりはないよ」と、天麩羅てんぷら鰻うなぎ椀盛わんもりなどの名代なだいの家いへを數かぞへ上あげ、諄々じゆん〳〵とその說明せつめいをし、「近々ちか〴〵長編ちやうへんを譯やくして仕舞しまつたら、藏田屋くらたやでも奢おごるよ」
健次けんじは苦笑にがわらひして、「何いづれ御馳走ごちそうにならうよ」と立上たちあがり、「もう十時じだ、行いかうか」と、勘定かんぢやうを濟すませて外そとへ出でた。雨あめは稍々やゝ小降こぶりになつたが、道みちは暗くらく風かぜは冷つめたく、健次けんじは來くる時ときの元氣げんきに引變ひきかへ、傘かさを兩手りやうてで持もつて、ぶる〳〵と慄ふるへたが、織田おだは前まへと同おなじく泰然自若たいぜんじじやく、急せかず騷さわがず、長靴ながぐつを踏占ふみしめ〳〵電車道でんしやみちへ向むかふ。
(二)
健次けんじの家うちは御行ごぎやうの松まつを右手みぎてに見みて、暗闇くらやみには危險きけんな道みちを一丁ちやうばかり入はいつた曲まがり角かどにある。土藏付どぞうつきで、狭せまいながらも庭にはもあり周圍しうゐを高たかい板塀いたべいで取とりかこみ、可成かなりの物持ものもの住宅じうたくと見みられるが、その實じつ屋根やねも壞こはれ柱はしらも傾かたむき、大雨おほあめには臺所だいどころで傘かさをさゝねばならぬ有樣ありさま。本當ほんたうなら隅すみから隅すみまで大修繕だいしうぜんを施ほどこさねばならぬので、近所きんじよの差配さはいなども見兼みかねて、賴たのまれもせぬに家屋敷いへやしきを檢分けんぶんして、「早はやく手てをお入いれなさらなくちや御損ごそんですぜ、何なんなら私わたくしがお引受ひきうけして、見積みつもりを立たてゝ見みませう」と注意ちゆういするが、健次けんじの父ちゝは「近々きん〳〵どうかしよう」と云いつて、別べつに心こゝろに掛かける風ふうはない。健次けんじは早はやくから「こんな陰氣いんきな古ふるびた家いへはうり拂はらつて、山やまの手てへでも引越ひつこした方はうがよからう」と勸すゝめ、母はゝは全然ぜんぜん同意どういして、せめて此家こゝを修繕しうぜんして他人ひとに貸かし、自分逹じぶんたちは小こぢんまりした借家しやくやに住すまつた方はうが幾いくらいゝか知しれぬ。第だい一こんな廣ひろい家うちにゐては、世間せけんから有福いうふくに見みられて、何なにかと取上とりあげられる金高きんだかも多おほくて不輕濟ふけいざいではあるしと說とくが、穩おだやかな父ちゝもこればかりは頑ぐわんとして聞入きゝいれぬ。おれは此家こゝで息いきを引取ひきとるつもりで越こして來きたのだから、决けつして他ほかへは移轉いてんせぬ。それに借家しやくやは厭いやだと云いふ。彼かれには借家住しやくやずまひは不見識ふけんしきだという氣きがあるのだ。
菅沼家すがぬまけは微祿びろくではあつたが、旗本はたもとの家柄いへがら。健次けんじの父ちゝは十四五の頃ころ、維新いしんの渦中くわちうに浮沈ふちんして、多少たせうの辛苦しんくを甞なめた。その後のちも生活せいくわつには惱なやんで、遂つひに四國こく九州しうの郵便局いうびんきよくにも二三年ねんづゝ勤つとめ、今いまは多少たせう榮逹えいたつして會計檢査院くわいけいけんさゐんに奉職ほうしよくしてゐるが、五十五歲さいの老朽らうきうで、地位ちゐも安固あんこではなく、長官ちやうくわんのお慈悲じひの下もとに脈みやくをつないでゐる。俸給はうきふも左程さほど多おほくはない。それに健次けんじの下したに女をんなの子こが二人ふたり、支出しゝゆつは容易よういではないが、彼かれはあまりくよ〳〵﹅﹅﹅﹅苦くに病やむ風ふうはなく、每晚まいばんの晚酌ばんしやく二合がふに陶然たうぜんとして太平樂たいへいらくを並ならべる、健次けんじは一人前いちにんまへの男をとこになつたし、娘むすめは二人ふたりとも容色きりやうはよし、おれはまだ〳〵お墓はかへ入はいる心配しんぱいはなし、これからがおれの世よの中なかだ、健次けんじに嫁よめを貰もらつてやり、姉娘あねむすめでも片付かたづけたら、おれは第だい一に役所やくしよを止やめて隱居いんきよをする。恩給おんきふも下さがるし心掛こゝろがゝりはないから、うんと好すきな事ことをして遊あそべるんだが、おれは物見遊山ものみゆさんはせん、差詰さしづめ馬術ばじゆつの稽古けいこがしたいな。全體ぜんたい子供こどもの時ときから馬うまが好すきで、馬術ばじゆつの逹人たつじんになるつもりだつたが、世よが變かはつて算盤そろばんばかり持もつて來きた。しかしこれからやる。自分じぶんの慾よくといつては外ほかに何なにもないが、一つ馬うまだけは買かつて見みたいと、この老人らうじんは馬うまの話はなしになると夢中むちうになつて來くる。
先祖せんぞに馬術ばじゆつの名人めいじんがあつたとかで、その秘傳ひでんの卷物まきものが桐きりの箱はこに入はいつて、土藏どぞうに保存ほぞんされてゐる。これと一領れうの甲冑かつちうと一口ふりの無銘むめいの刀劍とうけんとが一家かの寶物はうもつ、老人ろうじんの自慢じまんの種たねだ。冑よろひは疎まばらに星ほしのついてる古色蒼然こしよくさうぜんたる者もので、鎌倉時代かまくらじだいの作さく、刀かたなは國弘くにひろの作さくだらうと云いふ。そして老人らうじんは每年まいねん元日ぐわんじつには此等これらの寶物はうもつを床とこの間まに飾かざり、家族かぞくを集あつめて禮拜れいはいし、三方みかたケ原はら合戰かつせん以來いらいの祖先そせんの武勇ぶいうを談だんじ、この冑よろひや刀かたなに籠こもつてる精神せいしんを忘わすれてはならぬと說とき聞きかせ、獨ひとりで喜よろこんでゐる。
健次けんじは少年時代せうねんじだいに此等これらの武具ぶぐに興味きやうみを感かんじて、父ちゝの留守中るすちう竊ひそかに土藏どざうへ忍しのび込こみ、漆うるしの剝はげた鎧櫃よろひびつを開あけて、昔むかしの戰爭せんさうを連想れんそうし、或あるひは兩腕りやううでに力瘤ちからこぶを出だして冑よろひを持もちまはつて悅うれしがつてゐた。殊ことに刀かたなが大好だいすきで、恐々おそる〳〵拔ぬきはなち、齒はを喰締くひしばり瞳ひとみを据すゑて、その冴さえた光ひかりを見詰みつめては感かんに打うたれることが多おほい。刀かたなは武士ぶしの魂たましひだとは父ちゝからも屢屢しば〴〵敎をしへられ、自分じぶんでもこの家傳かでんの寶刀ほうたうを見みる每ごとに、義ぎの爲ためには死しを厭いとはぬ、如何いかなる苦痛くつうをも忍しのぶ、辱はづかしめらるれば死しすなどの感かんじが、その明晃々めいくわう〳〵たる切尖きつさきから彼かれの膓はらわたに染しみ込こむやうであつた。性質せいしつは父ちゝとは餘程よほど違ちがつて疳かんが强つよく、母はゝの故鄉こきやう、彼かれの生地しやうちたる丸龜まるがめの尋常小學じんじようせうがくに學まなんだ頃ころも、試驗しけんの成績せいせきが他ひとに劣おとると口惜くやしくて夜よも眠ねむれぬといふ程ほどであつたが、東京とうきやうの學校がくかうへ通かよふことゝなつては、殊ことにこの考かんがへがひどい。その爲ために學課がくくわの復習ふくしふを勵はげむのみならず、身體からだの訓練くんれんをもつとめた。痩やせつぽちと嘲あざけられるのも無念むねんである、年嵩としかさの學生がくせいに腕うでづくで意地いぢめられるのもつらし、腕力わんりよくを養やしなひ筋肉きんにくも發逹はつたつさせねばならぬと、寒中かんちうシヤツ一枚まいで木刀ぼくたうを揮ふるつたこともある。力試ちからだめしだといつて二人ふたりの妹いもとを笊ざるに入いれて擔になひ、引ひつくりかへつて傷きづをつけたこともある、母はゝからは惡戯いたづらが過すぎると叱しかられたが、彼かれには惡戯いたづらでも慰なぐさみでもないのだ。幼おさない心こゝろにも自分じぶんの脆弱ぜいじやくな體質たいしつが情なさけなく、行ゆく先々さき〴〵が案あんじられてゐたので、外目よそめには滑稽こつけいとも見みえる體格たいかく修養しうやうも、自分じぶんには最もつとも眞面目まじめな行爲かうゐであつたのだ。しかし生來しやうらいの體質たいしつは變かはりやうがない。それで度々たび〳〵母はゝに向むかつて、
「何故なぜ僕ぼくをこんな小ちつぽけな身體からだに生うみつけたんです」
と詰なじり、淚なみだをこぼしたことさへあつた。その癖くせ友逹ともだちの間あひだへ出でると、「痩やせてゝもおれは强つよいぞ」と力りきんで、喧嘩けんくわをしかけられて逃にげることはない。或日あるひも餓鬼大將がきだいしやうに嬲なぶられた時とき、ナイフで切きりつけて、相手あひてを驚おどろかしたこともある。
歲としを取とるに從したがつて、戶外遊戯こぐわいいうぎは止やめて、勉强部屋べんきやうべやに閉籠とぢこもり、課業外くわげふぐわいの雜書ざつしよをも渉獵あさるやうになり、最早もはや體質たいしつの苦勞くろうはしなくなつた。で、中學ちうがくから高等學校かうとうがくかうと順序じゆんじよを踏ふんで進すゝんだが、一家かの財政ざいせいからいふと、それだけでも容易よういではなく、とても大學だいがくを卒業そつげふする望のぞみはなかつた。しかるに健次けんじが他たの學生がくせいと對當たいたうの交際かうさいもして、別べつに見みすぼらしくもなく、文科ぶんくわの英文學えいぶんがくを終をへることの出來できたのは、一に桂田かつらだ文學博士ぶんがくはかせの助力じよりよくに依よるのだ。桂田家かつらだけと菅沼家すがぬまけとは昔むかしから緣故えんこの深ふかい上うへ、博士はかせが健次けんじの學才がくさいを認みとめたためである。
大學だいがく三年ねんの生活せいくわつ、健次けんじの頭腦あたまは非常ひじやうに變化へんくわを來きたした。元もと法科はふくわへ入はいりたい氣きもあつたのを、桂田かつらだとの關係かんけいから文科ぶんくわと定きまつたので、入學後にふがくごも心こゝろは迷まよふ。自分じぶんの素質そしつから云いつても學者がくしやで安やすんじてゐられさうぢやない。多量たれうの書物しよもつを讀よんで一生せうを終おはる、下くだらないぢやないか、それよりも政治家せいぢかにでも實業家じつげふかにでもなつて、自分じぶんの考かんがへが具體的ぐたいてきに目めの前まへに現あらはれるを見み、生いきた人間にんげん生いきた事件じけんの動搖どうえう起伏きふくに接せつする方はうが面白おもしろくはないかと思おもふこともあつたが、さりとて斷だんじて一を去さつて他たに就つ く氣きにもなれぬ。それに課業くわげふとして學まなぶ哲學てつがくの問題もんだい、外國ぐわいこくの詩歌しか小說せうせつ、新刊しんかんの雜誌ざつし雜著ざつちよ、皆みな過敏くわびんな神經しんけいを刺激しげきして、妄想もうそうは留とめ度どがない。制服せいふく制帽せいぼうを着つけ、博士はかせ夫人ふじん恩賜おんしの紅梅こうばいを散ちらした水色みづいろの風呂敷包ふろしきづゝみを抱いだき、兩手りやうてをポツケツトに入いれ、大學だいがくの裏門うらもんから上野うへのを拔ぬけて、根岸ねぎしの古屋ふるやへ歸かへる間あひだ、彼かれは妄想もうそうの道みちを辿たどつてゐたのだ。單調たんてうの道みちには飽あいてしまつた。しかし彼かれは一度ども泣言なきごとを云いつたことはない。人生じんせいの寂寞せきばくとかを文章ぶんしよう にして雜誌ざつしへ寄稿きかうしたこともない。同窓どうそうの瞑想家めいそうかからは淺薄せんぱくと云いはれる程ほどあつて、飛花落葉ひくわらくえふに對たいして、深沈しめやかな感かんに耽ふけり、自然しぜんの默示もくしに打うたれるでもなく、友人いうじんにでも遇あへば、急きふに沈しづんだ心こゝろも浮立うきたつて快活くわいくわつに談笑だんせうし警句けいく百出しゆつ諧謔かいぎやく縱橫じうわう。クラスの集會しふくわいに缺席けつせきすると、「菅沼すがぬまはどうした」と、衆口しうこう一致ちして遺憾ゐかんの聲こゑを發はつする程ほどであつた。テニスもやる、玉突たまつきもやる、彼かれはクラスの快男子くわいだんしとして通とほつてゐた。そして二年目ねんめの試驗前しけんぜん、制服せいふくを囚衣しういの如ごとく感かんじ、引脫ひきぬいで自由じいうの身みとならんとしたが、博士はかせ夫妻ふさいの强硬きやうかうな反對はんたいに會あひ、その時ときは恩人おんじんに背そむく程ほどの勇氣いうきもなく、ぐづ〳〵で卒業そつげふまで我慢がまんしたものゝ、成績せいせきは圖拔づぬけてよくはなく、博士はかせ夫妻ふさいの期待きたいに背そむいた。彼かれの弱よはい身體からだは長年月ちやうねんげつの學校がくかう生活せいくわつに倦うみ疲つかれ、最早もはや席順せきじゆんの高下かうげを爭あらそふの根氣こんきもなく、虛榮心きよえいしんも失うせ、他たの連中れんぢうが卒業試驗そつげふしけんの準備じゆんびに夜よを徹てつしてる間まに、獨ひとり球戯場たまやにゲームを爭あらそひ、或あるひは牛屋ぎうやの二階かいで女中ぢよちうに圍繞ゐぎようされてゐた。櫻木さくらぎに出入しつにふし始はじめたのも此頃このころからである。卒業後そつげふごは博士はかせの推薦すゐせんで、中學ちうがく敎師けうしとなつたが、これは三月みつきばかりで辭職じしよく、今日けふまで一年ねんあまり雜誌ざつし記者きしやを勤つとめてゐる。
(三)
大抵たいていの家いへは戶とを鎖とざし、暗闇くらやみの森閑しんかんとした道みちを、健次けんじは雜念ざつねんに煩わづらはされ、俯首うつむいてコツ〳〵辿たどつてゐる。彼かれは七歲で先祖せんぞ以來いらいのこの都みやこへ歸かへつてより二十七歲さいの今いままで殆ほとんど一日にちもこの道みちを踏ふまぬことなく、目めを瞶つぶつてゝも、路次ろじの隅々すみ〴〵まで間違まちがへる氣遣きづかひはない。
そしてこの界隈かいわいの見みる物もの聞きく物ものに飽あき〳〵してゐる。父ちゝは交番かうばんの角かどまで來くると肩かたの荷にが下おりるやうな氣きがすると云いふが、健次けんじは此處こゝまで歸かへると、足あしが澁しぶつて後あとへ引ひきかへしたくなる。彼かれは今いま織田おだに分わかれ、その長靴ながぐつの重おもい音ねの次第しだいに消きゆるを聞ききながら、「阿片あへんを呑のみたい」を繰返くりかへした。他人たにんが味うまさうに吸すふのを見みて羨うらやましく、煙草たばこを吸すひ習ならつたが、自分じぶんには左程さほどの甘味うまみもない。阿片々々あへん〳〵〳〵、自分じぶんが内々ない〳〵求もとめてた者ものはあれだ、阿片あへんさへ吸すへばこの世よからなる極樂淨土ごくらくじやうどへ行いけるのだ。アルコールランプに點火てんくわし、長椅子ながいすに身みを埋うづめ、長ながい煙管きせるで匂にほひを呼よび、沈睡ちんすゐに陷おちいる支那人しなじんは、祖先そせんの詩人しじんが夢想むそうした無何有むかうの境さかひに遊あそんでゐるのだ。阿片あへんを嗅かぎに支那しなへ行ゆく。迦南かなんの樂土らくどは其處そこにありと思おもはれる。
敎師けうしの職しよくは蓄音器ちくおんきか鸚鵡あふむの役廻やくまはりだと感かんじて、否應いやおうなしに辭職じしよくし、もつと活氣くわつきのあり動うごきのある役やくをと志こゝろざし、現在げんざいの職しよくを求もとめたが、これも此頃このころは厭いやで〳〵溜たまらぬ。どうせ長ながくは續つゞきはしない。いつそ向むかうから不勉强ふべんきようの爲め免職めんしよくと來くると、新あらたなる地ちが開ひらけさうだが、當分たうぶんそんな運うんも向むひて來きさうでない。だから明日あすは桂田かつらだを訪たづねて「現代げんだいの思潮しちやう」とか何なんとかの問題もんだいで、的てきの字じづくめの談話だんわを筆記ひつきして來こなくちやならん。
雨あめはしよぼ〳〵と飽あきもせずに降ふつてゐる。電燈でんとうの輝かゞやいてる或ある別邸べつていの犬いぬは今夜こんやも飽あきもせずに生命いのち限かぎり吠ほえ立たてゝゐる。
健次けんじは睡ねむい目めをして元氣げんきのない欠伸あくびをした。
先々月せん〳〵げつの初はじめ、殘暑ざんしよのまだ酷きびしい時分じぶん、西日にしびの當あたる桂田かつらだの書齋しよさいで、長々なが〴〵しい文學論ぶんがくろん、獨逸語どいつごやラテン語ご交まじりの味あじのない只たゞ六ケ敷しい議論ぎろんを筆記ひつきさせられ、浴衣ゆかたの着流きながしでありながら、汗あせに漬つかつて弱よはつたことがあつたが、その時とき下座敷したざしきから柔やはらかいピアノの音ねが洩もれ聞きこえ、博士はかせの頑固かたくなな言葉ことばを追おひのけては、健次けんじの耳みゝに忍しのび込こみ、膓はらわたまで盪とろかさうとした。そして彼かれの筆記ひつきはしどろもどろ﹅﹅﹅﹅﹅﹅に亂みだれ、聞違きゝちがへ書誤かきあやまりの夥おびたゞしかつたのを、そのまゝ雜誌ざつしに掲かゝげて博士はかせの怒いかりに觸ふれたが、あの時ときほど博士はかせが怖こわい顏かほして激はげしい言葉ことばを吐はいたことはない。で、後々のち〳〵までも健次けんじの耳みゝには、その音樂おんがくが染しみついて、踏飽ふみあいた道みちを步あゆんでる時ときなど、耳みゝの底そこでぴん〳〵鳴なり響ひゞいて、心こゝろに異樣ゐやうな感かんじが起おこる。
ピアノの主ぬしの博士はかせ夫人ふじんも美うつくしい、櫻木さくらぎのお雪ゆきも美うつくしい、織田おだの妹いもとも醜みにくゝはない。紅葉こうえふや綠雨りよくうの小說せうせつの主人公しゆじんこうの如ごとく、女をんなが生命いのちの凡すべてなら、憧憬あこがれたり煩悶もだへたり若わかい盛さかりの今いま時分じぶん、さぞ戀こひに忙いそがしいことであらうが、
「しかし自分じぶんは箕浦みのうらぢやない」と、自分じぶんの胸むねに答こたへた。その聲こゑは他たを嘲あざけつた自尊心じそんしんから出でたのであらうが、絕望ぜつばうの調てうも交まじつてゐる。で、彼かれは煙草たばこを啣くはへ袂たもとからマツチ箱はこを取出とりだしたが、マツチは一本ほんもないので、舌打したうちして箱はこを投なげつけ、傘かさを持直もちなほしてさつさ﹅﹅﹅と步あるき出だした。目めの前まへには自分じぶんの家いへの軒燈がすとうが、今いまにも消きえさうに微かすかに光ひかつてゐる。
彼かれは雨あめにふやけた﹅﹅﹅潜戶くゞりどを兩手りやうてで開あけ、成なるべく音おとのせぬやうに敷石しきいしを傳つたひ、玄關げんくわんの隅すみへ傘かさを投なげ出だすと、母はゝは雨戶あまどを開あけて釣つりランプを差出さしだし、
「おや衣服きものがびしよ濡ぬれぢやないか、この冷ひえるのにそんなに濡ぬれちやつては身體からだに毒どくですよ」
と、氣遣きづかはしさうに健次けんじを見詰みつめてゐる。
「今日けふは早はやく歸かへる筈はずでしたが、又また友人いうじんに誘さそはれて遲おそくなりました、明日あすは屹度きつと早はやく歸かへります」
と、言いはれぬ前まへに言譯いひわけしながら、足袋たびを脫ぬいで、爪先つまさきで臺所だいどころへ步あるいて行ゆき、足あしを濯そゝいだ後のち、そつと柄杓ひしやくから口くちうつしに冷水れいすゐを呑のんだ。臺所だいどころには盥たらひを据すゑ、柱はしらを傳つたはつた雨あめの雫しづくがぽたり〳〵落おちてゐる。
健次けんじは長火鉢ながひばちの前まへへ戾もどつて、着物きものを脫ぬいで母はゝの手てから搔卷かいまきを取とり、酒氣しゆきの名殘なごりで温あたゝかい肌はだへにふはりと纏まとひ、菊きくを染そめ出だした八ツ橋はしの略帶しごきを柔やはらかく締しめて胡座あぐらを搔かき、「皆みなもう寢ねたんですか」と、隣室となりの父ちゝの高鼾たかいびきを聞きいてゐる。
「あ、もう二時間じかんも前まへから寢ねてらあね、それにお父とつさんは風邪氣かぜけだといつてね、お夕飯ゆうはんが濟すむと直すぐにお休やすみさ」と母はゝは戶締とじまりをして火鉢ひばちの側わきに戾もどり、「お前まへ、織田おださんがお出いでだよ、何なにか用事ようじがおありのやうで、大分だいぶ待まつてゐなすつたがね」
「いや、織田おだにや途中とちうで會あひました、親爺おやぢが病氣びやうきだとか云いつてた」
「さうだつてねえ、餘程よほどお惡わるいんだつてねえ」と眉まゆを顰ひそめ、「織田おださんも大抵たいていぢやあるまいよ、稼人かせぎてはあの方かた一人ひとりで、それで病人びやうにんなんか出來できてはね、……でも感心かんしんな人ひとさ、一生懸命しやうけんめいに働はたらいてゐなさる」
「何なに、あの男をとこは他人たにんが思おもふ程ほど苦くにしちやゐないさ、呑氣のんきな人間にんげんですもの」
「さうでもあるまいよ、厄介者やくかいものが多おほいんだから、浮うはの空そらぢやゐられないさ、お前まへだつて今いまの間うちはどんなにしてゝもよからうがね、もうそろ〳〵先々さき〴〵の事ことも考かんがへなければね、お父とつさんも口くちばかりは元氣げんきがよくても、何時いつまでもお役所やくしよ通がよひも出來できまいし織田おださんのやうにお前まへが家うちの心棒しんばうになつてお吳くれでなくちや」と、何なににつけてもお定きまりの御敎訓ごけうくんが始はじまりかけたので、
「ですがね、お母つかさん、織田おだの大木たいぼくなら心棒しんばうにでも大黑柱だいこくばしらにでもなるでせうが、私わたしのやうな痩やせつぽちぢやお役やくに立たちませんよ」と、健次けんじは如何いかにも無邪氣むじやきさうに笑わらつた。母はゝも釣込つりこまれて靑あをい顏かほに笑わらひを浮うかべ、
「馬鹿ばかお云いひでない」と云いつたが、話はなしは甘うまく外それて、「そう云いへばねお前まへ、家うちの冑かぶとは大變たいへんいゝ物もので世間せけんに類るいが少すくないんだとさ、今日けふ古物こぶつ陳列會ちんれつくわいとかへ出だすとね、誰たれだか目めの利きく方かたが見みて、大變たいへん褒ほめてゐなすつたつて、だからお父とつさんも、あれ程ほど世間せけんへ出だすのを厭いやがつてた癖くせに、今日けふは歸かへるとその話はなしばかりして、大喜おほよろこびで被入いらつしやるんだよ、賣うつたらば大變たいへんなお金かねになるんだらうね、あんな薄汚うすきたない冑かぶとだけど」
「さうでせう、今いまは物好ものずきな人間にんげんが多おほいから、……買手かひてがあつたら早はやく賣うつたらいいでせう」
「でもね、お父とつさんは饑うえ死じにしても、先祖せんぞの寶たからだから人手ひとでにや渡わたさないつて、獨ひとりで力りきんでるんだから」
「まあお父とつさんはあれが生命いのちよりも大事だいじなんだからいゝさ」と、欠伸あくびをして、「今いまにお父とつさんの望のぞみが屆とゞいて、馬うまでも買かつたら、あの甲かぶとや鎧よろひを着きて刀かたなを差さして、この汚きたない家うちから手綱たづなを執とつて妖怪ばけもの退治たいぢにでも出でて行ゆくでせう、さうなるとお父とつさん萬歲ばんざいだが、何年なんねん先さきのことかなあ」
老母らうばは險けんのある目めで健次けんじを見みて、「お父とつさんやお前まへは何故なぜさう呑氣のんきなんだらう、私わたし一人ひとりにやきもき﹅﹅﹅﹅させといてさ」と、長煙管ながきせるをポンと邪慳じやけんに叩たゝくので、健次けんじは片膝かたひざ立たてて逃仕度にげじたくをし、
「呑氣のんきな者ものですか、お父とつさんは馬うまを買かひたくつて、腰辨當こしべんたうで齷齪あくせくしてるんだし、私わたしだつて、胸むねに苦勞くろうの絕たえたことはありやしない」と、眞面目まじめか戯言じやうだんか分わからぬ云いひやうをしたが、急きふに生眞面目きまじめになり、「一昨日おとつひの晚ばんにね、お母つかさん、私わたしは廣小路ひろこうじでお父とつさんに會あつたんですよ、向むかうでは氣きが付つかなかつたやうだが、私わたしが後あとから見みてると、あの蝙蝠傘かうもりがさを突ついて、馬丁べつとうと何なんだか話はなしをしてる。話はなしの筋すぢは分わからなかつたが、柳やなぎの木きに軍人ぐんじんの誰たれかの馬うまが繋つないであつて、お父とつさんがその馬うまから目めを離はなさずに見惚みとれてるんです。凡およそ十分間ぷんかんもして、お父とつさんは名殘惜なごろおしさうに振ふり返かへり〳〵して歸かへつて行いつたが、私わたしはそれをぢつと見みてゝね、その時ときばかりはお父とつさんに早はやく馬うまを買かつて上あげたいと思おもひました」と云いつて、立上たちあがつた。
母はゝは呆あきれた風ふうで見上みあげて、「直すぐお寢やすみかい」
「いや少すこし勉强べんきやうしてから寢ねませう、明日あすは八時じに起おこして下ください」
と、書齋しよさいに入はいると、母はゝは追馳おつかけて來きて、マツチを擦すつて手てづからランプを點火とぼし、「お前まへ、二圓ゑんばかり持もつてゐないかい、千代ちよの月謝げつしやだの何なんだので、私わたしの手元てもとに大變たいへん不自由ふじゆうしてるから」
と、低ひくい聲こゑで歎願たんがんする。健次けんじは無言むごんで、蟇口がまぐちからぐちや〳〵の札ふだを手渡てわたしして机つくゑに向むかつた。
書齋しよさいは土藏どぞう側わきの八疊じやうの室ま、家中かちうで最もつとも醜みにくくない部屋へやだが、それでも疊たゝみは茶色ちやいろをして所々ところ〴〵擦すりむけ、壁かべには斑點しみが出來できてゐる。小形こがたの本箱ほんばこが二つ並ならんで、健次けんじが中學ちうがく時代じだいからの敎課書けうくわしよや愛讀書あいどくしよが、ぎつしり詰込つめこまれ、プルタークの英雄傳えいゆうでん樗牛ちよぎう全集ぜんしふ透谷とうこく全集ぜんしふなどの背皮せがわの金字きんじが微かすかに見みえる、しかし此等これらの書物しよもつは微曇うすくもりの玻璃戶がらすどから引出ひきだされたことなく、机つくゑの上うへには新あたらしい經濟書けいざいしよが置おかれてゐる。
健次けんじは二三の郵便物いうびんぶつを手てに取とつたが、一つは箕浦みのうらからで、二三日中にちちうに會談くわいだんしたい、云いひたい事ことが山やまほどあると書かき、尙なほそれだけでは飽氣あつけないと見みえ、今月こんげつの諸雜誌しよざつしを讀よみ、何いづれも輕浮けいふなる文字もじの多おほきを悲かなしむ、我々われ〳〵は滔々たう〳〵たる弊風へいふうに感染かんせんせず、徒いたづらに虛名きよめいを求もとめずして眞面目まじめなる硏究けんきうを續つゞけたしと書かき添そえてある。又また一つは織田おだの妹いもとからの手紙てがみで、「秋あきの日ひ」だの「望のぞみの夜よ」だのゝ五六首しゆの歌うたを認したゝめて、雜誌ざつしへ出だして吳くれと切望せつぼうしてゐる。健次けんじは二つの手紙てがみを抽斗ひきだしへ入いれ、書物しよもつを擴ひろげて二三枚まい讀よんでゐたが、やがて投なげ出だして濃こい眉まゆをぴりゝとさせた。「箕浦みのうらの所謂いはゆる眞面目まじめなる硏究けんきうは五年前ねんぜんに過すぎ去さつたのだ」と、兩手りやうてで頭あたまを抱だいて目めを瞑つぶつた。すると歸宅きたくの途中とちうと同おなじい雜念ざつねんが湧わき上あがつて留とめ度どがない。天井てんじやうには鼠ねづみが暴あばれまはつて、時々とき〴〵チユツ〳〵と鳴聲なきごゑがする。一家か四人にんはすや〳〵と眠ねむつてゐるが、每夜まいよその寢息ねいきを聞きくぐらゐ彼かれに取とつて厭いやな氣きのすることはない。人中ひとなかへ出でてる時ときには心こゝろが動搖どうえうして紛まぎれてゐるが、獨ひとり默然もくねんと靜しづかな部屋へやに坐すはつてゐると、心こゝろが自分じぶんの一身しんの上うへに凝こり固かたまつて、その日常にちじやうの行爲かうゐの下くだらないこと、將來しやうらいの賴たのむに足たらぬこと、假面かめんを脫ぬいだ自己じこがまざ〳〵と浮うかび、終しまひには自分じぶんの肉體にくたいまでも醜みにくく淺間あさましく思おもはれて溜たまらなくなる。その時ときこんな下くだらない人間にんげんを手賴たよりにしてゐる家族かぞくの寢息ねいきが忍しのびやかに聞きこえると、急きふに憐あはれに心細こゝろぼそく、果はては萎しほれてしまう。
健次けんじは昨夜さくやと同おなじ考かんがへを經驗けいけんし、心細こゝろぼそくなつて萎しほれて、遂つひにぶつ倒たふれて、睡ねむる氣きではなくても自然しぜんに眠ねむつてしまう。
雨滴あまだれは同おなじ音おとを繰返くりかへし、鼠ねづみも倦うみもせずに騷さわいでゐる。
(四)
翌朝よくちやう目めの醒さめた頃ころは、目伏まぶしい日光につくわうがカツと照てり渡わたり、半身はんしんを蒲團ふとんの上うへに持上もちあげると頭あたまがぐら〳〵する。健次けんじは手てを伸のばして緣側えんがはの障子しやうじを開あけた。莖くきの細ほそい花はなの小ちいさい黃白くわうはくの野菊のぎくの間あひだに突立つツたつた物干竿ものほしざほには、シヤツや足袋たびがぶら下さがつて、水氣みづけが盛さかんに舞まひ上のぼつてゐる、父ちゝも妹いもとも出掛でかけたと見みえ、家内かないはひつそりして只たゞ母はゝの洗濯せんたくの音おとが聞きこえる。
健次けんじは勇いさましく跳はね起おきて、直樣すぐさま身仕度みじたくをし、獨ひとりで食事しよくじをしてゐると、母はゝは濡ぬれ手てを拭ぬぐひ〳〵茶ちやの間まへ入はいり、
「今日けふは直すぐに社しやへお出いでかい」
「いえ、一寸ちよつと桂田かつらだの家うちへ寄よつて行いきます」
「え、先生せんせいのお宅たくへ、ぢや先生せんせいにも奥樣おくさまにもよろしく云いつてお吳くれよ、ほんとに暫しばらく御無沙汰ごぶさたして申譯まをしわけがないんだが、變へんにお思おもひなさらぬやうにね、お前まへも先生せんせいや奥樣おくさまの御機嫌ごきげんを損そこねんやうに氣きをおつけよ、これまでだつてお世話せわにばかりなつたのだし、これからもどうせあの方かたにお手賴たより申まをさにやならんのだしね、だからお前まへ麁相そさうの事ことを云いつちやならないよ」
と、柔やさしく幼兒おさなごにでも說聞とききかすやうに云いふ。
健次けんじは「えゝ」と氣きのない返事へんじをして茶漬ちやづけを搔かき込こみ、「ね、お母つかさん、私わたしは當分たうぶん社しやの近ちかくへ下宿げしくしたいと思おもひます、家うちからぢや社しやへ遠おほくつて、此頃このごろのやうに忙いそがしくちや、少すこし不便ふべんでもあるし、それに年内ねんないに著作かきものをしたいんです」と、平生ふだんよりも落付おちついて穩おだやかに云いふ。
「えツ、下宿げしくするつて」と、母はゝは襷たすきのまゝ、長火鉢ながひばちに寄よりかゝつたなり、健次けんじの顏かほを見みて驚おどろいてゐる。「だつてお前まへ。下宿げしくすりや物ものがかゝる計ばかりぢやないか」
「何なに、下宿料げしくれうなんか廉やすいものでさあ、それに私わたしに少すこし考かんがへがあるから、さう云いふことに定きめさせて下ください」
「まあお父とつさんに聞きいて御覽ごらんな、私わたしにやお前まへの云いふことが分わからないよ、學校がくかうへ通かよつてる時ときとは異ちがつて、もう一家かの主人しゆじんとなる身分みぶんでさ、家うちを出でて下宿げしくするて一體たいどうしたんでせう」と、向むきになつて責せめる。
「その代かはり暮くれにや少すこし金かねを造つくつて、妹いもとに春衣はるぎ位ぐらゐ買かつてやります」と、健次けんじは宥なだめるやうに云いつたが、母はゝは胕ふに落おちぬらしく、額ひたひに靑筋あをすぢを立たてゝ少すこし慳貪けんどんに、
「春衣はるぎどころぢやないよ、暮くれにはお前まへを當あてにしてるんだから、一人ひとりで浮々うき〳〵遊あそんでられちや困こまらあね、それに下宿げしくなんかして、無駄むだなお錢あしを使つかふつていふ方はうがあるもんぢやない、まあお父とつさんを御覽ごらんなさい、今朝けさも加減かげんが惡わるいのに早はやくから出でて被入いらつしやつたのに、お前まへは每日まいにち々々〳〵お酒さけを呑のんぢや遲おそく歸かへるしさ、三十近ちかくもなつて、何故なぜかう考かんがへがないんだらう」と、鐵瓶てつびんをこすり〳〵、目めに皺しはを寄よせてゐる。
「私わたしだつて考かんがへてるさ」と、健次けんじは小聲こごゑで云いつて、母はゝを相手あひてに理窟りくつを云いふ氣きもなかつたが、自分じぶんに似にてると云いはれる母はゝの顏かほの、年齡としよりも老ふけて、淋さびしく沈しづんだ間うちに、神經しんけいの銳するどく動うごくを見みて、何なんとなく氣きの毒どくになり、
「ですがねお母つかさん、私わたしは家うちへ歸かへると氣きが滅入めいつて仕方しかたがないんです、一時間じかんもぢつとして書物しよもつを見みちやゐられんのです、何なんだかかう穴あなの中なかへでも入はいつてるやうで、氣きが落付おちつかなくなるし、黴臭かびくさい臭にほひがして息いきがつまります、お父とつさんは住すみ馴なれてるから、此家ここが一番ばんいゝと云いふんだけど、私わたしにや一日にち居をりや一日にち壽命じゆめうが縮ちゞまる氣きがする。去年きよねんまではさうでもなかつたが、此頃このごろは殊ことにひどいんです、だから下宿げしくでもしたら、少すこしは氣分きぶんが直なほるかと思おもつて、昨夜ゆうべ獨ひとりで定きめたんです」と、健次けんじは今いまも鬱陶うつたうしい毒氣どくきが壁かべの隅すみから噴ふき出でて、自分じぶんを壓迫あつぱくする如ごとく感かんじた。
「それがお前まへの我儘わがまゝだよ」と、一口ひとくちにはね付つけて、「家うちが汚きたなくつて厭いやなら厭いやで、お前まへが自分じぶんで修繕しうぜんでもする氣きにならなくちや」
「だつてこんな家いへを手入ていれしたつて駄目だめさ、しかしお父とつさんが好すきなんだから仕方しかたがない、私わたしだけ何處どこかへ逃にげ出だすんさ」
と、健次けんじは母はゝに何なにを云いつても無駄むだだ、自分じぶんで無言むごん實行じつこうすればよいと思おもつて口くちを噤つぐみ、母はゝが何なにか云いひかけるのを冷ひやゝかに見みて、新聞しんぶんをポツケツトに捻込ねじこみ、中折なかをれを被かぶつて急いそいで戶外そとへ出でた。ステツキを小脇こわきに挿はさみ、新聞しんぶんを出だして、「模範的もはんてき學生がくせい」や「醜業婦しふげふふ」の記事きじ、經濟論けいざいろんから運動界うんどうかいの消息せうそくまで、何物なにものをか捜さがし求もとむる如ごとく、殘のこる隈くまなく目めを通とほし、漸やうやく讀よみ終をはつた時分じぶん、彼かれは千駄木だぎの桂田家かつらだけの玄關げんかんに立たつてゐた。
(五)
博士はかせはフロツクコートを着きて椅子いすに腰掛こしかけ、新着しんちやくの外國ぐわいこく雜誌ざつしを讀よんでゐたが健次けんじを見みると、
「さあ掛かけ玉たまへ、今日けふは筆記ひつきに來きたのかね、約束やくそくをして置おいたんだが、急きふに用事ようじが出來できてね、これから文部省もんぶしやうへ行いかにやならんから、又また明日あすか明後日あさつてに來きて吳くれ玉たまへ、しかしまだ少すこし間まがあるから、まあ腰こしをお掛かけ、今いまもこの雜誌ざつしを讀よんでゝね、西洋あちらの學者がくしやの硏究心けんきうしんに感服かんぷくしてたんだ」と鈍にぶい目めを向むけた。
「さうでせうね、どうしても西洋あちらの學者がくしやは違ちがつてるでせう」と、健次けんじは相槌あひづちを打うつて、來くる度たびに嵩張かさばつてる書棚しよだなを顧かへりみた。
「どうです、此頃このごろは何なにを硏究けんきうしてるかね」と、博士はかせはお定きままりの問とひを發はつする。
「何なにもやつちやゐません」
「そりやいかん、社しやの方はうも怠なまけるといふぢやないか、それについて君きみに忠吿ちうこくしやうと思おもつてたんだが、實じつは先日せんじつ編輯長へんしうちやうが來きてね、君きみが此頃このごろは怠なまけて困こまるといふ話はなしだ、一體たい私わたしは靑年せいねんが新聞しんぶんや雜誌ざつしに關係かんけいすることは初はじめから好このまないから、君きみにも懇々こん〳〵注意ちういしたので、矢張やはり眞面目まじめに敎育けういく事業じげふに從事じうじするやうに望のぞんだんだが、君きみが是非ぜひやりたいつて、矢やも楯たても溜たまらん有樣ありさまだから紹介せうかいはしたけれど、竊ひそかに氣きづかつてた、雜誌ざつし記者きしやなんか私立しりつ學校がくかう出での者もの位くらゐが適任てきにんで、君きみなどは不適任ふてきにんなんだからね、しかし編輯長へんしうちやうの話はなしによると、初はじめの間うちは大變たいへん熱心ねつしんに働はたらいて隨分ずゐぶん役やくに立たつといふから、多少たせう安心あんしんもした譯わけだが、さう早はやく厭いやになつちや困こまるね」
「そりや初はじめの間うちは珍めづらしくつて譯わけもなく面白おもしろいから、氣乗きのりがして働はたらけるんです、知しらん人ひとと懇意こんいになつたり、有名いうめいな博士はかせなんかに會あふのを悅うれしがつたんですけど、今いまぢやもう好奇心こうきしんがなくなりました、戀こひ女房によぼうだつて一年ねんも添そつてりや鼻はなにつきますからね」
「君きみは年々ねん〳〵眞面目まじめでなくなる、學校がくかう時代じだいとは人間にんげんが違ちがつてしまつた」と、博士はかせは締しまりのない顏かほを顰しかめ、小ちいさい耳朶みゝたぼを搔かきながら、「君きみに比くらべると箕浦みのうらは感心かんしんだ、以前いぜんは遲鈍ちどんな男をとこだと思おもつてたが、此頃このごろは忠實ちうじつに勉强べんきやうしてる、度々たび〳〵私わたしの所ところへ質問しつもんを持もつて來くるが、中々なか〳〵硏究心けんきうしんに富とんでる」
「さうでせう、箕浦みのうら君くんには僕ぼくも感心かんしんしてます。あの人ひとは書物しよもつを積つみ重かさねりや天國てんごくへ屆とゞくと思おもつて、迷まよはないで書物しよもつの塔たうを築きづいてるんですからね、しかし私わたしには紙かみの踏臺ふみだいは險呑けんのんでなりません」と、健次けんじは唇くちびるのあたりに微笑びせうを湛たゝへ、パツチリした澄すんだ目めには、博士はかせの胸むねの底そこの紙魚しみの跡あとまで映うつつてゐる。
博士はかせはます〳〵苦にがい顏かほをして、「どうも君きみは眞面目まじめでない、今いまから讀書どくしよを卑いやしむやうぢや、人間にんげんは發逹はつたつの見込みこみがないと斷言だんげん出來できる、これから國家こくかに盡つくさうといふ靑年せいねんが、こんな浮薄ふはくな根性こんじやうを持もつてゝどうします、碌ろくに讀書どくしよもせんで書物しよもつを輕かろんじたり、人間にんげんの義務ぎむを滿足まんぞくに盡つくしもしないで、世よの中なかを攻擊こうげきしたり、大間違おほまちがひの話はなしぢやないか、しかしこれも今いまの雜誌ざつしや文學ぶんがくが作つくつた惡結果あくけつくわの一つだらう。どうも輕佻けいちようだ、浮薄ふはくだ。過渡期くわときには免まぬかれんことだが、武士道ぶしだうの精神せいしんも衰おとろへるし、新しん倫理りんり觀くわんが靑年せいねんの間あひだに缺乏けつぼうしてゐるから、こんな歎なげかはしい現象げんしやうが起おこる。して見みると私わたしなども進すゝんで積極的せききよくてきに救濟策きうさいさくを講かうぜねばなるまい、元來ぐわんらい通俗的つうぞくてきの片々へん〳〵たる議論ぎろんを世間せけんに發表はつぺうすることは好このましからんので、成なるべくは精力せいりよくを自分じぶんの事業じげふに集中しふちうして、自分じぶんの新哲學しんてつがくを組織そしきしたいのであるが、今いまの靑年せいねんの通弊つうへいを見みると、どうも社會しやくわいの爲ため國家こくかの爲ために默々もく〳〵に附ふしてゐられん、私わたしも當面たうめんの問題もんだいについて飽あくまで意見いけんを發表はつぺうしなければなるまい」と、演說調えんぜつてうで云いつた、それが如何いかにも眞面目まじめで心底しんそこから憂世ゆうせいの情じやうが溢あふれてゐるので、健次けんじは氣きの毒どくになり、
「ぢや私わたしの雜誌ざつしへも、そのお考かんがへを書かいて頂いたゞけますまいか、私共わたしどもは人生じんせいの經驗けいけんにも乏とぼしいんですから、先生方せんせいがたの御意見ごいけんを伺うかゞふと非常ひじやうに爲ためになります」と、穩おだやかに殊勝しうしよらしく云いふと、博士はかせは顏かほを軟やはらげて頻しきりに首肯うなづき、
「つまり何なにさ、君きみなどはまだ〳〵讀書どくしよが足たらんし世間せけんで苦勞くろうをしないから、空論くうろんに迷まよはされるんさ」と時計とけいを見みて、「ぢや二三日中にちちうに筆記ひつきに來きて下ください、少すこし纏まとまつた考かんがへを述のべやう、それには私わたしが十年ねん程ほど前まへに書かいた「東西とうざい倫理りんり思潮しちよう」を參考さんかうにするから、君きみも一應おう目めを通とほして貰もらひたい、多少たせう今いまとは考かんがへが違ちがはんでもないが、大體だいたいはあれでいい」
と、ひよつくり立たつて書架しよかを捜さがし出だした。博士はかせは漸やうやく四十を過すぎたばかり、敎授けうじゆの中なかでも幅はゞの利きく方はうではなけれど、有名いうめいな讀書家どくしよかで、語學ごがくは英獨佛えいどくふつに熟逹じくたつしてゐる。一生しやう學問がくもんしに生うまれて來きた人ひとといふべく、遊戯ゆうぎと云いへば五目もく並ならべすら知しらぬ。眼めの艶氣つやけがなく力ちからもなく、ドンヨリしてゐるのは、多年たねんの讀書どくしよに疲勞ひろうした結果けつくわかとも思おもはれる程ほどで、卒業後そつげふごも地位ちゐを爭あらそはず榮華えいぐわを望のぞまず、親讓おやゆづりの可成かなりの財產ざいさんあれば生活せいくわつの上うへに憂うれひはなく、只たゞ書籍しよせきの中なかに身みを埋うづめ、結婚けつこんも三十五六の時とき、親戚しんせきの强固きようこなる勸吿かんこくで漸やうやく决行けつかうした位くらゐ。日常にちじやう自分じぶんの學問がくもんで凡すべての社會しやくわいを指導しだうし得うらると確信かくしんし、靑年せいねんにも親切しんせつである温和をんわな良紳士りやうしんしだ。
健次けんじは今いま書架しよかの前まへに立たつた、胴どうの長ながく足あしの短みぢかい博士はかせの後姿うしろすがたを見みて、その十年ねん一日じつの如ごとく迷まよふことなく書物しよもつに耽溺たんできする一生しやうを羨うらやましく又また不思議ふしぎに思おもつてゐると、博士はかせは厚あつさ一寸すん程ほどの假綴かりとぢの四六版ばんを引出ひきだして、指先ゆびさきで表紙へうしの埃ちりを彈はじきながら机つくゑの上うへに置おき、
「この中なかの要點えうてんは一々原書げんしよから直接ちよくせつに引照いんせうしたのだから、自分じぶんでも確たしかだと信しんじてる、兎とに角かく一應おう讀よんで下ください、君きみも必かならず益えきする所ところがあるに違ちがひない」と、所々ところ〳〵開あけては二三行ぎやう小聲こゞゑで讀よみ、頻しきりに首肯うなづいてゐる。
かくて博士はかせは十年前ねんぜんの己おのれを回顧くわいこし、健次けんじは博士はかせの舊著きうちよを無理强むりじいに讀よまされる苦痛くつうを豫想よさうして、暫しばらく無言むごんでゐる。錆さびた日光につくわうはカーテンの間あひだから洩もれて、靑あをい机つくゑの上うへに細ほそく一線せんを劃かくしてゐる。昨日きのふに變かわつてポカ〳〵と温あたゝかく、健次けんじは締しめ切きつた居間ゐまに息いきの詰つまるやうに感かんじた。
「貴下あなた、まだお出掛でかけになりませんの」と、妻君さいくんが不意ふいに戶とを開あけて、半身はんしんを現あらはしたので、博士はかせは漸やうやく氣きがつき、「ぢや二三日にち内ないに」と、健次けんじに云棄いひすてゝ、手袋てぶくろを握にぎつたまゝ階下したへ下おりた。
(六)
健次けんじは妻君さいくんに添そうて博士はかせを玄關げんかんに見送みおくり、その車くるまの後あとから自分じぶんも歸かへらうとしたが、强しいて引留ひきとめられて元もとの書齋しよさいへ舞戾まひもどり、母はゝの傳言でんごんを慇懃いんぎんに述のべた。
妻君さいくんは眉まゆを顰ひそめ袖そでを動うごかして、「まあ、ひどい煙けむだこと」と、カーテンを手繰たぐつて窓まどを開あけた。烟けむりは渦うづを卷まいて風かぜのない空そらへ流ながれて出でる、
「で、奧おくさん何なにか御用ごようですか」と、健次けんじは浮腰うきごしになつて問とふた。
「別べつに用事ようじといふ程ほどでもないんだけど、一寸ちよつとお話はなしたいと思おもつて、貴下あなたお急いそぎなの」と、上目葢うはまぶたを上あげて健次けんじを見みた。
「えゝ、もう社しやへ行いかなければ」と、力ちからなく云いつて、見みるともなく妻君さいくんの油氣あぶらけもない頭あたまの髮かみから、爪先つまさきの汚よごれた足袋たびまで見下みおろした。洗あらひさらしの地味ぢみな銘仙めいせんか何なにかを着きて、只ただ菊きく模樣もやうの襦袢じゆばんの襟えりに艶つやがあるばかり、健次けんじは蓆むしろで包つゝんだ美人像びじんぞうを連想れんさうした。
「では、何時いつかの西洋せいやう小說せうせつの續つゞきは聞きかして預いただけんのですね、私わたしあの女をんなの行衞ゆくゑが聞ききたくてならないんだけど」
「いや、もうあんな馬鹿ばか々々〳〵しい話はなしをする氣きにやなりません、女をんなは虎烈剌これらか何なにかで死しんぢまつたとしとけば、それで直すぐ結果けつくわが付ついてしまうんです」
「それぢや酷ひどいわ、あんなに苦勞くろうしちやつて、これからと云いふ所ところで死しんぢまつては、……あの續つゞきは屹度きつと面白おもしろいに違ちがひない」
「そりや小說家せうせつかが有ありつ丈たけの拵こしらえ事ごとを書かき並ならべて長ながくするから、矢鱈やたらに面倒めんだうになるんですが、世よの中なかの事ことはさう誂あつらへ向むきに出來できてやしないでせう、假かりに女をんなと男をとこと日比谷ひびや公園こうゑんで出會であはうと約束やくそくしてゝも、その晚ばん女をんなが電車でんしやに轢ひかれて死しぬるか、男をとこがペストに罹かゝるか分わかつたもんぢやない」
と、投なげつけるやうに云いつてハツ〳〵と笑わらふ。妻君さいくんは頭あたまを簪かんざしで搔かきながら淋さびしく笑わらふ。
「貴下あなたは何故なぜそんなに暢氣のんきなんだらう。私わたしはね、堪たまらない程ほど哀あはれな小說せうせつか芝居しばゐが見みたくつてならないんですが、西洋せいやうにはそんな小說せうせつはないんでせうかねえ」
「そりや幾いくらもあるでせう、先生せんせいは日本にほんの小說せうせつはお嫌きらひだが、西洋せいやうの者ものはお讀よみのやうだから、聞きかせてお貰もらひなすつたらいゝでせう」
「だけど先生せんせいに話はなして頂いたゞくと、ちつとも面白おもしろくないんですわ、悲かなしいことでも凄すごいことでも、御當人ごたうにんがちつともお感かんじなさらんのだもの」
「そんな事ことを感かんじてた日ひにや大學者だいがくしやにやなれんでせう」
健次けんじは椅子ゐすを離はなれて窓側まどわきへ寄よりかゝり、冴さえ〳〵した空氣くうきに觸ふれ、窓前そうぜんの靑桐あをぎりの葉はの黃きばんで中なかにはもうぼろ〳〵﹅﹅﹅﹅に朽くちかゝつてるのを見みて、暫しばらく默だまつてゐたが、
「奧おくさん、もう葉はが枯かれて來きましたね、この前まへ伺うかゞつた時ときにや、まだ靑々あを〳〵してたのに」と何なにをか感かんじた風ふうで向むき直なほつて、「秋あきになつたせいか、この書齋しよさいも寂しんとして靜しづかですね、此處こゝで先生せんせいは何なににも不滿ふまんを抱いだかないで、一心しんに不朽ふきうの事業じげふをして居をられるんだ、葉はが枯かれても落おちても、そんな事ことにやお構かまひなしで、本ほんばかり見みて被入いらつしやる。僕等ぼくらも矢張やはり先生せんせいの後あとを追おつて、當あてにならん不朽ふきうの事業じげふでも企くわだてるのが本當ほんたうなんですね」
「そりや私わたしにや分わからないけど、男をとこと生うまれたら誰たれだつて世間せけんに尊敬そんけいされる身分みぶんにならなきや虛言うそなんでせう、貴下あなたは一度いちども將來しやうらいの事ことをお話はなしなさらんから分わからないけど、全體ぜんたいどうなさるの、今日けふはそれを聞ききたいのよ」
「聞きいてどうなさるんです」
「少すこし私わたしに考かんがへがあつて」と、目めに媚こびを呈ていした。
「將來しやうらいのことつて何なにも纏まとまつた考かんがへはありません、只たゞ今日けふ社しやへ行いつて織田おだの拙まづい原稿げんかうを賣付うりつけやうと思おもつてるばかりで、跡あとは何なにが何なにやら眞暗闇まつくらやみです」
「織田おださんといへば、あの方かたもお困こまりのやうねえ、二三日前にちまへにも、もつとお金かねの取とれる仕事しごとはないかつて賴たのみに入いらしつたが、全まつたくお困こまりのやうね、だから先生せんせいも大變たいへん同情どうじやうなすつて、是非ぜひ相當さうたうな職しよくを見みつけてやりたいと云いつて被入いらつしやる。同おなじ樣やうに學校がくかうを卒業そつげふなすつても、貴下あなたと織田おださんとは丸まるで反對はんたいぢやありませんか、顏かほつきを見みてもお話はなしを聞きいてゝも分わかりますわ、織田おださんは何故なぜあゝ元氣げんきがないんでせう、全まつたくいた〳〵しいわ」
「しかしね、奧おくさん、織田おだは貴女あなた方がたが思おもつて居ゐらつしやる程ほどくよ〳〵してやしませんよ、あの男をとこは自身じしんの書かいたものは一度どだつて拙まづいと思おもつたことはないんです……で、私わたしの將來しやうらいを聞きいてどうなさるんです」
「私わたし此頃このごろ氣きがくさ〳〵しちやて、色いろんな事ことが考かんがへられるのよ、……何なにしろこんな小人數こにんずうの家うちに用事ようじもなくつてぢつ﹅﹅としてるんだから、氣きが滅入めいつちまう筈はずでさあね、でね、色いろんなことを考かんがへてね、つまり貴下あなたを立派りつぱにして見みたくなつたの、私わたしにや子供こどもはなし、また此これからも出來できつこはないでせう、だから私わたしは歲としを取とつて、何なにも樂たのしみがないやうな氣きがしてならんから、貴下あなたを自分じぶんの子こと思おもつて、世よの中なかへ立派りつぱな人間にんげんとして働はたらかせて見みたくなつたの」
「立派りつぱな人間にんげんてどうするんです」
「そりや一口ひとくちにや云いへないけど、洋行やうかうして大學者だいがくしやになるとか、大發明だいはつめいをするとか、そりや貴下あなたの腕うで次第しだいで、男をとこは何なんでも出來できるぢやありませんか、お金かねのことなら、私わたしがどうにでもするから、家うちのことは心配しんぱいしないで、目的もくてきを立たてゝ一心しんに勉强べんきやうする氣きにお成なりなさいな」
「ですが此迄これまでお世話せわになつたのに、此上このうへ御厄介ごやつかいになつちや濟すみませんもの、それに先生せんせいだつて御承知ごしやうちなさらないでせう」
「いゝえ、先生せんせいには私わたしから甘うまく云いへば大丈夫だいじやうぶ、只たゞ貴下あなたが先生せんせいの前まへで眞面目まじめな口くちさへ利きいてゐれば、それで澤山たくさんなのよ」と、妻君さいくんは右みぎの手てを机つくゑに置おき、左ひだりの手てで袖口そでくちを抓つまんで、側わきの椅子いすに腰こしを掛かけてる健次けんじの顏かほを覘のぞくやうにして云いふ。健次けんじは妻君さいくんがその品ひんのある顏かほに巧たくみに彫ほり込こんである長ながい睫毛まつげ、黑くろい瞳ひとみ、靑あをくぼかした白目しろめに艶つやを含ふくんで自分じぶんを見みるを見馴みなれてゐる。
「貴女あなたは何故なぜそんなことを思おもひついたんです」
「だつて私わたしは女をんなだから、自分じぶんで世間せけんへ出でて働はたらきも何なにも出來できやしないでせう。せめて男をとこの子こが一人ひとりあれば、私わたしの手てで理想的りさうてきに育そだて上あげれば面白おもしろいでせうけれどね」
「ぢや貴女あなたは子供こどもが欲ほしいんですか」
「えゝ、そりや欲ほしいわ、初はじめの間うちは子供こどもなんか、さぞ五月蠅うるさからうと思おもつてたけど、今いまぢや欲ほしくつてなりませんわ、音樂おんがくを習ならつたり、いろんな事ことをして來きたけれど、矢張やはり駄目だめね、此頃このごろは何なにつてことはない、厭いやあになるんですよ、子供こどもでもなくちや、一生しやうはどんなに淋さびしいでせう」
「貴女あなたも淋さびしいんですか」と、不思議ふしぎさうに見みて、「僅わづかな壽命じゆみやうだけれど、人間にんげんは何なにかで誤魔化ごまかされなくちや日ひが送おくれないんですね、酒さけで誤魔化ごまかしたり戀こひで誤魔化ごまかしたり書物しよもつで誤魔化ごまかしたり、子供こどもに奇麗きれいな着物きものを着きせて飛とんだり跳はねたりさせて慰なぐさみにしなけりや、人間にんげんは每日まいにち泣面なきつらをしてゐなくちやならん、私わたしの母はゝだつて私わたしを玩具おもちやにしてるんです、貴女あなただつて玩具おもちやが要いるんでせう」
「だつて貴下あなた、自分じぶんの子こを充分じうぶんに敎育けういくして、思おもふやうに立派りつぱな人間にんげんに仕立したてれば、どんなに樂たのしみでせう」
「しかし貴女あなたにや子供こどもは出來できんから、私わたしを子供こども代がはりにしやうと云いふのですか、急きふに老人としよりになつたんですね」
「私わたしも老込おいこんだでせう」と、神經しんけいがピリヽと動うごいた。もう藻搔もがいても匐はひ上あがることの出來できぬ谷たにに落おちた氣きがした。
健次けんじが家族かぞくの如ごとく屢々しば〴〵出入しゆつにふし初はじめたのは四五年ねんの昔むかしだが、その頃ころは寶石ほうせき入いりの指環ゆびわを光ひからせ、博士はかせの妻君さいくん仲間なかまでは珍めづらしくはしやい﹅﹅﹅﹅で、來くる人々ひと〴〵を攫つかまへては、音樂おんがくの話はなしや小說せうせつの話はなしに夢中むちうになり、健次けんじなどが小說せうせつの話はなしから戀こひの話はなしに移うつり、こそ〳〵と無遠慮むゑんりよに女をんなの品定しなさだめなどをすると、「いやね菅沼すがぬまさん」と云いつて眉まゆを顰ひそめながらも、心こゝろでは悅うれしがつて、顏かほ一杯ぱいに艶々つや〳〵しい色いろが漂たゞよふ。健次けんじは何時いつもこの快活くわいくわつな美人びじんが敎授けうじゆの妻君さいくんたるがために、花々はな〴〵しく交際こうさい社會しやくわいへ出でる機會きくわいのないのを遺憾ゐかんとしてゐた。で、妻君さいくんは暇ひまな身體からだだから年中ねんぢう飾裝おめかしをして、狹せまい社交しやこうの範圍内はんゐないでは羽振はぶりを利きかせて、園遊會ゑんゆうくわいなどに招待せうたいされると、主人しゆじんを催うながして出掛でかけぬことはなく、新婚しんこん當時たうじは夏冬なつふゆの休暇きうかに必かならず温泉おんせんか海濱かいひんへ旅行りよこうしたが、そんな時ときには自分じぶんで服裝ふくそうを凝こらすのみならず、博士はかせの髮かみの苅かり振ぶりから手袋てぶくろの色合いろあひまで八釜やかましく干渉かんせうする。汽車きしやも一等とうでなくては承知しやうちしなかつたものだが、この一二年ねん以來いらいはその態度たいどが急きふに變かはつて、頭髮あたまも丸髷まるまげに結いつたかと思おもふと、手てづくねの束たばね髮がみで平氣へいきでゐたり、古代こだい模樣もやうの品ひんのいゝ丸帶まるおびを締しめてたかと思おもふと、唐縮緬とうちりめんの艶つやのない腹合帶はらあはせおびに代かへたり、家うちにゐてもこつてり白粉おしろいをつけてるかと思おもふと、戶外そとへ出でる時ときでも素面すめんで氣きにもしないことがある。
そして妻君さいくんには寵兒ちやうぢが一人ひとり缺かくべからざる者ものになつてゐて、健次けんじの目めにはそれが誰たれであるかよく分わかつてゐる。博士はかせの殊ことに親したしくしてゐる四五人にんの學生がくせいは、常つねにその家いへへ出入でいりし、妻君さいくんの發起ほつきで晩餐ばんさんに招まねかれることもあるが、その中なかで殊ことに妻君さいくんの寵てうを辱かたじけなふする者ものが一人ひとりある。それが箕浦みのうらであることもあれば、健次けんじ自身じしんであることもある。で、その寵兒ちやうぢとなると、芝居しばゐのお伴ともも仰あふせ付つかる、矢鱈やたらに物ものを吳くれたがる。一寸ちよつと訪問はうもんしても、側わきを離はなさないで、頻しきりに話はなしをしかける。
健次けんじは差さし込こむ日光につくわうを遮さけて椅子いすを後うしろへうつし、兩手りやうてで頭あたまをかゝへ、少すこし身みを反そらせて欠伸あくびをして、
「奧おくさん、それ程ほど靑年せいねんがお好すきなら、箕浦みのうらでも保護ほごして洋行やうこうでもさせておやんなすつたらいゝでせう、あの男をとこには先生せんせいも望のぞみを囑ぞくして居ゐらつしやるんだから、丁度ちやうど適任てきにんぢやありませんか」
「ぢや貴下あなたは何どうもする氣きはないの、何故なぜさう意氣地いくぢがなくなつたのです、この春はるお母つかさんがお出いでなすつた時ときも、此頃このごろは醉よつぱらつて歸かへつて仕方しかたがないつて心配しんぱいして居ゐらつしやつたが、どうしてそんなにおなりなすつたの、今日けふも大層たいそう元氣げんきがないぢやありませんか」
「急きふに眠ねむくつて仕方しかたがないんです」と、又また欠伸あくびをして、「それに今朝けさから、母はゝと先生せんせいとそれから貴女あなたとに小言こごとばかり云いはれて、意氣いき銷沈せうちんした所ところです、結婚けつこんしろ、眞面目まじめになれ、勉强べんきやうせいと此頃このごろお題目だいもくのやうに私わたしの四方はうに聞きこえるんでうんざり﹅﹅﹅﹅してゐます、だから私わたしは下宿屋げしゆくやへ逃にげつちまうつもりです、もう此家こちらへも滅多めつたにお伺うかゞひしません」
と、健次けんじは立上たちあがつて、風呂敷包ふろしきづゝみを持もつたまゝ室内しつないを行戾ゆきもどりした。
「家うちへ來こないつて、何なにか外ほかにいゝ事ことが出來できたのですか」
「さうでもないけれど、もう此迄これまでの友人ゆうじんや長ながく交際つきあつてる人ひとにはあき〳〵しました、これから新奇しんきに事ことを始はじめなくちや自分じぶんの身みが腐くさつてしまひます」
「だから私わたしが云いつてる通とほり、新奇しんきに何なにか目醒めざましい仕事しごとをお始はじめなさいな、男をとこなら何なんでも出來できるぢやありませんか、御自分ごじぶんの名なを世間せけんに歌うたはせようと、人ひとの上うへに立たつて自分じぶんの威光ゐくわうを見みせようと、男をとこにや世間せけんが廣ひろいぢやありませんか」
「それで貴女あなたは私わたしが苦くるしんで仕事しごとをして、世間せけんに知しられるのを御自分ごじぶんの慰なぐさみにしやうといふんですか」
「そりや樂たのしみでさあね、これまで家うちの者もののやうにしてるんだし、私わたしは貴下あなたが好すきでならないんですもの」と口元くちもとに力ちからを入いれて幼兒えうじを綾あやすやうに云いつた。
健次けんじは長椅子ながいすに身みを埋うづめ、微笑びせうして「僕ぼくはね奧おくさん、誰たれにも好すかれたくも同情どうじやうされたくもないんです、貴女あなたがいくら同情どうじやうして下くだすつたつて、私わたしと貴女あなたとは霞かすみを隔へだててお話はなしするんです、現在げんざいの親おやだつて自分じぶんの子こを解かいし得えないで、勝手かつてに自分じぶんの頭あたまで拵こしらへ上あげて喜よろこんだり悲かなしんだりしてる、つまり人間にんげんは自分じぶん一人ひとりだ、自分じぶんと他人たにんとの間あひだには越こえることの出來できん深ふかい溝渠みぞが橫よこたはつてるんです、箕浦みのうらだつて織田おだだつて、要えうするに私わたしからは赤あかの他人たにんで、互たがひに本性ほんせうを包つゝんで交際つきあつてるんです」
「貴下あなた、今日けふは、どうかなすつたの、いやに理窟りくつばかり云いつて。……ですけど人ひとの本性ほんしやうが分わからなけりや分わからないで、それでいゝぢやありませんか、好すかれたら好すかれたで、それ以上いじやう穿鑿せんさくするにや及およばないわ」
と、今日けふは常つねの如ごとく無駄むだ話はなしに笑わらひ興けうずることもなく、二人ふたりで默だまつて相手あひてを見みてゐたが、書生しよせいが戶とを開あけて、「箕浦みのうらさんがお出いでになつた」と知しらせたので、健次けんじは急きふに妻君さいくんに挨拶あいさつして、歸かへりかけた。
「貴下あなた、下宿屋げしゆくやへ何時いつお移うつりなさるの」と妻君さいくんは階子段はしごだんで尋たづねた。
「まだ分わかりません」
「私わたくし遊あそびに行いきますよ」
(七)
社しやの階子段はしごだんは社員しやゐんの多年たねんの足あしの力ちからで凹くぼんで、砂埃ほこりがその中なかに溜たまつてゐる。健次けんじはそれを一つ〳〵踏ふみ上のぼる每ごとに、夕暮ゆうぐれの果はてのない旅路たびぢを辿たどるごとく感かんずるのだが、たまたま編輯へんしふの相談會さうだんくわいだとか、自分じぶんの月給げつきうの前借ぜんしやくの談判だんぱんだとか、多少たせうでも波瀾はらんがあると、少すこしは活氣くわつきがついて二階かいへ駈かけ上のぼる。今日けふは織田おだの原稿げんかうを賣付うりつける役目やくめを帶おびてゐるので、編輯長へんしふちやうの年中ねんぢう變かはらぬ顏かほを見みるにも張合はりあひがあつたが、さて說とき付つけて見みると、彼かれは頑ぐわんとして聞きかぬ。さう幾月いくつきも續つゞいて同おなじ人ひとの飜譯ほんやくは出だせぬといふ。大威張おほゐばりで受合うけあつたものを拒絕きよぜつされては顏かほが立たたぬと思おもつたが、强請がうせいする譯わけにも行ゆかず、少すこし萎しをれて社しやを出でた。
彼かれは何時いつものやうにガツカリして電車でんしやに乗のつたが、織田おだの方はうも棄すて置おけぬので廻まはり道みちをして麹町かうぢまちのその家うちを訪たづねた。家族かぞくに會あつては面倒めんだうだから、勝手口かつてぐちから便所べんじよの側そばを通とほつて座敷ざしきの緣側えんがはへ出でると、織田おだは既すでに夕闇ゆふやみの迫せまつてるのにランプも點火つけず、障子しやうじを開あけて机つくゑに向むかひ何なにやら書かいてゐた。
「おい君きみ、原稿げんかうは駄目だめだぜ」と突如だしぬけに云いふと、織田おだは頭あたまを持上もちあげて「やあ」と云いつたきり、ぢろ〳〵健次けんじの顏かほを見みて、「駄目だめかい、何故なぜだ、困こまるねえ」と、むく〳〵と身みを起おこして、緣側えんがはへ出でた。
「まあ心配しんぱいし玉たまふな、おれがどうかする、まだ十や二十の金かねにや不自由ふじゆうしないよ」
「當あてにしてたのに困こまるねえ」
「今いまに僕ぼくがどうかしてやらう、これから何處どこかへ出掛でかけないか」
「僕ぼくは出でられりやしない、留守番るすばんがないから」
「病人びやうにんはどうだ」と、健次けんじは今いま思おもひ出だしたやうに小聲こごゑで聞きく。
「別べつに變かはりはない、まあ上あがり玉たまへ、今いま君きみのシスターが見舞みまひに來きて吳くれて、僕ぼくの妹いもとと何處どこかへ出でて行いつた」
「さうか、彼女あいつも此頃このごろは浮うかれ步あるいてやがる」
織田おだはランプを點火つけて、薄うすい座布團ざぶとんを出だした、健次けんじは靴くつを穿はいたまゝ緣側えんがはから寢ねそべつて、室内しつないを見みまはした。狹せまくはあり裝飾そうしよくもないが、彼かれの家うちほど見みつともなくはない。床とこの隅すみには新聞しんぶんや原稿紙げんかうしの側そばに、ナポレオンの小ちひさい石膏せつかうが置おいてある。これは織田おだが學校がくかう時代じだいに五圓ゑんで買かつたものだ。
「君きみの家いへも陰氣いんきだね」
「うゝん」と氣きのない返事へんじをして、織田おだは書かいてしまつた原稿げんかうの枚數まいすうを數かぞへてゐたが、襖ふすま一重ひとへの隣室りんしつにはコホン〳〵喘せきをして、それから呟つぶやく聲こゑがする。
健次けんじは厭いやな顏かほをして起直おきなほつて、小ちひさい聲こゑで、「僕ぼくはもう歸かへらう、妻君さいくんにも會あはないから、よろしく云いつて吳くれ玉たまへ」と石段いしだんに立たつと、
「まあ待まつて吳くれ玉たまへ、君きみに話はなしがある」
「だつて、此處こゝで話はなしなんかしちや惡わるいんぢやないか」
「何なに、構かまやしないが、君きみが遠慮えんりよするなら、一寸ちよつと其その邊へんを散步さんぽしながら話はなさう」
と、織田おだは帽子ぼうしも被かぶらずに小ちひさい庭下駄にはげたを引掛ひつかけて外そとへ出でて、直すぐ近ちかくの九段だん坂さかの方はうへ向むかつた。
「桂田かつらださんがね」と、織田おだは兩手りやうてを壞内ふところに入いれて、健次けんじを下目しために見みて、「君きみ何なんだよ、あの人ひとが僕ぼくに同情どうじやうして、遠とほからず僕ぼくにいゝ職しよくを周旋しうせんしてやると云いつてたよ」
「さうかい、ぢや僕ぼくも君きみの原稿げんかうに苦勞くらうしなくともよくなるね、で、僕ぼくに話はなしといつて何なんだい、金かねなら明日あすまでに必かならず拵こしらえてやる」
「それも是非ぜひ賴たのんどくが、實じつは妹いもとの事ことで話はなしたいと思おもつて」
「何なんだ妹いもとのことだつて、シスターを誰たれかに遣やるんか」
「まあそんな者ものだ、でね、一言げんで云いふと、あれを君きみが貰もらつて吳くれんか」
と、織田おだは事こともなげに云いつて、無論むろん健次けんじも左程さほど反對はんたいもすまいと思おもつてゐる。
「僕ぼくにかい」と、健次けんじは冷笑れいせうした。
「昨夜ゆうべ君きみの注意ちういで少すこし氣きがゝりになつたから、歸かへつて妻ワイフに聞きくと、妻ワイフが、そりや屹度きつと菅沼すがぬまさんだらう、あの方かたなら丁度てうど相當さうたうだから、早はやく定きめてしまうがいゝつて云いふんだ、僕ぼくも同意どういだから一つ君きみ承知しやうちして吳くれないか」
「そりや妻君さいくんの見當けんたう違ちがひだぜ、多分たぶん何なんだらう、シスターが邪魔じやま臭くさいから、早はやく追片付おつかたづけたいんだらう」
「いや、そればかりぢやない、僕ぼくも早はやく定きめて妹いもとの身みに間違まちがひのないやうにしたいんだ、世間せけんに惡わるい噂うはさでも立たつと困こまるからね、あれについちや、僕ぼくも責任せきにんを感かんじてるんだからね」
「ぢや僕ぼくをシスターの防腐劑ばうふざいとするんだな」と、面白おもしろさうに笑わらつたが、織田おだは飽あくまで眞面目まじめで、
「打明うちあけて云いへば、さうして貰もらうと僕ぼくも大おほいに助たすかるんだ、今いまぢや實際じつさい弱よわつてる、彼奴あいつにや金かねがかゝつてねえ」と、平生いつもの癖くせで粘ねばり强つよく一つ事ことを繰返くりかへし出だすので、健次けんじは弱よわつたが、頭あたまから反對はんたいも出來できず、
「僕ぼくよりか箕浦みのうらにやり玉たまへな、君きみはあの男をとこを嫌きらつてるが、情合じやうあひもあるし人間にんげんがゼントルだからいゝぢやないか」
「いや箕浦みのうらにや困こまるよ、あゝいつた詩人肌しゞんはだの男をとこは僕ぼくは蟲むしが好すかん、花はなの散ちるのを蝶蝶てふてふだと思おもつたり、木この葉はが落おちるのを見みて、萬物ばんぶつ凋落てうらくの秋あきが來きたといつて淚なんだを流ながす奴やつには信用しんようして妹いもとを托たくするに足たらんと思おもふ」
「そりや尤もつともだ、君きみは箕浦みのうらを評ひやうする時ときには妙みやうに名言めいげんを吐はく、平生ふだんは平凡へいぼんな淚臭なみだくさい事ことばかり云いつてるのに、しかし君きみの妹いもとは箕浦みのうらには釣合つりあつた緣えんぢやないか」
「いかんよあの男をとこは…………それに箕浦みのうらぢや妹いもとは制馭せいぎよして行いけやしない」
「君きみにも手綱たづなは取とれんだらう」と、健次けんじは眠ねむりの足たらぬ目めをこすつた。身體からだは倦だるくて持もて餘あますやうである。
空そらは晴はれて、空氣くうきは肌はだに快こゝろよく、周圍しうゐは人出ひとでも多おほくて騷さわがしいが、二人ふたりは元氣げんきなく刻きざみ足あしに步あるいてゐた。
「やあ、今日けふもやつてるな」と、織田おだは向むかうを見みたので、健次けんじも目めを向むけると、坂さかの中途ちうとに一團だんの群衆ぐんじゆうの中なかから、演說えんぜつめいた聲こゑが聞きこえる。
「何なんだいありや、廣吿屋くわうこくやか」
「救世軍きうせいぐんだよ」
「さうか」と、健次けんじは別べつに氣きにも留とめなかつたが、自然しぜんに側そばへ近ちかづいたので、立留たちとまつて、人垣ひとがきの間あひだからのぞくと、木綿もめんの紋付もんつきを着きた二十前後ぜんごの靑年せいねん二人ふたりと、黑くろい袴はかまをつけた若わかい女をんなとが立たつてゐて、その一人にんが今いま演說えんぜつの最中さいちうである。左ひだりの手てを腰こしに當あて右みぎの手てを動うごかし、色いろの黑くろい角張かくばつた顏かほを少すこし仰向あふむけ、
「今いま私わたくしが申上まをしあげた通とほり貴下方あなたがたも罪つみの人ひとです、早はやく悔くい改あらためなければ誠まことの人間にんげんにはなれません、つまり罪惡ざいあくのある人ひとだから」
と、ゴツ〳〵した調子てうしで、甘味うまみも辛味からみもない言葉ことばを吃どもり〳〵叫さけんでゐるが、滿身まんしんに力ちからを籠こめてゐるため、顏かほは少すこし赤あかくなり、額ひたひには汗あせさへ浮うかんでゐる。
「あの男をとこは何を云いつてるんだらう、何なんの事ことやら分わかりやしない」と、健次けんじの側そばの老人らうじんが笑わらつて去さつた。
「馬鹿ばかツ」と何處どこからか聲こゑがする。
子供こどもが二三人にん前まへへ進すゝんで、口くちを開あけて不思議ふしぎさうに見みつめてゐるのみで、外ほかの者ものは皆みな冷笑れいせうしてゐる、通とほりがゝりに物好ものずきに足あしを留とめて、「何なんだ耶蘇やそか、喧嘩けんくわかと思おもつたのに」と、失望しつぼうして行ゆく者ものもある、誰たれも眞面目まじめに聞きく人ひともないのだが、かの靑年せいねんは聲こゑを張はり肩かたを怒いからせて
「皆樣みなさま懺悔ざんげなさい、神樣かみさまにお縋すがりなさい、日本國にほんこくの興廢こうはいは軍人ぐんじんや政治家せいぢかによつて决けつするのでありません、神樣かみさまの道みちを世間せけんに行おこなふか行おこなはぬかによつて定さだまるのであります」
と說とく。
健次けんじは甲こふ去さり乙をつ來きたる間あひだに、知しらず〴〵前まへに進すゝんで、その演說振えんぜつぶりを見みつめてゐたが、織田おだは後うしろから肩かたを叩たゝいて、「おい君きみ、行ゆかうぢやないか」と聲こゑをかける。
「まあ待まて、も少すこし聞きいて行ゆけ」
「何なにが面白おもしろいんだ、こんな者ものが」
と織田おだが云いつたが、健次けんじは何なにも答こたへず、目めを傳道者でんだうしやから離はなさない。そしてかの靑年せいねんは話はなしを續つゞけて今日けふの社會しやくわいの淫風いんぷうや飮酒いんしゆの害がいを堅苦かたくるしい拙つたない言葉ことばで述のべ立たてゝゐると、誰たれの惡戯あくぎか、小石こいしが彼かれの肩かたを掠かすめて健次けんじの前まへに落おちた、健次けんじは思おもはず後退あとずさりしたが、かの傳道者でんだうしやは微塵みぢんも動うごかず泰然たいぜんとして說せつを進すゝめる。
かくて凡およそ二十分ぷんもして、健次けんじは摺すり物ものを女をんなの手てから貰もらつて群衆ぐんじゆを分わけて出でた。
「君きみは何故なぜあれが面白おもしろい」と、織田おだは長ながく待またされたので恨うらめしさうな顏かほをする。
「面白おもしろいぢやないか。彼奴あいつは地球ちきうのどん底ぞこの眞理しんりを自分じぶんの口くちから傳つたへてると確信かくしんしてる。あの顏付かほつきを見給みたまへ。自分じぶんの力ちからで聽衆てうしうを皆みな神樣かみさまにして見みせる位くらゐの意氣込いきごみだ。人間にんげんはあゝならなくちや駄目だめだ」
「何なにも感心かんしんしない君きみが、何故なぜ今夜こんやに限かぎつてあんな下くだらない者ものに感心かんしんする?」
「さうさ、僕ぼくは救世軍きうせいぐんにでも入はいりたいな。心こゝろにも無ないことを書かいて、讀者どくしやの御機嫌ごきげんを取とる雜誌ざつし稼業かげふよりや、あの方ほうが面白おもしろいに違ちがひない、あの男をとこは欠伸あくびをしないで日ひを送おくつてるんだ、生いきてらあ」
「はゝゝ」と織田おだは大口おほぐち開あけて勢いきほひ無なく笑わらつて、「僕ぼくは靑年せいねんが淺薄せんぱくな說敎せつけうなんかして日ひを送おくるのが不憫ふびんになる」
「しかし淺薄せんぱくや深刻しんこくは本當ほんたうは問題もんだいぢやないんだね、打うたれやうが罵のゝしられやうが、自分じぶんのしてる事ことが何なんであらうと關かまうものか、もつと刺激しげきの强つよい空氣くうきを吸すはにや駄目だめだ」
と、健次けんじは歎息たんそくする如ごとく云いつたが、織田おだのぼんやり﹅﹅﹅﹅した顏かほを見上みあげると、急きふに「ぢや此處こゝで別わかれやう」と、早口はやくちに云いつて輕かるく會釋ゑしやくし九段だんの坂さかを下をりた。で、「まだ話はなしがあるんだ」と、織田おだが呼留よびとめた時ときは、もう人影ひとかげに隱かくれてゐた。
(八)
まだ月初つきはじめであれば、健次けんじも五六枚まいの紙幣さつはポツケツトに潜ひそませてゐるので、「櫻木さくらぎ」へでも行ゆかうかと思おもつたが、お雪ゆきの顏かほも、もう見飽みあいて鼻はなにつく。型かたに取とつた定きまり文句もんくは並ならべるが、キヤツ〳〵と騷さわぐ外ほかには能のうがなく、頭あたまから足あしの裏うらまで何處どこを押をしたつて、碌ろくな音ね一つ吐はき出ださぬ癖くせに、二三日にち續つゞけて足あしを向むけると、此方こちらに思召おぼしめしでもあるやうに自分じぶん定ぎめに自惚うぬぼれたがる女中ぢよちう共どもを相手あひてにして、拜顏料はいがんれうを差さし出だすのも馬鹿ばか々々しいと今夜こんやは思おもひ留とまつた。で、彼かれは西洋せいやう料理店れうりてんでウヰスキーを傾かたむけ、二三品ぴんの洋食やうしよくを貪むさぼり、それから氣きまぐれに神田かんだの西洋せいやう書店しよてんへ立寄たちよつた。何なにか自分じぶんを刺激しげきして、新あたらしい生命いのちを惹起ひきおこす者ものはないかと、新着しんちやくの文學ぶんがく政治せいぢ宗敎しうけうから工業こうげふや銃獵じうれふの書類しよるゐまで、殘のこる隈くまなく覘のぞいたが、どれにも自分じぶんを魅みするやうな破天荒はてんくわうの文字もじが潜ひそんでる氣きもする。で、あれか此これかと撰擇せんたくを重かさねた揚句あげく、遂つひに或ある露國ろこく革命家かくめいかの自傳じでんと、偶然ぐうぜん目めについた棚たなの隅すみの或ある冒險家ばうけんかの北極ほくきよく紀行きかうとを購あがなつた、書物しよもつを抱かゝえて上野うへので電車でんしやを下をりたが、醉ゑひはまだ醒さめず、家うちへ歸かへるのも厭いやであれば、ふら〳〵公園こうゑんを步あるいて銅像どうぞうの側そばのベンチに腰こしを掛かけた。後うしろへもたれて目めを瞑つぶつてると居睡ゐねむりをしさうで、足元あしもとに力ちからがなく、身みぐるみ地ちの中なかへ吸すひ込こまれさうな氣きがする。電車でんしやの音おとも遠とほい世界せかいで響ひゞいてゐる如ごとく、自分じぶんは此このまゝ動うごけなくなるやうに感かんぜられる。身みをベンチの脊せに投なげ出だし、帽子ぼうしの落おちさうなのも關かまはず、心こゝろを夢現むげんの境さかひに迷まよはせてゐたが、書物しよもつが膝ひざから辷すべり落おちるので、パツチリ目めを開ひらくと、木この葉はが顏かほに觸ふれ、埃ほこりを含ふくまぬ澄すんだ空氣くうきが身みに染しみ、自分じぶんの周圍しゆうゐのみは薄暗うすくらいが、空そらには星ほしが多おほく、目めの下したには燈火あかりが煌きらめいてゐる。四五間けん前まへには黑くろい人影ひとかげが二つ。深沈しめやかに話はなしをしてゐたが、やがて暗闇くらやみの中なかに消きえてしまつた。
彼かれは孤獨こどくの感かんに堪たえぬ、淋さびしく心細こゝろぼそくてならぬ。少年せうねん時代じだいに自分じぶんより强つよい奴やつ、脊せいの高たかい奴やつにぶつ付つかつて喧嘩けんくわをしてゐた頃ころは、身體からだ中ぢうに生命いのちが滿みちて、張合はりあひのある日ひを送おくつてゐたのだ。近松ちかまつや透谷とうこくの作さくを讀よんで泣なき、華々はな〴〵しいナポレヲンの生涯しやうがいに胸むねを躍をどらせた時分じぶんは、星ほしは優やさしい音樂をんがくを奏そうし、鳥とりは愛あいの歌うたでも讀よんでゐたのだ。しかし不幸ふかうにも世よが變かはつた。何なにが動機どうきか幾いくつの歲としにか、自分じぶんにも更さらに分わからぬが、星ほしも音樂おんがくを止やめ鳥とりも歌うたを止やめ、先祖せんぞ傳來でんらいの星冑ほしかぶとも白金しろかね作づくりの刀たちも、威光ゐくわうが失うせて、自分じぶんには古道具屋ふるだうぐやの賣物うりものと變かはらなくなつた。今いまから思おもふと、子供こどもの折をりによく自分じぶんに喧嘩けんくわを吹ふきかけた隣となりの鐵藏てつざうなんかゞ壞なつかしい。彼奴あいつのお蔭かげでどの位くらゐ元氣げんきよく力りきんでゐたことか。今いまの自分じぶんはどちらかと云いへば愛あいされて日ひを送おくつてゐる。箕浦みのうらも織田おだも桂田かつらだも、いやそれ計ばかりぢやない、桂田かつらだ夫人ふじんにも織田おだの妹いもとにも櫻木さくらぎのお雪ゆきにも愛あいせられてこそゐれ、さして嫌きらはれてはゐない。何處いづこにも鐵藏てつざうが居ゐないのだ。「愛あいせらるゝは幸さいはひなり、愛あいする者ものも幸さいはひなり」、聖人せいじんだの詩人しじんだのは勝手かつてな定義ていぎを云いつてやがる。少すくなくもおれにや適用てきよう出來できぬことだ。愛あいせられゝば愛あいせられる程ほど、自分じぶんには寂さびしくて力ちからが拔ぬけて孤獨こどくの感かんに堪たへぬ。いつそのこと、四方はうから自分じぶんを憎にくんで攻せめて來くれば、少すこしは張合はりあひが出來できて面白おもしろいが、撫なでられて舐なめられて、そして生命いのちのない生涯しやうがいそれが何なんにならう。「迫害はくがいされる者ものは幸さいはひなり」、ていふ此奴こいつは當あたつてる言葉ことばだ。苦くるしめられやうと泣なかされやうと、傷きずを受うけて倒たほれやうと、生命いのちに滿みちた生涯しやうがい。自分じぶんはそれが欲ほしいのだ。
健次けんじは立上たちあがるのも物憂ものうさうに、かう考かんがへてゐる中うちに、酒さけが醒さめて夜風よかぜが冷つめたくなつた。彼かれは主義しゆぎに醉よえず讀書どくしよに醉よえず、酒さけに醉よえず、女をんなに醉よえず、己をのれの才智さいちにも醉よえぬ身みを、獨ひとりで哀あはれに感かんじた。自分じぶんで自分じぶんの身みが不憫ふびんになつて睫毛まつげに一點てんの淚なみだを湛たゝへた。
靜しづかな風かぜが足許あしもとの落葉おちばを吹ふきころがし、樹上じゆじやうよりも二片ひら三片ひら頭あたまを掠かすめて飛とぶ。
巡査じゆんさが橫目よこめで健次けんじを見返みかへりながら、悠然いうぜんとして步あるいてゐる。
健次けんじは無意識むいしきにベンチを離はなれ、帽子ぼうしを被かぶり直なほして、暗闇くらやみの道みちを辿たどつて新坂しんざかへ出でた。
「結婚マリエーヂ?」と、思おもはず口くちへ出だしたが、その瞬間しゆんかん口元くちもとに皮肉ひにくな笑わらひを洩もらした。
「ノンセンス!、結婚けつこんして家庭かていを造つくる、開闢かいびやく以來いらい億萬人をくまんにんの人間にんげんが爲古しふるしたことだ。桂田かつらだの家庭かてい織田おだの家庭かてい、家庭かていの實例じつれいはもう見飽みあいてゐる」と胸むねの底そこから答こたへる。
(九)
翌日よくじつは日曜にちえうであれば、一家かは遲をそくまで眠ねむり、九時頃じごろに茶ちやの間まに揃そろつて朝食あさげの膳ぜんについた。近來きんらい健次けんじが家族かぞくと一緖しよに食事しよくじをするのは、殆ほとんど日曜にちえうの朝あさのみである。年齡としの割合わりあひに老人としよりめいてもゐないが髯ひげには白髮しらがの多おほく、上目葢うはまぶたのたるんでる父ちゝと、肉付にくつきのよく目めと口くちには品ひんのある姉娘あねむすめの千代ちよと、健次けんじによく似にて小柄こがらで愛嬌あいけうのある末娘すゑむすめの光みつとが健次けんじを挾はさんで坐すわり、母はゝは下女げぢよ兼帶けんたいで甲斐々々かひ〴〵しく立働たちはたらいてゐる。
父ちゝは出勤しゆつきん時刻じこくにせかれぬ爲ため、役所やくしよの話はなしなどをして、ゆる〳〵飯めしを食くらひ、皆みんなの顏かほを見みて、獨ひとりでほく〳〵喜よろこんでゐたが、もう膳ぜんを離はなれて煙草たばこを吸すひながら新聞しんぶんを讀よんでる健次けんじに向むかつて、
「何なにか面白おもしろいことがあるかい、何なんとか中將ちうじやうの姦通かんつう事件じけんはどうなつた」
「今日けふは何なにも出でてゐませんよ」
「どうも軍人ぐんじんが腐敗ふはいしちや困こまるな、武士道ぶしだうの精神せいしんが衰おとろへるとそんなことが出來できて來くるんさ、今いまの中うちに社會しやくわいに士氣しきを鼓吹こすゐしなければ、日本にほんの國家こくかも將來しやうらいが案あんじられるて」
と、父ちゝは鼻水はなみづを膝ひざに落おとして、「今いまぢや學校がくかう敎育けういくも柔弱にゆうじやくに傾かたむいてるからよくない、それに家庭かていで小ちいさい時分じぶんから武士ぶしの魂たましひを叩たゝき込こまんから、堅固けんごな人間にんげんが出來できないんだ、東京とうきやうでも今いまは素町人すちやうにんばかり跋扈ばつこするから、風儀ふうぎが紊みだれるのさ」と、口くちには慷慨こうがいめいたことを云いつたが、顏かほは如何いかにも呑氣のんきで、此これまで苦勞くらうを重かさねて來きた影かげは何處どこにもない。そして素町人すしやうにん呼よばはりはこの人ひとの口癖くちぐせで、自分じぶんでもそれが愉快ゆくわいでならぬと見みえる。
「素町人すちやうにんでも何なんでも早はやくお金持かねもちになることさ」と、母はゝは橫合よこあひから疳走かんばしつた聲こゑを發はつした。
「本當ほんたうだわ、お金かねがある方はうがいゝわ」と、お光みつは一も二もなく母はゝに加勢かせいする。
「せめて男爵だんしやくにでもなれるといゝけど、昔むかしは旗下はたもとだつて武士ぶしだつて詰つまらないわね」
と、姉娘あねむすめは眞面目まじめに感かんじた。で、暫しばらく父子おやこで、武士ぶしの魂たましひだの素町人すちやうにん根性こんじやうだのと言合いひあつて、果はては無邪氣むじやきに笑わらつた。
笑わらつてしまつて、膳ぜんが片付かたづくと、姉娘あねむすめは今迄いままで默だまつてゐた兄あにに向むかつて、
「兄にいさん、今日けふは上野うへので音樂會おんがくゝわいがあつて、ソロの上手じやうづな西洋人せいやうじんが出でるんですつてね、新聞しんぶんにや出でてゐなくつて」
「さうだね、出でてるかも知しれんよ」
「兄にいさんも聞ききに被入いらつしやいな、屹度きつと面白おもしろいわ」
「私わたしも行いきたいと云いふんだらう、兄にいさんにお構かまひなしで一人ひとりで何處どこへでもお出いでなさい」
「そりや一人ひとりだつていゝけど、…………」
「切符きつぷを買かつて吳くれだらう、そりや眞平まつぴら御免ごめんだ」
「酷ひどいわ兄にいさんは、自分じぶん一人ひとりで勝手かつてに遊あそんでゝ、何なに一ひとつ私わたしの賴たのみを聞きいて吳くれたことはないんだもの」
「本當ほんたうだわ、ねえ姉ねえさん」と、妹娘いもとも相槌あひづちを打うつ。
「織田おださんとこの兄にいさんはそりや、妹いもと思おもひよ、平生ふだんだつて何なんだの彼かだのと世話せわを燒やいて、お花見はなみにでも音樂會おんがくくわいにでも、屹度きつと連つれて行いくんだわ。だから幾いくら兄にいさんが學問がくもんが出來できたつて、人間にんげんとして織田おださんの方はうがえらいのね」
「チエツ、生意氣なまいき云いつてらあ」と、健次けんじは橫よこを向むいて、今日けふは如何いかにして暮くらすべきかと考かんがへてゐる。
「兄にいさんは何故なぜ音樂おんがくが嫌きらひなんだらう、文學士ぶんがくしの方かたは皆みな音樂おんがくや芝居しばゐが好すきだのに兄にいさんばかりは、ちつとも趣味しゆみがないのね、音樂おんがくぐらゐ硏究けんきうなさればいゝのに」
「だからお前まへは箕浦みのうらの女房にようぼにでもなつて、年中ねんぢうキユー〳〵ピン〳〵騷さわげばいゝ、彼奴あいつとお前まへとはよく似合にあつてらあ、おれはもうお前まへのぺちや〳〵音樂おんがくだけでうんざり﹅﹅﹅﹅してゐる」
姉娘あねは少すこし頰ほゝを赤あかくして橫よこを向むいて、口くちを噤つぐんだ。
父ちゝは健次けんじの卷煙草まきたばこを取とつて火ひをつけ、二人ふたりの話はなしを面白おもしろさうに聞きいて、微笑々々にこ〳〵してゐたが、二人ふたりが默だまつてしまうと、
「どうもおれには分わからない、學問がくもんをした男をとこが、音曲おんぎよくに夢中むちうになるなんて餘程よほど變へんだ、健次けんじにはおれが昔むかしから武士ぶしの精神せいしんを敎をしへ込こんでるから、そんな柔弱にうじやくな氣風きふうに染そまないんだらう」と、自分じぶんで首肯うなづいてゐる。
「そんな武士ぶしの精神せいしんなんか下くだらないわ、お父とつさんは何なんぞといふと兄にいさんの贔負ひいきばかりして厭いやになつちまう」
「はゝゝゝ、そんな事ことを云いふ者ものぢやない。兄にいさんは菅沼家すがぬまけには大事だいじな寶たからだ、うんと勉强べんきやうして立派りつぱな人間にんげんになつて貰もらはにや、おれが御先祖ごせんぞに申譯まをしわけがないぢやないか、だから傍はたから邪魔じやまをしないで、思おもふ存分ぞんぶんにやらせなくちや…………今いまの間うち貧乏びんぼふがつらからうと、それが何なんだ、貧乏びんぼふを苦くにして見苦みぐるしい根性こんじやうになるのは、それが素町人すちやうにんだ。度々たび〳〵話はなして聞きかせたが、菅沼家すがぬまけは代々だい〴〵高潔かうけつな考かんがへを以もつて忠孝ちうかうと武勇ぶゆうを勵はげんだ家柄いへがらで、系圖けいづに少すこしの疵きずもないんだ。だから健次けんじもよく心得こゝろえて、名譽めいよを世界せかいに傳つたへるやうにせねばならん」
健次けんじは平生ふだん父ちゝから小言こゞとを聞きくことなく、他人たにんの前まへでゞも自分じぶんの自慢じまんをされるのを厭いやに感かんじてゐたので、今いまも自分じぶんが大英雄だいえいいうにでもなるやうに期待きたする口振くちぶりを聞きくと、急きふに不快ふくわいになり、新聞しんぶんを押おしのけて、ふいと自分じぶんの部屋へやへ逃にげた。
「お父とつさんは兄にいさんばかり大事だいじにするから我儘わがまゝになるんだわ、學士がくしにまでなつてゝ、親おやや妹いもとの世話せわが出來できなくちや駄目だめですよ、お父とつさんももうお役所やくしよなんか止よして大威張おほゐばりで兄にいさんに養やしなつてお貰もらひなさればいゝのに、………本當ほんたうにつまらないわ、外そとへ出でてはお酒さけを飮のんで、何なにか話はなしでもすると、惡口あくこうばかり云いつて、あれぢや何時いつまで立たつても立派りつぱな人間にんげんになれやしないわ、え、そりやなれないに定きまつてるわ」と、姉娘あねはさも口惜くやしさうに云いふ。
父ちゝはハツ〳〵と笑わらつて、「まあ默だまつて見みて居をれ、お前逹まへたちにや分わかるまいが、おれにや健次けんじの氣象きしやうはよく分わかつてる、今いまに何なにか爲出しでかすに違ちがひないからよく見みて居をれ、男をとこの腹はらの中なかは女をんなにや知しれんものだ、學士がくしになつた位くらゐで、ハイカラでもつけたり、妹いもとに花簪はなかんざしなんか買かつてやつて喜よろこんでるやうな健次けんじぢやない」
「お父とつさんは兄にいさんを買被かひかぶつてるんですよ、だから老人としよりには何なににも分わからないんだわ、今いまに後悔こうくわいすることが屹度きつとあると私わたし思おもふわ」
「ハヽヽヽヽ、下くだらないことを云いふもんぢやない、お前まへらは今いまに健次けんじの妹いもとだと云いはれて名譽めいよに思おもふ時ときが來くる」
「私わたし、ちつとも兄にいさんなんか當あてにしちやゐないわ、何なんであんな人ひと」
と、新聞しんぶんを引寄ひきよせて續つゞき物ものに目めをつけ、熱心ねつしんに讀よみ出だした。妹娘いもとは緣側えんがはへ出でて猫ねこの頭あたまを撫なでながら唱歌しようかを唄うたつてゐる。
健次けんじは障子しやうじを締しめ切きり、机つくゑに向むかつて正座せいざし、「革命家かくめいかの自傳じでん」を開ひらいた。心こゝろを凝こらし素早すばやく走はしり讀よみしてゐたが、著者ちよしやが貴族きぞくの家いへに生うまれ幼時えうじより宮中きうちうに出入しゆつにふする叙述じよじゆつを讀よみ終をはると、書物しよもつを伏ふせて仰向あふむけに寢ねた。自分じぶんとは緣えんの遠とほい境遇けうぐうの異ことなつた人ひとの閱歷えつれきが如何程いかほどの興味きようみがあらうぞと失望しつぼうした。そして机つくゑから書物しよもつを引下ひきおろして、只たゞ氣きまぐれに處々ところ〴〵拔ぬき讀よみすると、農夫のうふに伍ごして革命かくめいを說といたり、國くにを脫走だつそうして他國たこくに流浪るらうするあたり、さも面白おもしろさうに書かいてあるが、最早もはや健次けんじにはそれが光ひかりのない艶つやの失うせた文字もじと見みえ、少時せうじ父ちゝから彰義隊しやうぎたいや白虎隊びやくこたいの話はなしを聞きいた時ときほどにも、胸むねも躍をどらず血ちも湧わかず目めを瞑つぶつて心こゝろの動うごくに任まかせてゐると、自分じぶんの左右さいう前後ぜんごには火花ひばなも散ちらず、鯨波ときのこゑも聞きこえず、只たゞ銀座ぎんざには埃ほこりが立たつて、うぢよ〳〵と人ひとの步あるいてる樣さまが頭あたまの中なかに浮うかんで來くる。
で、彼かれは緣側えんがはの障子しやうじを開あけて、庭にはを見みると、父ちゝは日曜にちえう每ごとの役目やくめを怠をこたらず、草履ざうりを穿はいて掃除さうじをしてゐる。昨日きのふと同おなじく空そらは冴さえ風かぜもなく、日ひは生温なまあたゝかく照てつて、竹箒たけはうき持つた老人らうじんの影かげのみが緩ゆるく動うごいてゐる。健次けんじは欠伸あくびをして、又また書物しよもつを枕まくらに寢ねころび、兩手りやうてを投なげ出だして、うと〳〵してゐたが、暫しばらくすると妹共いもとゞもの騷さわぐ音おとがして、終しまひには英語えいごの朗讀らうどくが聞きこえる、學校がくかうの懇親會こんしんくわいで、織田おだの妹いもとと二人ふたりで朗讀らうどくするといふ英文えいぶんの對話たいわを暗誦あんしようしてゐるのであらう、太ふとくて甘あまつたれた聲こゑで、如何いかにも陽氣やうきさうに讀よんでゐる。
健次けんじは心こゝろがむしやくしやして、俄にわかに起上おきあがり、帽子ぼうしを被かぶり出仕度でしたくをして、玄關げんくわんまで出でかけたが、又また引返ひきかへして何氣なにげなく妹いもとの部屋へやへ侵入しんにふすると、妹いもとは彼かれを見上みあげて、ぱつたり朗讀らうどくを止やめた。
「おい、一寸ちよつと見みせろ」と、健次けんじは妹いもとの手てから洋紙やうしを取上とりあげて見みると、「二人ふたりの不幸ふかうなる娘むすめ」と題だいして、その會話くわいわが書かいてある。
「今いまお稽古けいこしてるんだから、兄にいさんは彼室あちらへ行いつてゐらつしやい」と、妹いもとは健次けんじの手てから洋紙やうしを奪うばひ返かへした。
「おれが茲こゝで直なほしてやるから、讀よんで見みろ」と、健次けんじは帽子ぼうしを被かぶつたなり坐すわり込こんだ。
「兄にいさんは直すぐ冷ひやかすから厭いやだけど」と否いなんだが、漸やうやく納得なつとくして、自分じぶんの分ぶんだけを拾ひろつて讀よんだ。筋すぢは幼馴染おさななじみの二少女せいぢよが、一人ひとりは東北とうほく一人ひとりは九州しうと十年ねんも離はなれてゐた後のち、或ある所ところで思おもひがけなく巡めぐり合あひ、その間あひだの境涯けうがいの辛酸しんさんを語かたり合あふ哀あはれな物語ものがたり。發音はつおんの法則はふそくは滅茶々々めちや〳〵だがよく暗記あんきしてゐて、目めを細ほそめ言葉ことばの調子てうしも哀あはれげに、表情へうじやう澤山たくさんで朗讀らうどくし、「この次つぎには二人ふたりとも、もつと幸福しあはせな人間にんげんに生うまれて來きませう」と、淚なみだで別わかれる所ところで、會話くわいわが終をはると、
「上手じやうづでせう」と、千代ちよは兄あにを見みて、息いきをついた。中々なか〳〵得意とくいらしい。
「うん甘うまい、よく覺おぼえられたね」
「もつとお稽古けいこしなければ不安心ふあんしんだわ、織田おださんに負まけちや厭いやだから」
「あの女ひとも稽古けいこしてるんか」
「え、そりやしてるわ、外ほかの人ひとも一生懸命しやうけんめいですもの、私わたし今日けふも午後おひるから織田おださんとこへ行いつてよ」
「病人びやうにんのある家うちへ行いつたつて駄目だめぢやないか、まさかあの家うちで、芝居しばゐの眞似まねなんかも出來できまいし」
「一緖しよに外ほかの家うちへ行いくんだわ」
「箕浦みのうらの家うちへでも行いくんだらう」
「行いつたつていゝでせう、惡わるくつて」と、わざと拗すねて見みせる。
「惡わるいと云いやあしないよ、每日まいにちでも遊あそびに行ゆくがいゝ、あの男をとこなら親切しんせつに發音はつおんも直なほして吳くれるし、音樂おんがくの議論ぎろんぐらゐ聞きかせて吳くれらあ、…………それからお前まへ、織田おだへ行ゆくんなら、これを持もつてつて吳くれ」と、健次けんじは今いま思おもひ出だした如ごとく、書齋しよさいから紙入かみいれを持もつて來きて、紙幣さつを反古紙ほごがみにくるんで妹いもとに渡わたし、「これだけ織田おだにやるんだ」
妹いもとは不審ふしんさうに兄あにを見みて、「これをどうするの、織田おださんの兄にいさんに貸かすのですか」
「何なんでもいゝから、只たゞ持もつてけばいゝんだ」
「だつて私わたしが持もつて行ゆくのは變へんだわ、それに兄にいさんはよく織田おださんにお金かねを貸かすのね、何故なぜ織田おださんばかり好すきなんだらう、あの家うちよりやいくら私わたしの家うちの方はうが貧乏びんぼふだか知しれやしないのに、本當ほんとに兄にいさんは變へんな人ひとね」と、妹いもとは反古包ほごづゝみをひねくつて、その金目かねめまで覘のぞいて見みてゐたが、
「お前まへにやるよりや、織田おだにやつた方はうが、いくらやり榮ばえがするか知しれやしない」と、健次けんじは無邪氣むじやきに笑わらつて、當あてもなく戶外そとへ出でた。妹いもとは坐すわつたきり目めを据すゑて、「兄にいさんは何故なぜだらう、お鶴つるさんに心こゝろがあるから、あんなに織田おださんを大事だいじにするのぢやないか知しらん、さう云いへば思おもひ當あたることが幾いくらもある、屹度きつとさうだ、戀こひで煩悶はんもんしてるんだわ」と、自分じぶんの身みに引ひきくらべて想像さうぞうに耽ふけつてゐた。
(十)
健次けんじは短みじかい秋あきの一日にちを持餘もてあました。上野うへのの公園こうゑんをぶらつき、或あるひは珈琲店こーひーてんへ入はいり、或あるひはビアーホールへ入はいり、それから社しやの同僚どうりやうを訪たづねて、氣乗きのりのせぬ話はなしに相槌あひづちを打うつて、漸やうやく二三時間じかんを空費くうひし、その宅たくを出でて、湯島ゆしま天神てんじんの境内けいだいを通とほり拔ぬけて歸路きろに就ついた。特筆とくひつすべき事件じけんは少すこしもない。忙いそがしい人ひとは仕事しごとに心こゝろを奪うばはれて時ときの立たつを忘わすれ、歡樂くわんらくに耽ふけれる人ひとも月日つきひの無ない世界せかいに遊あそぶのであるが、此頃このごろの健次けんじは絕たえず刻々こく〳〵の時ときと戰たゝかつてゐる。酒さけを飮のむのも、散步さんぽをするのも、氣㷔きえんを吐はくのも、或あるひは午睡ひるねをするのも、只たゞ持扱もちあつかつてる時間じかんを費つひやすの爲ためのみで、外ほかに何なにも意味いみはない。そして一月つき二月つきを取留とりとめもなく過すごしては、後あとから振返ふりかへつて、下くだらなく費つひやした歲月さいげつの早はやく流ながるゝに驚おどろく。
彼かれは激烈げきれつな刺激しげきに五體たいの血ちを湧立わきたたさねば、日ひに〳〵自分じぶんの腐くさり行ゆくを感かんじ、靑春せいしゆんの身みで只たゞ時間じかんの蟲むしに喰くはれつゝ生命いのちを維つないでゐる現狀げんじやうを溜たまらなく思おもつた。そして空想くうさうを逞たくまうして色々いろ〳〵の刺激物しげきぶつを考かんがへた。普通ふつうの麻醉劑ますゐざいは何なんの効目きゝめもない、酒さけなら燒酎せうちうかウヰスキーを更さらにコンデンスした物もの、煙草たばこなら阿片あへん、戀こひなら櫻木さくらぎのお雪ゆきや織田おだのお鶴つるのやうな女をんなと、甘あまつたるい言葉ことばを交換かはしたのでは微醉ほろよひもする氣遣きづかひはない。正義せいぎも公道こうだうも問題もんだいぢやない。自分じぶんを微温びおんの世界せかいから救すくひ出だして、筋肉きんにくに熱血ねつけつを迸ほとばしらすか、膓はらわたまで蕩とろかす者もの、それが自分じぶんの唯ゆゐ一の救世主きうせいしゆだ。革命軍かくめいぐんに加くはつて爆裂彈ばくれつだんに粉碎ふんさいされやうとも、山賊さんぞくに組くみして縛首しばりくびの刑けいに合あはうとも、結果けつくわが何なんであれ、名義めいぎが何なんであれ、自分じぶんを刺激しげきする最初さいしよの者ものに身みを投なげて、長ながくても短みじかくても、或あるひは即刻そくこくに倒たをれてしまつてもよい。そしてこんな刺激物しげきが自然しぜんに自分じぶんの前まへに現あらはれねば、自分じぶんから進すゝんで近ちかづいて行ゆく。渦うづが捲まき込こんで吳くれねば、自分じぶんで渦うづの中なかへ飛とび込こむ。鐵藏てつざうがゐなければ自分じぶんで鐵藏てつざうになつて喧嘩かんくわを吹ふつかけて行ゆく。戰爭せんそうも革命かくめいも北極ほくきよく探檢たんけんも人間にんげんの怠屈たいくつ醒さましの仕事しごとだ。平坦へいたんの道みちには倦うむが、險崖けんがいを攀上よぢのぼつてゐれば、時ときをも忘わすれ欠伸あくびの出でる暇ひまもない。
「よし渦うづへ入はいるか崖がけを上あがるか」と、彼かれはステツキを持もつた手てに力ちからを入いれたが、その手ては直すぐ弛ゆるんでしまう。社會しやくわいのため主義しゆぎのため理想りさうのためと思おもへばこそ眞面目まじめで險崖がけ上のぼりも出來できるが、初はじめから怠屈たいくつ醒さましと知しつて荊棘いばらの中なかへ足あしを踏込ふみこめるものか。理由りいうもないのに獨ひとりで血眼ちまなこになつて大道だいだうを馳はせ廻まはれるものか。何故なぜ每日まひにちの出來事できごと、四方はうの境遇けうぐう、何なに一つ自分じぶんを刺激しげきし誘惑いうわくし虜とりこにする者ものがないのであらう。只たゞ日々ひゞ世界せかいの色いろは褪あせ行ゆき、幾萬いくまんの人間にんげんの響動どよめきは葦あしや尾花をばなの戰そよぐと同おなじく無意義むいぎに聞きこえるやうになつた。自分じぶんの心こゝろが老おいたのか、地球ちきう其それ自身じしんが老おい果はてゝ、何等なんらの淸新せいしんの氣きも宿やどさなくなつたのであらうか。
彼かれは目めを移うつして道みちの左右さいうを見みた。夕日ゆうひは電信柱でんしんばしらの影かげを金物屋かなものやの壁かべに印いんしてゐる。壁かべの隅すみには薄墨うすゞみで「法樂はふらく加持かぢ」と書かいた大福寺だいふくじの廣吿くわうこくが貼はりつけられ、その片端かたはしが剝はげかゝりふら〳〵﹅﹅﹅﹅動うごいてゐる。牛乳ぎうにう配逹はいたつと點燈夫てんとうふとが前後ぜんごして走はしつてる後あとから、白しろい帽子ぼうしを戴いたゞき裾すその廣ひろい黑衣こくいを着つけ、腰こしに長ながい珠數じゆずを垂たれた天主敎てんしゆけうの尼あまが二人ふたり、口くちも閉とぢ側見わきみもせず、靴くつは土つちを踏ふまぬが如ごとく、閑雅しとやかに音おとをも立たてず步あゆんで來くる。深ふかく澄すんだ空そらを煙突えんとつの黑煙こくえんが搔亂かきみだし、その側そばを一列れつの鳥とりが橫切よこぎつた。晝間ひるまの温あたゝかさも急きふに薄うすらいで、健次けんじは肌寒はださむく感かんじた。
彼かれは足あしと心こゝろを疲つからせて、兎とに角かく家うちへ歸かへつた。妹いもとは他所行よそゆきの大切たいせつな紋羽二重もんはぶたへの羽織はおりを着きたまゝ、茶ちやの間まのランプを點火つけてゐた。
「あら、兄にいさんお歸かへり、私わたしも今いま歸かへつたところよ」と、マツチを火鉢ひばちへ棄すてゝ、艶艶つやつやしい顏かほを見みせた。
「織田おだは何なにをしてた」
「勉强べんきやうしてるわ、でね、お金かねを渡わたすと、何なんだか極きまり惡わるさうに受取うけとつて、兄にいさんにお禮れいを云いつてたわ」
「さうか」と、健次けんじは所在しよざいなさに、火鉢ひばちの前まへに片膝かたひざ立たてゝ坐すわり、火箸ひばしをいぢつてる。妹いもとはその側そばで羽織はおりを脫ぬいで疊たゝみながら、ちよい〳〵兄あにの顏かほを見上みあげては、
「織田おださんは二三日にち中うちに兄にいさんに遇あひたいと云いつてましたよ、是非ぜひ話はなしを定きめることがあるんだつてね、兄にいさんも知しつてるでせう、どんな話はなしだか、私わたしも織田おださんの言振いひぶりで荒方あらかた推察すゐさつしてるけど。」
「さうか」と、健次けんじは氣きに留とめぬ風ふうなので、妹いもとはわざと調戯からかふ氣きで、
「當あてゝ見みませうか、屹度きつとあの事ことだわ」と莞爾につこりした。
「あの事ことつて鶴つるさんの緣談えんだんだらう」と健次けんじが小憎こにくらしい程ほど平氣へいきなので、妹いもとは、
「兄にいさんはよく御存ごぞんじね、同意どういするんでせう、兄にいさんも、」
「どうかねえ」
「どうかねえつて、それでいゝぢやありませんか、其その事ことで私わたし兄にいさんに話はなしがあつてよ」と云いひかけた所ところへ、母はゝが勝手かつてから入はいつて來きたので口くちを噤つぐみ、羽織はおりを簞笥たんすへ收おさめた。
「さあ御飯ごはんだ〳〵」と、母はゝは膳立ぜんだてして、汁しるのこぼれてる鍋なべを火鉢ひばちに掛かけた。
健次けんじは「まだ飯めしは欲ほしくない」と云いつて、自分じぶんの居室ゐまへ入はいると、妹いもとは後うしろから駈かけて來きて、ランプを點火つけた。平生ふだんに似にず親切しんせつに煙草盆たばこぼんまで掃除さうじして持もつて來きた。
で、健次けんじが机つくゑに肱ひぢを突ついて煙草たばこを吹ふかし、相手あひてにする風ふうはないのに、その傍そばに坐すわり、
「でね、兄にいさん」と口くちを切きる。「今いまの話はなし、兄にいさんも考かんがへてるんでせう、どうなさるの」
「何なんだい織田おだの事ことか、それを聞きいて何なんにする」と、健次けんじは不審ふしんさうに妹いもとの顏かほを顧かへりみた。
「何なにつて事ことはないけど」と、目めを外はづして「私わたし、今日けふ織田おださんからも、お鶴つるさんからも色いろんな事ことを聞きいたのよ」
「何なにを?」
「織田おださんの方はうぢや、もうちやんと一人ひとりで定きめてるんだわ、それに向むかうでは、兄にいさんも家うちのお母つかさんもお父とつさんも、屹度きつと承知しやうちすることゝ思おもつてるらしいのよ、お鶴つるさんも兄にいさんから聞きいたのか、今日けふは樣子やうすが變かはつてるし、明日あすお稽古けいこに私わたしの家うちへ被入いらつしやいと云いつても、何時いつも來きたがる癖くせに厭いやだつて云いふんですもの、」
「おい、下くだらない話はなしは止よせ、」
と、机つくゑに向むかつて、經濟書けいざいしよを開ひらいて、ぼんやり讀よんでゐたが、妹いもとは尙なほ側そばに坐すわつてゐて、
「だつて兄にいさんも早はやく結婚けつこんなすつた方はうがいゝでせう、家うちの爲ためから云いつても、兄にいさんの身みが定きまつて、お父とつさんの責任せきにんを輕かるくしなくつちや仕樣しやうがないですもの、それが一番ばんの孝行かう〳〵だと思おもふわ、それにお鶴つるさんは一家かの主婦しゆふとして缺點けつてんがないんだから、私わたしからも兄にいさんに勸すゝめたい位くらゐよ」
「お前まへどうかしたのか、酷ひどく今日けふは眞面目まじめ臭くさつた事ことを並ならべるね」と、健次けんじは笑わらつて、「お前まへはよくお鶴つるさんの惡口あくこうを云いつて、あれぢや家うちは持もてないなんて云いつてたぢやないか、急きふに變節へんせつしたね、御馳走ごちそうにでもなつたんかい」
「あら酷ひどいわ、私わたし織田おださんとこで少ちつとも御馳走ごちそうなんかになりやしないわ」
「でも御馳走ごちそうになつた顏付かほつきをしてるぢやないか。箕浦みのうらの家うちへも寄よつたのか」
「えゝ」と妹いもとは曖昧あいまいな返事へんじをする。
「お鶴つるさんと二人ふたりで朗讀らうどくでもして騷さわいだのか」
「えゝ、兄にいさんによろしくと云いつてたわ」
「お鶴つるさんと一緖しよに行ゆくと、あの男をとこが優待いうたいするだらう」
と、健次けんじは何氣なにげなく云いつたが、妹いもとの耳みゝにはそれが銳するどく響ひゞいて、急きふに考かんがへ込こんだ。健次けんじは箕浦みのうらから屢屢しば〴〵戀愛論れんあいろんを聞きかされたのだが、先日せんじつ或ある雜誌ざつしに載のつた彼かれの叙情的じよじやうてきの美文びぶんを讀よんだ時とき、それが彼かれ自身じしんの事ことを書かいてるので、相手あひては織田おだの妹いもとだと感付かんづいた。そして自分じぶんの妹いもとの竊ひそかに箕浦みのうらを思おもつてるのが可笑おかしくもあり、可愛かあいさうでもあつた。しかしそれを妹いもとに知しらせる氣きでもなかつたのだ。で、
「學校がくかうの懇親會こんしんくわいは何日いつあるんだ」と、聞ききたくもないことを、わざと柔やさしい聲こゑで問とうた。妹いもとは碌ろくに答こたへもせず、暫しばらくして浮うかぬ面かほを上あげて、
「兄にいさんは結婚けつこんする氣きぢやないんですか」と、さも妹いもとの身みの上うへにも重要ぢうえう問題もんだいででもある如ごとく感かんじてゐる。
「お前まへはおれを織田おだの妹いもとと結婚けつこんさせたいのか、それが何なにかお前まへの利益りゑきになるんか、變へんだね」と、健次けんじはお轉婆てんばの妹いもとの生眞面目きまじめな態度たいどを怪あやしんだ。
「私わたしの利益りゑきなんて酷ひどいわ、兄にいさんの爲ためを思おもつてるから聞きいて見みてるのに」と、袂たもとの先さきをひねくつて言葉ことばもはき〳〵しない。
「有難ありがたう、しかしおれは近々きん〳〵下宿屋げしゆくやへでも行いつちまうんだ」
「本當ほんたうに?」と、妹いもとは目めを丸まるくして「何故なぜ下宿屋げしゆくやなんかへ」
「何故なぜでもないさ、もうお前方まへがたのお喋舌しやべりも聞飽きゝあいたから、」
妹いもとは兄あにの氣心きごゝろを知兼しりかねて、只たゞ「變へんな人ひとだわ、お鶴つるさんを好すいてやしないのか知しらん、それとも表面うはべばかりあんなに澄すましてるのではなからうか」と思おもつてゐたが末娘すゑむすめのお光みつが「姉ねいさん、早はやく被入いらつしやい、御飯ごはんだよ」と、駈かけて來きて、引張ひつぱつて茶ちやの間まへ行いつた。
(十一)
四五日にちはかくて過すぎた。目めを醒さますと、屋根やねには霜しもを置おいて朝日あさひがキラ〳〵と照てつてることもある、雲くもの低ひくく垂たれてることもある。培養ばいやうせぬ菊きくは蟲むしに喰くはれて自然しぜんに萎しほれて行ゆく。父子ふしは前後ぜんごして出勤しゆつきんする。健次けんじは每日まいにち同おなじやうなことを考かんがへて、一日にちの仕事しごとを濟すませて歸かへると、相あひも變へんらず母はゝは窶やつれた顏かほをして待まつてゐる。一家かには何なんの波瀾はらんもない。母はゝは年中ねんぢう廢屋あばらやに燻くすぶつてゐるのだから、偶たまに戶外そとへ出でるか、異かはつた人ひとが訪たづねて來くると、見みたり聞きいたりした何なんでもない事ことを、物珍ものめづらしさうに誇張こちやうして問とはず語がたりをするのを樂たのしみにしてゐる。妹いもとの千代ちよは思おもひ出だしては朗讀らうどくの稽古けいこをしてゐるが、平生ふだんほどお喋舌しやべりもせず、多少たせう鬱ふさいでる風ふうも見みえる。織田おだは忙いそがしいので手紙てがみを送おくつたきり訪たづねて來こない。先月せんげつから赤痢せきりが流行りうかうして、根岸ねぎし近傍きんばうにも大分だいぶ患者くわんじやがあるやうだが、菅沼すがぬまの一家かは數年すうねん來らい風邪ふうじや以上いじやうの病人びやうにんはない。で、父ちゝは家族かぞくが皆みな健全けんぜんで目出度めでたい々々々と一人ひとりで喜よろこんで、自分じぶんが少すこし風邪氣かぜけがあらうと腹加減はらかげんがよくなからうと、痩我慢やせがまんを出だして出勤しゆつきんしてゐる。しかし今度こんどの寒さむさ當あたりは我慢がまんし切きれなかつたと見みえ、或日あるひ役所やくしよを早退はやびけにして歸かへり、お定きまりの晚酌ばんしやくも止よして、行火あんかへもぐり込こんでしまつた。
健次けんじは父ちゝの代かはりに海苔のりを肴さかなに一本ぽんガブ呑のみにして、書齋しよさいへ入はいつたが、寢ねるには早はやし、ランプと睨にらめつくらをしてゐた。すると、その朝あさ桂田かつらだ夫人ふじんの筆ふでで晚餐會ばんさんくわい招待せうたいのハガキの來きたことから、桂田かつらだに借かりた「東西とうざい倫理りんり思潮してう」を、本箱ほんばこの上うへに置おいたまゝ手てにも取とらず、談話だんわ筆記ひつきに行ゆくのも忘わすれてゐたことを思おもひ出だし、それを取出とりだして飛とび〳〵に讀よみかけた。
西風にしかぜがカタ〳〵と雨戶あまどに當あたり、隣家となりの柿かきの葉はの散ちる音おとも幽かすかに聞きこえる。父ちゝは時々とき〴〵呻吟うめいてゐる。
次第しだいに健次けんじの目めは書物しよもつを離はなれ、銳するどい神經しんけいは風かぜの音おとと父ちゝの呻吟うめきとに煩わづらはされ、火鉢ひばちへ俯首うつむいて眉まゆを顰ひそめ、煙草たばこの吸口すゐくちを嚙かんでゐると、門かどの戶とがそつと開あいた。それが木枯こがらしで自然しぜんに開あいたやうで、健次けんじは思おもはず薄氣味うすきみ惡わるく感かんじた。忍しのびやかに敷石しきいしに音おとがする。誰たれかが來きたらしく、やがて低ひくい聲こゑで母はゝとの話聲はなしごゑがする。
「あゝ織田おだだな」と、健次けんじは離はなれ島じまに人ひとの訪たづねた如ごとく、救助きうじよの舟ふねでも來きた如ごとく望のぞみを掛かけて待まつてゐた。
暫しばらくして織田おだは「ヤア」と、例れいの頓間とんまな聲こゑをして入はいつて來きて、火鉢ひばちを隔へだてゝ坐すわつた。新調しんてうと思おもはれる綿入わたいれを着きて、髯ひげも剃そつて、髮かみも奇麗きれいに分わけ、愉快ゆくわいさうな顏付かほつきをしてゐる。
「非常ひじやうに遲おそく來きたね」
「遲おそくなくちや君きみがゐないかと思おもつて、」と、織田おだは珍めづらしく敷島しきしまを袂たもとから出だして火ひを付つけ、
「僕ぼくは今日けふ非常ひじやうに愉快ゆくわいだ」
「愉快ゆくわいだつて、君きみからそんな言葉ことばを聞きくのは不思議ふしぎだ、親爺おやぢの病氣びやうきでもよくなつたのか」
「いや、親爺おやぢは變かはらないがね、今日けふ僕ぼくは桂田かつらださんの紹介せうかいで新職業しんしよくげふに有ありついたんだ、神田かんだの本屋ほんやで辭書じしよの編纂へんさんだが、報酬ほうしうも非常ひじやうにいゝんだよ」
「さうか、面倒めんだう臭くさい厭いやな仕事しごとだね、辛抱しんばう出來できるかい」
「面倒めんだう臭くさいなんて云いつた日ひにや、いゝ仕事しごとはありやしないぜ、報酬ほうしうさへよけりや、僕ぼくは何なんでもやる、それにね君きみ、僕ぼくは長編ちやうへんを昨日きのふ譯やくしてしまつたよ、あの金かねが入はいると、借金しやくきんを殘のこらず拂はらへるし、醫者ゐしやの方はうも奇麗きれいに片付かたづくから一安心あんしんだ、君きみにも一杯ぱい奢おごらあ」
織田おだは平素ふだん健次けんじを無む二の親友しんいうと思おもひ、互たがひに喜憂きいうを分わかつつもりでゐるので、今日けふも吉報きつぽうを傳つたへに來きたのだ。
「そりや結構けつかうだ」と、健次けんじは口先くちさきでは云いつたが、心こゝろではこの魁偉くわいゝなる人間にんげんが、信州しんしう訛なまりの拔ぬけぬ頭あたまの眞中まんなかの禿はげた老母らうぼと、頰ほゝの赤あかいよく肥ふとつた妻君さいくんのために、年中ねんぢう專念せんねん一意い脇目わきめも振ふらず稼かせいでゐる樣さまを憐憫みじめに感かんじた。
「僕ぼくも二三年ねん踠あがき通とほしだつたが、これからは少すこしは樂らくになるだらう、隨分ずゐぶん君きみにも迷惑めいわくを掛かけたがね、もう大丈夫だいじやうぶだ。節儉せつけんすりや月末つきずゑの拂はらひに困こまることはない、何なにしろ學校がくかうの月給げつきふは三十圓ゑんだから遣切やりきれなかつたが、辭書じしよからは六十圓ゑんづゝ吳くれるんだよ、丁度てうど倍ばいだからね、それに内職ないしよくに飜譯ほんやくを續つゞけてやつてけば、小使錢こづかひせんは取とれるし」と、織田おだは自分じぶんの現狀げんじやうを想おもつて悅うれしくてならぬ風ふうだ。で、尙なほ世帶話しよたいばなしを續つゞけて、「家賃やちんは收入しうにふの五分ぶんの一を超過てうくわしてはならぬ」とか、「消費せうひ組合くみあひに入はいれば幾いくら宛づゝ經濟けいざいになる」とか。終しまひには將來しやうらいの家計かけいの豫算よさん計畫けいくわくを細こまかく說とき出だした。
妹共いもとどもはもう寢ねたのか、家うちの内うちは靜しづかだが、隣家となりから赤兒あかごの泣聲なきごゑが洩もれ聞きこえ、柿かきの葉はもカサ〳〵と音おとを立たてゝゐる。健次けんじは火箸ひばしで炭籠すみかごを引寄ひきよせどつさり添炭そへすみした。最早もはや酒さけの氣けもなくなつて寒さむい。せめて織田おだが何時いつものやうに苦痛くつうを訴うつたへるのなら、聞きいても多少たせう張合はりあひもあるが、大得意だいとくいで生活せいくわつの勝利しやうりを談だんずるのだから健次けんじは聞きいてゐても眠ねむくなるばかり、
「それでね、父ちゝの病氣びやうきがどうかなり次第しだい、もつといゝ家うちへ轉宅てんたくして新あたらしい生活せいくわつを初はじめるつもりだ、それについて妹いもとだけ持もて餘あまし者ものだが、あれに對たいする責任せきにんさへ免まぬかれりや、僕ぼくの重荷おもには卸おりてしまうんだよ」と、織田おだは抑揚よくやう緩急くわんきふのない調子てうしで云いつて相手あひての顏かほを見みて答こたへを促うながした。
健次けんじは五月蠅うるさい奴やつだと思おもつて、何なにか云いはうとした所ところへ、母はゝが茶盆ちやぼんと菓子皿くわしざらを持もつて來きた。「今いま織田おださんに頂いたゞいたんだよ」と、母はゝは茶ちやを注ついで、中腰ちうごしで二つ三つ世間せけん話ばなしをして行いつた。皿さらにはチヨコレート、クリームが黃きいろい紙かみに包つゝまれて並ならんでゐる。健次けんじはそれを手てに取とつて、端はじを前齒まへばで嚙かんだが、厭いやな顏かほをして、喰餘くひあましを机つくゑの端はじへ置おき、
「もう君きみ、緣談えんだんは止よさうぢやないか、僕ぼくはもう聞ききたくない」と、命令的めいれいてきに云いふ。織田おだは壓をさへ付つけられて暫しばらく默だまつてゐた。
「だが、君きみの爲ためにも結婚けつこんする方はうがいゝと思おもふ、今いまも母堂マザーに話はなすと母堂マザーも賛成さんせいして、さうなると結構けつかうだと云いつてる、それに何なんだよ」と、四圍あたりを憚はゞかつて聲こゑを低ひくくし、「君きみのシスターについても僕ぼくは考かんがへてる、今度こんどの事ことは四五日にち前まへに鶴つるにもよく話はなしたんだがね、その時とき彼女あれに聞きくと、お千代ちよさんは箕浦みのうらを思おもつてるんださうだ、それだと丁度てうどいゝぢやないか、シスターを箕浦みのうらへやつちまつては、何なんなら僕ぼくが周旋しうせんする。」
「だつて君きみは箕浦みのうらは嫌きらひだと云いつてたぢやないか」
「しかし君きみのシスターが好すいてりや仕方しかたがないさ、君きみも早はやく妹いもとを片付かたづけて、定きまりをつけて、活動くわつどうし玉たまへ、君きみは我々われ〳〵とは異ちがつて才さいがあるんだから幾いくらでも發展はつてん出來できる」
「うまく煽動おだてるね、煽動おだてたつて駄目だめだよ、僕ぼくに發展はつてんの道みちがある位くらゐなら、君等きみらに云いはれなくても疾とつくに發展はつてんしてる」と、健次けんじは肱枕ひぢまくらで橫よこになつた。
「箕浦みのうらの自惚家うぬぼれやでも君きみにや感心かんしんしてるよ、二三日前にちまへにも見舞みまひだつてやつて來きて、何時いつか君きみは異彩ゐさいを放はなつだらうと云いつてた、實じつはその時とき妹いもとを君きみにおつ付つけたいと彼男あれにも明あかしたのだ」
「箕浦みのうらは何なんと云いつてた」
「彼男あれかね」と、織田おだは云いひかけて躊躇ちうちよして、「別べつに何なにも云いやしない、丁度てうどいゝだらうと云いつてた」
「さうでもなからう、しかし君きみは色いろんな事ことをするね、千代ちよにも何なにか話はなしたね」
「いや碌ろくに話はなしもしないが、妻さいや妹いもとを通とほして多少たせう聞きいたことはある」
「そうか、彼女あいつが此間こなひだ、君きみの家うちから歸かへると、僕ぼくに向むかつて頻しきりに結婚けつこんを勸すゝめるから、變へんだなと思おもつたが今いま分わかつた、彼女あいつも歲としが歲としだけに生意氣なまいきな事ことを考かんがへてやがらあ」と、舌打したうちして起上おきあがつた、健次けんじは腹はらの中うちで、「妹いもとは箕浦みのうらに對たいする競爭者けうさうしやのお鶴つるを自分じぶんに當あてがつて、箕浦みのうらを一人ひとり占じめにしやうと思おもつてるんだらう」と、妹いもとの腹はらの底そこまで小憎こにくらしく感かんじた。あんな男をとこを珍重ちんてうして戀こひとか何なんとか云いつてるのを蟲唾むしづの出でる程ほど厭いやに感かんじた。
織田おだは健次けんじの目付めつきの銳するどくなるを見みて、「何なにを考かんがへてるんだ」と聞きく。
「君きみも餘計よけいな世話せわを燒やくね、自分じぶんの事ことだけで飽あき足たらなくて」
「餘計よけいな世話せわぢやない、友情いうじやうから考かんがへたんだ、一家かの幸福しあはせのために僕ぼくの云いつた通とほりにし玉たまへ、どうせ通とほる道みちなら早はやく通とほつた方はうがいゝぢやないか」
「いゝ仕事しごとに有付ありついたと思おもつて馬鹿ばかに大家たいかめいた事ことを云いふね、しかし僕ぼくは君きみや箕浦みのうらとは異ちがつて何處どこへ行いくんか方角はうがくが取とれんから仕方しかたないさ、」
「ぢや僕ぼくの說せつは用もちひないんか、それで君きみはどうするんだい、責任せきにんの重おもい身體からだで」
「さあどうするかね」と、他人事ひとごとのやうに云いつたが、急きふに鬱陶うつとうしい色いろを呈ていした。
「君きみは學生がくせい時代じだいと同おなじやうな氣きでゐるが、よく家族かぞくの事ことを思おもはんで浮々うか〳〵してられるね、目めの前まへに君きみの責任せきにんがころがつてるぢやないか」と織田おだは眞面目まじめな口調くてうを止やめぬ。
「だから僕ぼくは家うちが厭いやだよ」と、健次けんじは又また橫よこになつて目めを閉とぢて、「君きみとも長ながい間あひだ交際つきあつてるが、福音ふくゐんも聞きかせて吳くれんね、」と、云いつたきり、口くちを利きかなくなつた。
で、織田おだが母はゝと話はなして歸かへつた後のち、健次けんじは冷つめたい蒲團ふとんの中なかへもぐり込こんで、「彼奴あいつも馬鹿ばか野郎やらうだ」と呟つぶやいた。しかしこれは他人たにんの間なかで氣㷔きえんを吐はいてる時ときに叫さけぶとは異ことなつて、滅入めいつた絕望ぜつばうの聲こゑだ。
(十二)
翌日よくじつは妹いもと娘むすめ寵愛てうあいの子猫こねこが、晚餐ばんさんの總菜用さうざいようの魚うをを啣くはへて緣えんの下したへ逃にげ込こんだので、一家かは大騷おほさわぎ。父ちゝは褞袍どてらを着きたまゝ寢室ねまを出でて來くる。母はゝは靑筋あをすじ立たてゝ怒鳴どなり立たてる。暫しばらくして何なに食くはぬ顏かほの猫ねこは鈴すゞを鳴ならして長火鉢ながひばちの側そばへ歸かへり、目めを細ほそくして口くちべた﹅﹅を甜なめずつてゐると、皆みんなに頭あたまを打ぶたれた。母はゝの愚痴ぐちが靜しづまると、家族かぞくは煮豆にまめで晚餐ばんめしを食くつた。
健次けんじはかねて賴たのんで置おいた或ある社員しやゐんの知しらせで、日暮ひぐれ前まへに月島つきしまの或ある下宿屋げしゆくやの空間あきまを檢分けんぶんした。廊下らうかに立たつと、安房あは上總かづさの山々やま〳〵が夢ゆめのやうに、ぼんやり﹅﹅﹅﹅水煙みづけむりの向むかうに浮うかび、强つよい風かぜが絕たえ間まなく寄よせて來くる。隣室となりの話聲はなしごゑも風かぜに浚さらはれ波なみの音おとに沒ぼつして聞きこえぬ。彼かれは幼をさない頃ころ讚岐さぬきの濱はまで恣ほしひまゝに鹽風しほかぜを浴あびて遊あそんだことを朧氣おぼろげに思おもひ出だした。その瞬間しゆんかん「新生涯しんしやうがいを此處こゝで始はじめる、根岸ねぎしの古屋ふるやを去さつて腹はら一杯ぱい鹽氣しほけを吸すはう」と决けつし、二三日にち中うちに返事へんじをすると約束やくそくした。で、家うちへ歸かへると、母はゝや妹いもとに聞きかされた一日にち中ぢうの大事件だいじけんは猫ねこと魚うをの話はなしであつた。
(十三)
翌日よくじつ桂田かつらだの家いへで晚餐ばんさんをかねて小園遊會せうゑんゆうくわいが開ひらかれ、博士はかせ夫妻ふさいの親戚みうちの靑年せいねん男女なんによ、箕浦みのうら織田おだ等とうの家族かぞく、凡すべて十數名すうめいが招待せうたいされた。健次けんじもその一人にんだが、生憎あひにく編輯へんしふ締切しめきりの當日たうじつなので、原稿げんかうの計算けいさんやら雜誌ざつしの體裁ていさいやらの相談さうだんを持掛もちかけられ、漸やうやく夜店よみせ商人しやうにんが店みせを出だしかけた時分じぶん雜誌社ざつししやを出でて、生温なまあたゝかい空からつ風かぜに曝さらされ、千駄木だぎへ向むかつた。既すでに來濱らいひんは揃そろつてるらしく、笑聲わらひごゑも賑にぎやかで、玄關げんくわんには奇麗きれいな女をんな下駄げたや、磨みがき立たてた靴くつが幾いくつも並ならんでゐる。客間きやくまへ通とほされると博士はかせの甥おひに當あたる久保田くぼたと箕浦みのうらとが食卓しよくたくを隔へだてゝ博士はかせと向むかひ合あつて、盛さかんに話はなしをしてゐた。
襖ふすまを開あけると三人にんは一緖しよに頭あたまを上あげて健次けんじを見みた。床とこの間まには大輪だいりんの白菊しらぎくを生いけてあり、鴨居かもゐには嵐あらしの跡あとの海波なみを寫うつした新あたらしい油繪あぶらゑを揭かゝげてゐる。少尉せうゐの軍服ぐんぷくを着つけた久保田くぼたの顏かほは赤銅色しやくどういろをして、まだ文明ぶんめいに疲つかれない太古たいこの活氣くわつきに漲みなぎつてゐる。箕浦みのうらの靑あをい寶石ほうせき入いりの襟留ピンは、その磨みがき立たてた白しろい顏かほ黑くろい眼まなこと相照あひてらして光ひかつてゐる。
「菅沼すがぬまさん暫しばらくですね、相變あひかはらず元氣げんきがいゝつてぢやありませんか」と久保田くぼたは快活くわいくわつに笑わらつた。
「どう致いたして、一寸ちよつと見渡みわたしたところ、元氣げんきは貴下あなた一人にんで專有せんいうしてるやうだ」と、健次けんじは久保田くぼたの側そばに坐すわつた。卓上たくじやうにはクユラソーの德利とくりが置おかれてゐる。
「さあやり玉たまへ、貴下あなたが來こなくちや、僕ぼくの相手あひてがない」と、久保田くぼたは杯さかづきを差さし、「今日けふは散々さん〴〵に君きみの噂うはさをしたんですよ、箕浦君みのうらくんと叔父をぢとでね、頻しきりに貴下あなたの攻擊こうげきを始はじめるから、僕ぼくが一人ひとりで辯護べんごしましたハツ〳〵〳〵」
「さうですか」と、健次けんじは杯さかづきを受うけて、箕浦みのうらの顏かほを見みた。箕浦みのうらは少すこし頰ほゝを赤あかめ、
「僕ぼくは攻擊こうげきしたんぢやないよ」と顏かほを外そらして、「久保田くぼたさん、今いまのお話はなしの續つゞきを聞きかせて下ください、非常ひじやうに面白おもしろい、貴下あなたの話振はなしぶりがお上手じやうずだから、僕ぼくには演習えんしふの模樣もやうが目めに浮うかぶやうです」
「いや、もう止よしませう、それより庭にはへ行いつて、娘子軍らうしぐんを襲おそはうぢやありませんか」と、久保田くぼたは立たちかゝつた。
「何なにを話はなしたんです、去年きよねんは貴下あなたの決闘けつたう奬勵談しやうれいだんを聞きかされたが、今年ことしはもっと痛快つうくわいな新問題しんもんだいがあるんですか」と、健次けんじが問とふ。
「なあに、僕ぼくが大演習だいえんしふに行いつたから、今いまもその話はなしをしたんです。しかし下くだらないさ、演習話えんしふばなしなんか。新聞しんぶんで見みてると面白おもしろさうだが、實際じつさい飯事まゝごと見みたいな者ものですからな、あんな事ことをやつたつて、實戰じつせんの役やくに立たちやしない、先まづ昔むかしのお鷹狩たかゞりのやうな者ものさ」
久保田くぼたは緣側えんがはを下おりて赤鼻緖あかはなをの草履ざうりを穿はき、健次けんじを指招さしまねいた。「さあ菅沼すがぬまさん被入いらつしやい、貴下あなたは我黨わがたうの士しだから」
「僕ぼくは少すこし休やすんでから行ゆきます」と、健次けんじは獨ひとりでキユラソーを三四杯ぱい傾かたむけた。博士はかせと箕浦みのうらとは哲學上てつがくじやうの問題もんだいを論ろんじ出だした。庭にはには花行燈はなあんどんが二つ三つ點とぼされ燈火あかりの側そばでは蓄音器ちくおんきで喇叭節らつぱぶしか何なにかゞ聞きこえ、草花くさばなの間あひだを黑くろい影かげが動うごいてゐる。さして廣ひろい庭にはでもないが、夜目よめには奧深おくふかく、一際きわすぐれた樅もみの木きは冴さえた空そらを摩ましてゐる。
「織田おだは來きてゐないか」と、四方はうを見廻みまはした揚句あげく、箕浦みのうらに問とうた。
「あゝ仕事しごとが忙いそがしいと云いつて、出でて來こない」
「彼かれの妹いもとは?」
「來きてるよ、君きみの妹いもとと一緒しよに」
「さうか」
蓄音器ちくおんきが止やむと、久保田くぼたの陽氣やうきな太ふとい聲こゑが庭には一杯ぱいに廣ひろがり、やがて小兒等せうにらの萬歲ばんざいの叫さけびと女共をんなどもの笑わらひ聲ごゑが聞きこえる。
「君きみ、彼處あすこへ行いかうぢやないか」と、健次けんじは箕浦みのうらの躊躇ちうちよするのを無理むりに手てを執とり、庭にはに連つれ出だした。博士はかせは食卓しよくたくに肱ひぢをついたまゝ、二人ふたりの後姿うしろすがたを見送みおくつてゐる。
箕浦みのうらは久保田くぼたが四五人にんの子供こどもを相手あひてに調練てうれんの眞似まねをしてるのを見みて、步あゆみを止とゞめ、「あんな騷さわぎの中なかへ行いつても面白おもしろくない、何處どこか外ほかを散步さんぽしやうぢやないか、君きみに話はなしたいこともある」
「さうか」と、健次けんじはどうでもいゝと云いつた風ふうで、箕浦みのうらの後うしろについて植込うゑこみに添そうて、人氣ひとけない方はうへ向むかつた。丈たけ長ながきコスモスが風かぜに搖ゆられて、淡あはく白しろい花瓣はなびらが肩かたに觸ふれる。箕浦みのうらはその一輪りんを手折たをつて、鼻はなで嗅かいで弄もてあそんだ。
「君きみも此家こゝへ來き出だしてから、もう五六年ねんになるね」と、健次けんじは突如だしぬけに聞きいた。
「うん、君きみが一番ばんの古參こさんで、織田おだと僕ぼくと、皆みんなよく來きたものだ」
「しかし君きみや織田おだはこの家うちに何なにか跡あとを殘のこしてるが、僕ぼくは物ものを壞こはした丈だけで、何なんにも貢献こうけんしてゐないね、この草花くさばなも大抵たいてい君きみが種たねを卸おろしたんぢやないか、客間きやくまの油繪あぶらゑだつて君きみが周旋しうせんして誰たれとかに書かかせたのだし、つまり君きみの盡力じんりよくでこの家うちもこの庭にはも大分だいぶ色艶いろつやがついたが、僕ぼくの見みた所ところぢや肝心かんじんの先生せんせい夫婦ふうふは大分だいぶ艶氣つやけがなくなつたね、君きみにやさう思おもはれんかい」
「だつて二人ふたりとも以前いぜんと異ちがはんぢやないか、今夜こんやは妻君さいくんもひどくめか﹅﹅して若々わか〳〵としてる」
「しかし幾いくら飾かざつてゝも、心こゝろの艶つやは失うせてる。僕ぼくにや二人ふたりが奇麗きれいなお墓はかの中うちに埋うづもつてるやうに見みえる、あれで妻君さいくんは獨ひとりで藻搔もがいてるが、とても拔ぬけ出でらりやしないよ、君きみなんかにも色いろんなことを云いふだらうが、つまり我々われ〳〵の若わかい息いきを嗅かいで、腹はらの蟲むしを慰なぐさめてるんだ」と、健次けんじは嘲あざけるやうに云いつた。
「馬鹿ばかな事ことを」と、箕浦みのうらは淋さびしく笑わらつて、「先生せんせいの家うちには何時いつ來きても穩おだやかな柔やはらかい空氣くうきが漂たゞよつてるぢやないか、僕ぼくはこんな平穩へいをんな生涯しやうがいを送おくりたいと思おもふ」
「千駄木だぎの哲人てつじんに對たいして、麹町かうじまちの哲人てつじんになるんか、まあそれもいゝが、君きみは此頃このごろは妻君さいくんに可愛かあいがられてゐないね、去年きよねんは箕浦みのうらさんでなくちや夜よも日ひも明あけなかつたけれど、もう厭あいてゐるらしい、寵愛てうあいが僕ぼくに移うつつてる」
「だが、妻君さいくんは我々われ〳〵の仲間なかまにや、誰たれに對たいしても親切しんせつだよ、先日こないだも織田おだのことを心配しんぱいしてたから、僕ぼくがよく話はなしをして置おいた」
「そりや妻君さいくんも暇ひまだから、人ひとの世話せわを燒やいてるが寵愛てうあいは別べつだね、目付めつきが違ちがふ、言葉ことばの味あぢが違ちがふ、一人ひとりで焦慮ぢれて一人ひとりでペスミスチツクになつてるから面白おもしろい、しかし君きみにや分わかるまい、一年間ねんかん寵兒てうぢであつた癖くせに」
「そりや君きみが主觀的しゆくわんてきに見みるからさう見みえるんだ、妻君さいくんは誰たれに對たいしても平等びやうどうで、何時いつも同おなじ調子てうしぢやないか」
「君きみにやさう見みえるんだね、ぢやそれでもいゝ」と、健次けんじは無愛相ぶあいさうに云いつて口くちを閉とぢた。蟲むしの音ねが遠とほく近ちかく聞きこえる。
「菅沼すがぬまさん〳〵」と、久保田くぼたの呼よぶ聲こゑがして、健次けんじは振向ふりむいたが、箕浦みのうらは首肯うつむいたまゝ草花くさばなの周圍まはりを步あゆみながら、
「實じつは過日こなひだから君きみに會あひたかつたのだ、僕ぼくの手紙てがみは見みて吳くれたらう」
「むん見みたよ、用ようは何なんだつたか、もう忘わすれてしまつたが」
「僕ぼくは近々ちか〴〵に慈善じぜん音樂會おんがくくわいを企くはだてゝるんだが、君きみも賛成さんせいして盡力じんりよくして吳くれ玉たまへな、先生せんせいも奧おくさんも助力じよりよくして吳くれる筈はずだが、君きみも助たすけて吳くれ玉たまへ」
「音樂會おんがくゝわいか、僕ぼくにや適任てきにんでないが、しかし君きみがやるなら助たすけてもいゝ」
「是非ぜひ賴たのむよ、尙なほ詳くはしいことは後あとで話はなすがね、僕ぼくはその會くわいで自分じぶんで新作しんさくを朗讀らうどくするつもりだ」と云いつて、箕浦みのうらは聲こゑが沈しづんでゐる。
「此頃このごろは頻しきりに朗讀らうどくが流行はやる」と、健次けんじは獨言ひとりごとのやうに云いつて「君きみは大論文だいろんぶんを書かいてるさうだが、まだ出來できないか」
「あゝ、も少すこしになつて完成くわんせいしない、それに此頃このごろはいろんな疑問ぎもんが湧わいて來きて、思想しさうが錯亂さくらんしていかん」
「何故なぜ」
「何故なぜつて、考かんがへりや考かんがへる程ほど、自分じぶんの立たてた理窟りくつが分わからなくなる、織田おだのやうな單純たんじゆんな人間にんげんは幸福しあはせだね」
「まあ幸しあはせでも不幸ふかうでもいゝさ、僕ぼくはもう腹はらが減へつて來きた、彼方あつちへ行いつて何なにか食くはうぢやないか、織田おだの妹いもとやマダムにも會あひたくなつた」と、健次けんじは植込うゑこみの中なかを橫切よこぎり、黃きいろい花はな、白しろい花はなを無慈悲むじひに肱ひぢで散ちらした。箕浦みのうらは相手あひての顏かほを見みて、低ひくい聲こゑでわざと平氣へいきに、
「君きみは結婚けつこんするのか」
「織田おだが頻しきりに運動うんどうしてる、どうなるかね」
「その方はうがいゝだらう、定きまりがついて」
「何なにが定きまりがつくもんか、それよりや君きみこそ早はやく妻君さいくんでも情婦いろでも拵こしらへ玉たまへな、僕ぼくにや女をんなて者ものあ肉にくの塊かたまりとしてあるから、口先くちさきや目めつきで慰藉ゐせきされたり愛あいを濺そゝがれたりする必要ひつえうはないが、君きみはさうはいかない。圓滿ゑんまん平穩へいをんなスヰートホームて奴やつを造つくらなくちや、君きみの全身ぜんしんが滿足まんぞくされまい、僕ぼくは君きみの作物さくぶつを讀よむ每ごとに、凡すべてが妻君さいくんを欲ほつする不安ふあんの聲こゑを發はつしてるやうに感かんずる。織田おだも君きみも僕ぼくも學校がくかう時代じだいに色いろんな夢ゆめを見みて、世よの中なかへ出でると、皆みな失望しつばうしたり、考かんがへも變かはつたが、君きみは終始しゆうし一貫くわんしてる、君きみの沈鬱症ちんうつしやうは戀人こひゞとの手てで電氣でんきを掛かけて貰もらひさへすれば直すぐ癒なほる。だから早はやくさうし玉たまへ、織田おだのやうに食くふに困こまるんぢやなし」
「君きみは故意こいに不眞面目ふまじめなことを云いふ。惡わるい癖くせだ」と、箕浦みのうらは少すこし顏かほを赤あからめ、「婦人ふじんに對たいしても、戀愛れんあいに關くわんしても、もつと眞面目まじめに深ふかい意味いみを見みなくちやならんよ」
「さうかねえ」と、健次けんじは冷ひやゝかに云いつて「併しかし僕ぼく自身じゝんがさう信しんずれば仕方しかたがない、人間にんげんは寄生蟲きせいちう、女をんなは肉にくの塊かたまり、昔むかしから聖人せいじんがさう云いつてる」
「まさかそんな聖人せいじんもあるまい、君きみは己おのれを欺あざむいて趣味しゆみや情熱じやうねつを蔑視べつししてるんだ」
と、空そらを仰あふいで、「見玉みたまへ、空そらは冴さえて、月つきも鮮あざやかに出でかゝつてる、蟲むしでも秋あきの氣きを感かんじて鳴ないてる」
「ふゝん」と健次けんじは嘲あざわらつたが「しかしね、僕等ぼくら寄生蟲きせいちうにも血ちが流ながれてるし腦なうが働はたらくから、餘計よけいなことを考かんがへていかん、僕ぼくの拳こぶしにも力ちからがある」と、秋風しうふうに長ながい髮かみを吹ふかせ、思おもひに沈しづんでる箕浦みのうらの手てを握にぎつて急いそいで步あゆんだ。
月つきは木この間まに洩もれて、新あたらしい光ひかりを緣側えんがはに投なげてゐる。今迄いままで庭にはで戯たはむれてゐた連中れんちうも大方おほかたは客間きやくまに集あつまり、二つの食卓しよくたくの上うへには鮨すしや柿かきや栗くりが盛上もりあげられてゐる。健次けんじは緣側えんがはに立たつて一座ざを見渡みわたした。片隅かたすみに妻君さいくんとお鶴つるとお千代ちよとが鼎形かなゑがたに坐すわり、鮨すしを貪むさぼりながら、何なにか話はなしては笑わらつてゐる。光ひかりを正面まともに受うけて、妻君さいくんの白しろい齒はと、紅くれなゐと碧みどりの二つの指環ゆびわのちら〳〵動うごくのが目めを惹ひいた。
「菅沼すがぬまさん、此處こゝへ來き玉たまへ、貴下あなたがゐなくちや駄目だめだ」と、久保田くぼたが呼よんだ。彼かれは顏かほを熟柿じゆくしのやうにして、胡坐あぐらを搔かき、その前まへには博士はかせが三四歲さいの男をとこの子こを抱かゝへて、獨ひとり笑壺ゑつぼに入いつてゐる。
久保田くぼたの聲こゑを聞きいて、妻君さいくんもお鶴つるも箸はしを置おいて健次けんじを見上みあげた。健次けんじは目禮もくれいして
「お鶴つるさんにも暫しばらくだね」と、柿かきの皮かはを入いれた盆ぼんを跨またいで、三人にんの側そばへ割込わりこむ、
「箕浦みのうら君きみ來玉きたまへ、便ついでに鮨すしでも抓つまんで來きて吳くれ」と、通路かよひぢを塞ふさがれて、ぐず〳〵してる箕浦みのうらを指招さしまねいた。
「兄にいさん、久保田くぼたさんが呼よんで被入いらつしやるぢやありませんか、彼處あすこへ被入いらつしやらなくちや惡わるいでせう」と、千代ちよは兄あにをこの平和へいわな群むれから追出おひださうとする。
「後あとで行いくから、お前まへは酒さけでも取とつて來きて吳くれ」
「彼處あちらで召上めしあがればいゝに」と、千代ちよは不承ふしやう々々〴〵に立たつて行いつた。
お鶴つるは片袖かたそでを抱いだくやうにして袴はかまの上うへに置おき、半なかばは口くちを開あいて、澄すました顏かほで正面しやうめんを見みてゐたが健次けんじが壓制的あつせいてきにその側そばへ箕浦みのうらを引据ひきすゑると、
「兄あにがよろしく」と會釋ゑしやくした。
「お鶴つるさんも今日けふは淑女しゆくぢよ然ぜんとしてるね、それより箕浦君みのうらくんに酌しやくをして、うんと飮のまして下ください、今日けふはこの人ひとも憂愁いうしうの雲くもに鎖とざされてるから」と、健次けんじは妹いもとの手てから銚子てうしを奪うばつて、お鶴つるの前まへに置おき、箕浦みのうらの手てに盃さかづきを持もたせ、
「さあ飮のみ玉たまへ、君きみのライフはこれで幸福しあはせになる、君きみの不安ふあんの念ねんも消きえてしまう」
「僕ぼくは飮のみたくない」と、箕浦みのうらは不快ふくわいな顏かほをして、盃さかづきを下したへ置おいた。
「飮のみたくなくても、僕ぼくが勸すゝめるんだから飮のんでもいゝだらう」
「菅沼すがぬまさんはほんとに壓制的あつせいてきね」と、妻君さいくんは眉まゆを顰ひそめて、口元くちもとで笑わらつた。
「ぢや仕方しかたがない、僕ぼくが飮のまう、さあ注ついで下ください」
お鶴つるは伸のび上あがつて、不格好ぶかくかうな手付てつきで二三度ど酌しやくをした。
「兄にいさん、あまり召上めしあがつちやいけなくつてよ、今夜こんやね、お父とつさんが話はなしたいことがあるから、早はやく連つれて歸かへつて吳くれつて、私わたし云いひつかつたのよ」と、千代ちよは兄あにの顏かほをのぞき込こんで小聲こゞゑで云いつた。
健次けんじはそれには答こたへず、盃さかづきに嚙かじりついてガブ呑のみを續つゞけてゐた。一座ざは皆みな食くつたり飮のんだりして腹はらを脹ふくらせ顏かほを赤あからめ、次第しだいに賑にぎやかになる。久保田くぼたの蠻音ばんおんはますます高たかく、女共をんなどもの笑聲わらひごゑを壓倒あつたうして響ひゞいてゐた。すると幹事役かんじやくの書生しよせいが閾しきひの外そとに立たち、羽織はおりの紐ひもをひねくつて餘興よきようの報告はうこくをした。
第だい一、菅沼すがぬま令孃れいじやうと織田おだ令孃れいじやうの英語えいご朗讀らうどく。來客らいきやくは座ざを改あらためて拍手はくしゆした。健次けんじはそれと見みるや直たゞちに小皿こざらに盛もつた鮨すしを持もつて、書生しよせい部屋べやへ逃にげ込こみ、肱枕ひぢまくらで橫よこになり、手掴てつかみで食くひながら、室しつを見廻みまはしてゐた。笠かさなしの小洋燈ランプの光ひかりが細ほそく照てらし、片隅かたすみには小ちいさい本箱ほんばこと赤毛布あかけつとでくるんだ夜具やぐがあるのみで、裝飾そうしよくは外ほかに何なんにもないが、只たゞ机つくゑの側そばの壁かべに新聞しんぶん附錄ふろくと思おもはれる美人びじんの石版摺せきばんずりが張はりつけられてある。朝夕あさゆふその持主もちぬしの無聊ぶれうを慰なぐさめてゐるのであらう。
健次けんじは酒氣しゆきを發はつして、うと〳〵してゐた。客間きやくまでは拍手はくしゆ相あひついで、尺しやく八の音ねが消きえるとピアノの音ねが聞きこえる。
「兄にいさん被入いらつしやい、もう歸かへるんですよ」と、千代ちよは戶とを開あけて聲こゑ高たかく呼よんだが、返事へんじがないので側そばへ寄よつて搖ゆり起おこした。それでも返事へんじがない。
「仕樣しやうがないね」と呟つぶやいて去さつた。後あとで健次けんじは目めをパツチリ開あけた。妹いもとの締切しめきらなかつた戶とがギイ〳〵と幽かすかな音おとを立たてゝ動うごいてゐる。久保田くぼたの詩吟しぎんとドダンバタンの音おとが流ながれ込こむ。
「オヽ騷々さう〴〵しい」と呟つぶやいて、妻君さいくんは手燭てしよくを以もつて二階かいから下おりて、何氣なにげなく書生しよせい部屋べやの戶口とぐちを覘のぞいて「あら菅沼すがぬまさん、此處こゝにゐるのですか、どうなすつて」
「又また千代ちよなんかの金切聲かなきりごゑを聞きかされちやならんと思おもつて逃にげて來きたんですが、寢ねると立たつのが面倒めんだう臭くさくつて」と、健次けんじは大儀たいぎさうに坐すわつた。
「隨分ずゐぶん無性ぶしやうだわね」と、妻君さいくんは手燭てしよくを吹ふき消けして廊下らうかへ置おいた。
「奧おくさん貴下あなたの演奏えんそうも濟すんだんですか」
「貴下あなた聞きかなかつたの」と、妻君さいくんは指先ゆびさきで柱はしらを叩たゝきながら、雪ゆきのやうな腕かひなを露あらはしてゐる。薄光うすひかりに土耳古とるこ模樣もやうの帶をびがぼんやり﹅﹅﹅﹅浮うかんでゐる。帶留をびとめの金具かなぐが光ひかつてゐる。何なんだつてあゝ何時いつまでも若わかいんだらうと健次けんじは思おもつた。
「さうですか、私わたしがうと〳〵﹅﹅﹅﹅してる間うちに、何なんだかいゝ音ねがしたと思おもつた、まだ皆みんなゐるんですか」
「子供こども連づれは歸かへつたけれど、貴下あなたの連中れんぢうは皆みなゐますよ、さあ被入いらつしやいな、これから面白おもしろい話はなしがあるんだから」
「先生せんせいや箕浦みのうらの話はなしも黴かびが生はへてるからな」と、健次けんじはひよろ〳〵と立上たちあがつた。緩ゆるんだ帶をびを不確ふたしかな手てで引締ひきしめ前まへを搔合かきあはせて、戶口とぐちを出でた。オヽデコロンの香にほひが鼻はなを突ついた。酒臭さけくさい息いきは妻君さいくんの顏かほを無遠慮ぶゑんりよに撫なでる。薄暗うすくらい廊下らうかを無言むげんで緩ゆるく步あるいた。
この夏なつピアノを洩もれ聞ききして心こゝろに妄想もうさうを描ゑがいた時ときが心こゝろに浮うかぶ。小說せうせつの話はなしに何なにか感かんじて妻君さいくんが「人間にんげんは獨身どくしんの間うちですよ」と云いつて、露氣つゆけのある目めを向むけたことを思おもひ出だす。お鶴つるや千代ちよの前まへですら、美びに誇ほこつてる樣子やうすが思おもひやられて傷々いた〳〵しくなる。と、直すぐ博士はかせの灰はいのやうな面おもてが目めにつく。
彼かれは自分じぶんが妻君さいくんの寵兒ていじである、自分じぶんは勝利者しやうりしやであると思おもつた。で、幼稚えうちな空想くうさう放縦はうじうな妄念もうねんが錯亂さくらんして湧わき上あがつた。
しかし廊下らうか傳つたひは僅わづかに一分間ぷんかん、火花ひばなの如ごとく消きえては浮うかぶ空想くうさうも僅わづかに一分間ぷんかんに過すぎなかつた。障子しやうじを開あけると、殘肴ざんこうを圍かこんで四人にんがばら〳〵に坐すわつてゐる。
「今日けふは何なんだか蒸暑むしあついのね」と、妻君さいくんはぽーつと紅あからんだ顏かほを顰しかめた。
「菅沼すがぬまさんは何處どこへ雲くもがくれしてたのです、皆みんな一つづゝ隱藝かくしげいを出だしたのだから、貴下あなたも一つやらなくちやならん、箕浦みのうらさんもバイヲリンを彈ひいたのですよ」と、久保田くぼたは健次けんじの手てを握にぎつて「否いやだと云いへばこの手てを放はなさない」と、笑わらひながら、グツと力ちからを入いれて握にぎり締しめた。
「ぢや何時いつまでも握にぎつて玉たまへ」
「さあお演やんなさい、謹聽きんちやうする」
「何なにをやります、貴下あなたの好すきな决闘けつたうですか」
「ハヽヽヽ决闘けつたうも面白おもしろいが、一つ都々どゞ一でも端唄はうたでも」
「唄うたへるの菅沼すがぬまさん、貴下あなたは何時いつも無藝むげいね」と、妻君さいくんは添口そへぐちした。
「何なに、唄うた位くらゐ唄うたへなくはない」と、健次けんじは自己流じこりうに「秋あきの夜よ」を胴間聲どうまごゑを張はり上あげて唄うたつて、巧うまくとも拙まづくとも何どうでもよいと云いふ風ふうだ。
「巧うまい感心かんしん々々〳〵〳〵」と、久保田くぼたは怒鳴どなつて兩手りやうてを亂打らんだし「さあ祝杯しゆくはいを献けんじよう………それから、一つ僕ぼくの愛國あいこくの唄うたを聞きかせます。謹聽きんちやうし玉たまへ」と、胸むねを突出つきだし、兩手りやうてを膝ひざに置おき、目めを細ほそくして土佐節とさぶしを唄うたつた。「死しねや死しね〳〵五十年ねんの命いのち、何なんの惜をしかろ國くにのため」と、强つよい響びゞきが締切しめきつた座敷ざしきの中なかに擴ひろがり、響ひゞきと共ともに、壁かべに映うつつた角張かくばつた肩かたが動搖どうえうする。
唄うたひ終をはると太ふとい息いきを吐ついて、「どうだ緖君しよくん甘うまいでせう、こんな小ちいさな部屋へやぢや調和てうわしないが、荒海あらうみの波なみの音おとを聞きいて唄うたふと、百萬まんの蒙古勢もうこぜいでも退治たいぢする氣きになる。つまり愛國あいこくの精神せいしんを唄うたつたのです、なあにヴアイオリンやピヤノは駄目だめだ」と怒鳴どなり、ぐつたり﹅﹅﹅﹅首くびを垂たれて、「我々われ〳〵靑年せいねんは太平洋たいへいやうの波なみの音おとを三味線みせんにして、この唄うたを唄うたはにやならん、それに不服ふふくな奴やつがありや、僕ぼくが相手あひてになつて决闘けつとうする」と云いつて、又また飛上とびあがるやうな聲こゑで笑わらひ、健次けんじに凭もたれかゝつて、
「貴下あなたは我黨わがとうの士しだ、國家こくかのために自愛じあいして吳くれ玉たまへ、僕ぼくは戰爭せんそうに行いつて死しぬるんです、國家こくかのために死しぬるんです、今いま二年ねん日露にちろ戰爭せんそうが遲おそかつたら、僕ぼくは遼東れうとうの野やに屍かばねを曝さらすのだつたが、無念むねんだ」と、叫さけんで、健次けんじの肩かたから辷すべり落おちると、そのまゝ逞たくましい握拳にぎりこぶしを投出なげだして、大だいの字じなりに寢ねて、正體しやうたいがなくなつた。
博士はかせは最初さいしよからあまり﹅﹅﹅口數くちかずを利きかず、只たゞ座中ざちうの話はなしを聞きいて微笑にこ々々〳〵してゐる。酒さけも二三杯ばいは付合つきあひに飮のんだが紅味あかみは何處どこにも見みえぬ。お鶴つると千代ちよとは遠慮ゑんりよして人形にんぎやうのやうに並ならんでゐる。箕浦みのうらは夢見ゆめみる如ごとくうつとり﹅﹅﹅﹅してゐる。一時じの騷さわぎが大嵐おほあらしの跡あとのやうに靜しづまり、只たゞ久保田くぼたの荒あらい鼻息はないきに名殘なごりを留とゞめてゐる。
暫しばらくは互たがひに打うち見守みまもつたのみで、誰たれも口くちを利きかぬ。疲勞ひらうの色いろが人々ひと〴〵の顏かほに現あらはれかけた。
「もう歸かへらうか」と、健次けんじは箕浦みのうらを見みて小ちひさい聲こゑで云いつた。
「あゝ、もう遲おそくなつたね」と、箕浦みのうらは金鎖きんぐさりの小ちひさい時計とけいを出だして見みた。
「まだ早はやいぢやありませんか」と、妻君さいくんは慌あわてゝ引留ひきとめて、お愛相あいさうに茶ちやを注ついで廻まはつた。健次けんじは立たちかけて又また坐すわつた。外ほかの連中れんちうも容易よういに立たちさうでない。で、お鶴つると千代ちよとが久保田くぼたの寢姿ねすがたを見みて、何なにやら耳語さゝやいてる間あひだ、健次けんじは膝ひざを崩くづして煙草たばこを吸すひながら、妻君さいくんの顏かほを見詰みつめた、妻君さいくんは淋さびしく笑わらつた。健次けんじは何なにか云いはんとしたが、口くちも心こゝろも疲つかれてしまつたのか、そのまゝ口くちを噤つぐんだ。
一座ざはそれ〴〵に異ことなつたことを思おもつて、化石くわせきのやうに坐すわつてゐる。健次けんじは張詰はりつめた氣きが弛ゆるんで誰たれかに縋すがりついて、自分じぶんの本音ほんねを吐ふいて泣ないて見みたくなつた。「世界せかいに取殘とりのこされた淋さびしい人ひとが一人ひとりある」と、自分じぶんが賴たよりなく厭いやになると、妻君さいくんの顏かほも同おなじ思おもひを現あらはしてるやうに見みえる。で、無意識むいしきに殘のこりの酒さけを飮のんで目めを轉てんずると、煙草たばこの煙けむに卷まかれた鴨居かもゐの額がくの海波なみが朧おぼろげに凄すごい色いろを見みせ、床とこの間まには菊きくの花片はなびらが何時いつの間まにか散ちつてゐて、燈火ともしびの薄うすい光ひかりに漂たゞようてゐる。戶外そとは暫しばらくは寂しんとしてゐる。
「どうした、大變たいへん靜しづかだね」と、博士はかせは沈默ちんもくを破やぶつて、力ちからのない目めを見張みはつた。
人々ひと〴〵の異ちがつた思おもひもぱつと消きえて、互たがひに目めと目めで歸かへりを促うながし、一同どうに挨拶あいさつして座敷ざしきを出でた。健次けんじも後あとから續ついて行いつた。妻君さいくんと博士はかせとは玄關げんくわんに立たつて、若わかい男女だんぢよの影かげを見送みおくつてゐた。
戶外そとへ出でると、健次けんじは四辻よつゝじに立留たちどまり、箕浦みのうらに向むかつて、
「君きみはこれから歸かへるんか、何時なんじだらう」
「もう九時じだよ、歸かへらなくちや仕方しかたがないぢやないか」
「しかし僕ぼくあ物足ものたらん、このまゝ歸かへつちや寢ねられりやしない」
「ぢや何處どこへ行く」
「兎とに角かく君きみはお鶴つるさんを送おくつて行いくんだから此處こゝで分わかれよう」
「そうか」と、箕浦みのうらは千代ちよに目禮もくれいし、「ぢや菅沼君すがぬまくん近日きんじつ訪問はうもんするよ」と云いつて、お鶴つると並ならんで曲角まがりかどを曲まがつた。
健次けんじは箕浦みのうらを忘わすれお鶴つるを忘わすれ久保田くぼたを忘わすれ、桂田かつらだ夫妻ふさいがあの騷さわぎの後あとで悄然しよんぼり差向さしむかひでゐる樣さまをのみくつきり﹅﹅﹅﹅思おもひ浮うかべ、夢ゆめのやうに薄暗うすぐらく彼かの家うちを遮さへぎつてる立樹たちぎを顧かへりみてゐると、
「いいお月夜つきよね」と、千代ちよは空そらを仰あふいで詠歎えいたんの聲こゑを發はつして、「兄にいさん何なにを考かんがへて?」
「おれは最少もすこし散步さんぽして歸かへるから、お前まへは先さきに歸かへれ」
「だつてお父とつさんは兄にいさんを待まつて被入いらつしやるんですよ、早はやく歸かへらにやいけないわ」
「今日けふに限かぎつて親爺おやぢは何なんの用ようがあるんだらう、病氣びやうきでも惡わるいんか」と、健次けんじは今朝けさも朝寢あさねをして父ちゝの病床びやうせうを見舞みまはずして、社しやへ行いつたことを思おもひ出だした。この二三日にちは父ちゝと染々しみ〴〵話はなしたことはない。
「別べつに惡わるくもないの、今日けふはお晝ひるから起おきてる位くらゐですもの」
「さうか、ぢやおれに何なんの用ようがあるか、お前まへ知しらないか」
「何なんですか、よく知しらないわ、…………だけど、今日けふお隣となりの緖岡もろをかさんがお見舞みまひに被入いらつしやるとお父とつさんは何なんだか心細こゝろぼそいことを話はなしてたやうだわ、兄にいさんのことも云いつて」
「おれのことを?」
「えゝ、……お父とつさんは一生しやう苦勞くらうしたばかりで、ちつとも取得とりえのない人間にんげんで終をはるんだけど、兄にいさんを立派りつぱに育そだて上あげたのが大事業だいじげふだと云いつてね、自分じぶんは今いま死しんでも殘のこり惜をしくはない、魂たましひは子供こどもの頭あたまに傳つたはつてる、健次けんじは男をとこらしい大おほきな考かんがへを持もつてるから何時いつかはえらい﹅﹅﹅學者がくしやとか政治家せいぢかとかになると云いつてたわ、」
「諸岡もろをかの隱居ゐんきよにそんなことを話はなしたのか、親爺おやじの十八番ばんだ、話はなしの種たねが盡つきるとおれのことを持出もちだす、聞きく奴やつも聞きく奴やつだね」
「でも平生ふだんとは話振はなしぶりが異ちがつて、何なんだか憐あはれつぽさうだから、私わたし可笑をかしかつたわ、それでね、諸岡もろをかさんがお突合つきあひに兄にいさんを褒ほめるとさも悅うれしさうだつたわ、病氣びやうきになつてからは、馬うまの話はなしは立消たちぎえになつて、私逹わたしたちにまで、どうかすると、兄にいさんの話はなしばかりしたがるんだから變へんだわ」と云いつて、間あひだを置おいて小聲こゞゑで、「あんな風ふうだとお父とつさんももう老耄おひぼれちやつたのね、今夜こんやあたり屹度きつと兄にいさんに遺言ゆゐごんでもするんだわ」と云いつて無邪氣むじやきに笑わらつた。
千代ちよは止切とぎれ〴〵に家庭うちの話はなしをしかけて、「兄にいさんどうなさるの」「兄にいさんが何なんとか今いまの中うちに極きまりをつけなくちや」と、此頃このごろに珍めづらしく大人おとなびた口くちを利きいたが、健次けんじは只たゞ厭いやな氣きがして、あまり相手あひてにしなかつた。
(十四)
それから二三日にちして、父ちゝは寢床とこを離はなれ、綿入わたいれの重かさね着ぎに襟卷ゑりまきで身みを固かため、トボ〳〵と出勤しゆつきんするやうになつたが、家うちの者ものにも目めにつく程ほど窶やつれて、以前いぜんの元氣げんきは急きふに失うせたやうだ。そして每晚まいばん健次けんじの歸かへるまでは目めを合あはさず、絕たえず氣きに掛かけて待まつてる樣やうになり、たま〳〵顏かほを見みると、十年ねんも別わかれた子こにでも會あつたかのやうに、一分間ぷんかんでも長ながく側そばに置おきたがり、何なにとか話はなしをしかける。それが我子わがこの氣分きぶんを害そこねぬやうに如何いかにも遠慮勝ゑんりよがちの態度たいどである。健次けんじには父ちゝの心根こゝろねがよく見みえ透すき、自分じぶんが家うちにゐなければ心元こゝろもとながつてゐることを知しつてゐるが、それが却かへつて不快ふくわいで溜たまらず、大抵たいていは外はづしてしまう。
次つぎの日曜にちえうには朝餐あさめしが濟すむと、父ちゝは健次けんじの意いを迎むかへてか、彼かれが雜誌ざつしに書かいた「社會しやくわいと文學ぶんがく」と題だいする間まに合あはせの平凡へいぼんな議論ぎろんに對たいし、馬鹿ばか褒ほめをした上うへ、自說じせつをも吐はきかけたので、健次けんじは苦笑くせうした。「人ひとに褒ほめられたくて書かくやうな頓間とんまな眞似まねをするものか、幇間たいこもちぢやあるまいし」と、自分じぶんが詮方せんかたなく爲してることが、何なんだか他人たにんから褒ほめて貰もらひたさに勤つとめてると思おもはれるのが不愉快ふゆくわいだ。自分じぶんは名譽めいよの接待せつたいに與あづかりたくはない。
で、彼かれは父ちゝの前まへをそこ〳〵に逃にげ出だした。足あしは行場所ゆきばしよに迷まよつて、遂つひに麹町かうじまちに向むかふ。織田おだの住すんでる町まちまで來きて、訪とはうか訪とふまいかと躊躇ちうちよしてゐると、前まへの三階がい建だての二階かいの窓まどには、色いろの黑くろい耳みゝに輪わを嵌はめた女をんなと、靑あをい腹掛はらかけをした辮髮べんぱつの男をとことが頭あたまを並ならべて、聲高こわだかに分わからぬ言葉ことばで饒舌しやべつてゐる。路次ろじを隔へだてゝ隣となりの洋服店やうふくてんから、脊せいの高たかい色いろの白しろい毛皮けがはをぐる〳〵卷まきつけた西洋せいやう婦人ふじんが犬いぬを連つれて出でて來きた。二人ふたりの支那人しなじんはそれを見みては面白おもしろさうに笑わらつた。その邊へんに散ちらばつてた子供こども等らは婦人ふじんの前まへに集あつまつた。婦人ふじんは口笛くちぶゑを吹ふいたり、何なにか早口はやくちに云いつて、犬いぬを綾あやしてゐたが、やがて店みせから肥滿ひまんの男をとこが出でて來くると、一緖しよに勇いさましく去さつた。支那人しなじんも引込ひきこんでしまう。健次けんじは無心むしんに見みてゐたが、町まちが元もとのやうに淋さびしくつて、埃ほこりを含ふくんだ風かぜが顏かほに吹ふきつけると、身震みぶるひして路次ろじを入はいつた。すると向むかうから織田おだが大おほきな身體からだを縮ちゞめて、例れいの壞手ふところででノソリ〳〵やつて來きて、
「大層たいそう寒さむさうな顏かほをしてるね」と、微笑にこ々々〳〵顏かほで云いふ。
「何處どこへ行ゆくんだい」
「一寸ちよつと買物かひものに、今いま箕浦みのうらが來きてるから御馳走ごちさうしようと思おもつて…………君きみもいゝとこへ來きた、まあ上あがつてゐ玉たまへ、直すぐ歸かへつて來くる」
健次けんじは何時いつものやうに緣側えんがはから上あがつた。座敷ざしきの眞中まんなかに箕浦みのうらが坐すわつてゐて、瀬戶物せとものの火鉢ひばちには藁灰わらばいの中なかに、どつさり﹅﹅﹅﹅火ひが盛もつてある。この前まへ來きた時ときよりも部屋へやの樣子やうすが明あかるさうだ、織田おだの母はゝが茶ちやを持もつて來きて、手短てみぢかに挨拶あいさつをして引込ひきこんだきり、妻君さいくんの顏かほも見みえねば病父びやうふの聲こゑもしない。
「靜しづかだね」と、健次けんじは平生ふだんよりは低ひくい聲こゑをして、「君きみは此頃このごろ此家こゝへよく來くるさうだね、織田おだと話はなしが合あふかい」と、箕浦みのうらの向むかうに腰こしを据すゑて、そのテカ〳〵光ひかつてる顏かほを見みた。
「いや、滅多めつたに來こんのだが、今日けふは織田おだが端書はがきで僕ぼくを呼よびつけたのだ」
「さうか、織田おだが君きみに會あひたがるのは不思議ふしぎだね、何なんの用事ようじだらう」
「別べつに用事ようじていふ程ほどでもない」と、箕浦みのうらは澄すましてゐる。
「織田おだも多少たせう得意とくいになつてるだらう」
「どうだか、餘程よほど忙いそがしそうだよ」
「しかし今日けふは御馳走ごちそうするちうんだから珍めづらしい、」
「そうだ」と、箕浦みのうらの返事へんじの空々そら〴〵しいのが目めにつく。
同おなじく交際かうさいの深ふかい友人いうじんであれど、健次けんじは織田おだに對たいすると、常つねに弱者じやくしやを庇かばうと云いふやうな態度たいどを執とり、箕浦みのうらに對たいすると、何なんとなく壓おさえつけるやうな態度たいどを執とつてゐる。そして箕浦みのうらは彼かれの態度たいどを左程さほど厭いやがりもせず、寧むしろ自みづから一步ぽ讓ゆづつて滿足まんぞくしてゐる。自分じぶんの意見いけんの批評ひゝやうも先まづ彼かれに求もとめ、いろ〳〵の感想かんさうもその前まへで吐露とろする。しかし今日けふは多おほく語かたらぬ。何なんとなく隔へだてを置おいて、何時いつものやうに詩的してきの話はなしもせねば、人生觀じんせいくわん染じみたことも云いはぬ。
健次けんじも奧おくの病人びやうにんに憚はゞかつて、元氣げんきのいゝ口くちも利きかず、暫しばらく默だまつてゐた。去年きよねんのまゝで薄黑うすくろくなつてる蚊帳かやの釣手つりてが、隙間すきま洩もる風かぜに緩ゆるく動うごいてゐる。箕浦みのうらの呼吸こきふの音おともよく聞きこえる。で、互たがひに睨にらみ合あつてると、次第しだひに緣えんもない他人たにん臭くさい色いろが相手あひての顏かほに讀よめる。
「此奴こいつどうかしてるわい」と、健次けんじは冷笑れいしやうを洩もらして、皮肉ひにくの一つも云いつてやらうかと思おもふてると、溝板どぶいたに重おもい足音あしおとがして、やがて織田おだは歸かへつて來きた。
「馬鹿ばかに畏かしこまつてるね、どうしたい」と、大人おとな振ぶつた音聲こわねで云いつて、目尻めじりを下さげてジロ〴〵二人ふたりの顏かほを見みた。織田おだはこの前まへとは打うつて變かはり、心こゝろに餘裕よゆうが出來できたのか、後うしろに病人びやうにんのゐるのも忘わすれてるやうだ。平生ふだんなら箕浦みのうらが喋舌しやべるのを默聽もくちやうするのだが、今日けふは自分じぶんから話題わだいを持出もちだして氣㷔きえんも吐はく。
「だが、仕事しごとは勤つとまるかい」と、健次けんじは話はなし半なかばに聞きくと、
「勤つとまるとも、それに彼店あすこの主人しゆじんが僕ぼくの家うちの事情じゞやうを聞きいて、同情どうじやうして吳くれてるしね」と、ます〳〵得意とくいで、仕事しごとの話はなしまで持出もちだして、「僕ぼくももう四五年ねんしたら、基礎きそが堅かたくなるよ、目算もくさんもちやんと立たつてる」
「生意氣なまいきな口くちを利ききやがる」と、健次けんじは腹はらで思おもつた。
妻君さいくんは大おほきな腹はらをして、靑あをい顔かほに髮かみの毛けを亂みだしたまゝ、刺身さしみに麥酒びーるを運はこんで來きた。健次けんじはこの寒さむいのにと思おもつたが、一二杯はい煽あふつて、低ひくい聲こゑで、
「君きみ、お鶴つるさんはゐないか」
「あゝ朝あさからゐない」
「妹いもとでもゐないと、君きみの家うちは萎しなびてるね、」
「なあに、今いまに僕ぼくの後繼者こうけいしやが生うまれるから、大おほひに光彩くわうさいを放はなつさ、……君きみも早はやく後繼者こうけいしやを作つくり玉たまへ、空論くうろんを吐はかないで、」
「四五日會あはん間まに大層たいそう先輩せんぱいになつたね、箕浦みのうら君きみも敎訓けうくんを聞ききに來くるんかね、この人ひとに」
「まあ、さうだ」と、箕浦みのうらは麥酒びーるで濡ぬれた手てをハンケチで拭ぬぐひながら、「君きみと話はなすこともあるんだが」と言淀いひよどんだ。
「何なにを、音樂おんがく會くわいの事ことか、」
「いや、それ計ばかりぢやない」
「ぢや話はなし玉たまへ」
「まあゆつくり﹅﹅﹅﹅でもいゝ」
「茲こゝでいゝぢやないか」
「歸かへり途みちに話はなさう」
「因循ゐんじゆんだね」と、健次けんじはもう微醉ほろゑひに目めを染そめて、思おもはず聲こゑの高たかくなるに氣きづいて一寸ちよつと後うしろを顧かへりみ、「僕ぼくはもう直すぐに歸かへるんだから、今いま話はなし玉たまへ、どうせ君きみはお鶴つるさんの歸かへるまでゐるんだらうから」と小聲こごゑで云いつて笑わらつた。
箕浦みのうらは「そんなこと」と云いつたばかりで默だまつてしまつた。織田おだは無神經むしんけいな顏かほで絕たえず微笑びしやうしてゐたが、「今日けふは僕ぼくが話はなしがあつて來きて貰もらつたんだ」
「例れいの事ことでかい」
「うん」
「でどう極きまつた、君きみの重荷おもにはどうなつた」
「君きみは僕ぼくの說せつを用もちゐんから仕方しかたがないさ、僕ぼくも考かんがへ直なほさなくちや」
「さうか、君きみも何時いつの間まにか、箕浦みのうら君くんと意氣いき投合とうがふするやうになつたんだね」
と云いつたが、健次けんじは腹はらの中なかで、「織田おだの奴やつ、とうとう箕浦みのうらに妹いもとでも賣付うりつけるんだらう」と思おもふと、不思議ふしぎに氣きがむしやくしやして、麥酒びーるを二三杯ばいグイ呑のみにして、急きふに立上たちあがり「さあ歸かへらう」と、二人ふたりが引留ひきとめる間まもなく緣側えんがはを下おりた。
「氣きまぐれな男をとこだなあ、何なにを考かんがへ出だしたのだらう」と、織田おだは壞手ふところでのまゝ暫しばらく閾しきゐの上うへに立たつてゐた。
健次けんじの足あしは行場所ゆきばしよに迷まよつた末すゑ、遂つひに千駄木だぎへ向むかつた。