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何處へ

五月幟

Reading edition

(一)

「穗浪ほなみ村むらは人家じんか三百戶こ」と、小學せうがくの敎師けうしは二十年ねんも前まへから兒童じどうに敎をしへてゐる。この三百戶この八九分ぶは漁業ぎよげふか農業のうげふ、或あるひは漁農ぎよのう兼帯けんたいで生活くらしを立たてゝゐるが、百八十番地ばんちの「瀨戶せと吉松きちまつ」の一家かは、母はゝは巫女みこ、息子むすこは畵工ぐわこう。村むらに不似合ふにあひな最もつとも風變ふうがはりの仕事しごとをしてゐる。で、海うみが荒あれて不漁ふれうが續つゞいたり、暴風雨ぼうふうゝや蟲害ちうがいで麥むぎや稻いねの充實みのりが惡わるいと商人しやうにんも大工だいくも石屋いしやも疊屋たゝみやも、或あるひは僧侶そうりよ神主かんぬし、皆みなその影響えいけうを受うけるのだが、殊ことに吉松きちまつ一家かは酷ひどい。

しかし今歲ことしは漁れうがよかつた。鯛たいも捕とれた、鰆さはらも捕とれた、漁夫れうしは沖おきで釣つつた魚うをを賣うつて、岡山をかやまや牛窓うしまどから縮緬ちりめんの兵兒帶へこおび、疊付たゝみつきの下駄げた、洋銀やうぎんの簪かんざしやら派手はでな手拭てぬぐひやら、土產物みやげものをどつさり﹅﹅﹅﹅買込かひこみ、尙なほ魚籠どうまるには兩手りやうてで掬すくい切きれぬ程ほどの銀貨ぎんくわや銅貨どうくわを殘のこして歸かへつて來きた。明後日あさつては舊歷きうれき五月ぐわつの節句せつくであれば、遠海えんかいへ出稼でかせぎに行いつてる舟ふねも、よく〳〵不漁ふれうでない限かぎりは、久振ひさしぶりに陸くがの鹽辛しほからくない飯めしを食くひに歸かへり、濱邊はまべには珍めづらしく百艘そう近ちかくの小舟こぶね親船おやぶねが並ならんでゐる。そして吉松きちまつは諸方しよはうから幟のぼりの揮毫きがうを賴たのまれて、近年きんねんに無なく多忙たばうである。

彼かれは日限にちげんに迫せまられ、五六日にち戶外そとへ出でず、夜よるも行燈あんどんの側そばで書かいてゐたが、いよ々々今いま一ひとつで描かき終をはれるのだ。圖題づだいは鎧姿よろひすがたの淸正きよまさで、略々ほぼ形かたちだけ出來でき上あがつてゐる。彼かれは禿筆ちびふでの先さきで淸正きよまさの髯ひげを細こまかく描かきながら、疲つかれた肩かたを左ひだりの手てで揉もんだり、墨すみの染しみた下唇したくちびるを噛かんで、細ほそ長ながい布ぬのを見上みあげ見下みおろしてゐる。一筆ふで每ごとに凛々りゝしい姿すがたの浮うき上あがるのを見みるにつけて、もつと奇麗きれいな繪具ゑのぐが欲ほしくてならぬ。あの草摺くさずりもその臑當すねあても他ほかの色いろで彩いろどつて見みたい。何時いつぞや大福寺だいふくじで蟲干むしぼしのあつた時とき、佛樣ほとけさまの繪ゑを二三幅ぷく見みせて貰もらつたが、どれも懷なつかしい繪具ゑのぐを用もちひてあつて、見みてゐて何なんといふ事ことなしにいゝ氣持きもちがして、その前まへを離はなれたくなかつた。あんな繪具ゑのぐは何なんで拵こしらへるのか知しらんが、自分じぶんも一年ねんに一度どでも、立派りつぱな繪具ゑのぐで絹地きぬぢへ書かいて見みたいな。

彼かれの左右さいうには墨すみを溶とかした飯めし茶碗ぢやわんと、小ちいさい朱硯しゆすゞりと、臙脂べこと藍あひを兩緣りやうふちに塗ぬつた小皿こざらがあるばかり。筆ふでも小學せうがく生徒せいとの手習てならひ用ようの一本ぽん二錢せんか三錢せんのを毛けが擦すり切きれるまで使つかつてゐる。で、道具だうぐには不平ふへいを抱いだいてゐるが、好すきな仕事しごとではあり、第だい一金かねが取とれるのだから、自然しぜんに勵はげみもついて、身體からだの怠だるいのも我慢がまんして、筆ふでを運はこばせた。家いへは二室ふたまだが、只たゞ閾しきゐで區切くぎつてあるのみで襖ふすまも障子しやうじもない。上等じやうとうの室まには床板ゆかいたの上うへに薄緣うすべりを敷しき詰つめ、次つぎの室まには座蒲團ざぶとん代がはりに一枚まいの蓆むしろを敷しいてある。繪布ゑぬのの裾すそは蓆むしろの室まへ挾出はみだされ巫女みこ婆ばあさんの膝ひざに觸ふれてゐる。婆ばあさんは片袖かたそでをまくり上あげ、肥ふとつた腕かひなを露あらはして臼うすを挽ひいてゐる。居眠ゐねむりをし通どほして、朝あさから掛かゝつてゝ、まだ一升しやう足たらずの粉こなが挽ひけ切きらぬ。

「吉きちよ、汝われやまだ書かいてしまはんか」

と、婆ばあさんは附木つけぎで粉こなを搔寄かきよせては張籠はりかごに移うつしてゐる。

「も少すこしで書かいて仕舞しまわあ、お母かあはまだ挽ひいて仕舞しまはんのか」

「お母かあも、もう一握ひとにぎりでえゝんぢやがの、汝われお腹なかが減へつたら、お晝飯ひるにしやうか、太陽樣こんにちさまもそろ〳〵隣となりの牛小屋うしごやへ當あたりだした」

「さうかな、もう正午おひる過すぎか、そないになるたあ思おもはなんだ」

「どりやお茶ちやでも沸わかさう」

と、婆ばあさんは片手かたてで膝ひざを壓おさへ、「うんとしよ」と伸のび上あがり、凸凹でこぼこの多おほい庭にはへ下おりて、柴しばを一攫ひとつかみを壓折へしをつて茶釜ちやがまの下したへ投なげ込こみ、附木つけぎで火ひを點つけた。黑烟くろけむりが渦うづを卷まいて繪布ゑぬのの上うへを這はひ、低ひくい軒下のきしたへ流ながれ出でる。吉松きちまつは靑あをい顏かほを顰しかめ、勢いきほひのない咳せきを出だした。目めを細ほそくして戶外そとを見みた。門口かどぐちには五月雨つゆの用意よういに柴しばや木片こつぱを堆高うづたかく積つんである。空そらは見みえぬが、日ひは鮮あざやかに石いしころ道みちを照てらし、帽子ぼうし代がはりに頰冠ほゝかぶりして肥桶こえたご擔になつた男をとこが、腰こしを振ふつて通とほつてゐる。二三人にん首くびを抱だき合あひ、得意氣とくいげに卷煙草まきたばこを吹ふき、ゲラゲラ笑わらつて村むらの若わかい衆しゆが練ねつて行ゆく。「吉きちマよ」「チビ松まつ」と聲こゑを掛かけて行ゆく者ものもある。尻しり端折はしをり藁わら草履ざうりを穿はいた水汲みづくみ女をんなが小ちいさい桶をけを荷になつて二人ふたり三人にん續つゞいて通とほつた。井戶水ゐどみづは鹽氣しほけがあり、山蔭やまかげの泉いづみのみが一村そんの飮料水いんれうすゐとなるので、盆ぼんと節句せつくには泉いづみが乾かれると云いふが、急きふに家族かぞくの殖ふえた此頃このごろ、女房かみさんや娘むすめは水汲みづくみが一日にちの大役たいやくなのだ。

吉松きちまつはその水汲みづくみの一人ひとりの後姿うしろすがたを見みて、お竹たけぢやないかと思おもつた。顏かほをも見みせず、すた〳〵と行いつてしまつたが、その眞紅しんくの襷たすき、脹ふくらかな白しろい脛はぎ、どうも彼女あれらしい。で、彼かれは少すこし伸のび上あがつてにつたり﹅﹅﹅﹅笑わらつた。これを書かいてしまつたら彼女あれに遇あへる。磯いその屋やでは節句せつくを當あて込こんで、岡山をかやまからうん﹅﹅と小間物こまものを仕入しいれて來きたそうだから、彼女あれに簪かんざしでも櫛くしでも買かつてやる。目顏めかほで呼よび出だして泉いづみの側そばの藪やぶへ行ゆくのだ。

二三年前ねんまへから目星めぼしをつけてたお竹たけと、睦むつまじい言葉ことばを交かはすやうになつたのは去年きよねんの秋あき。忘わすれもしない、彼女あれが藪下やぶしもの川かはで洗濯せんたくをしてゐた。澄すんだ水みづがちよろ〳〵と草くさの中なかから流ながれて來くる。お竹たけは絞しぼりの手拭てぬぐひを姉樣ねえさん被かぶりにし、幅はゞの廣ひろい滑なめらかな石いしの上うへに少すこし屈かゞんで立たち、足あしの甲かふまで水みづに浸ひたし、兩足りやうあしで調子てうしよく汚よごれ物ものを踏ふんでゐた。周圍まわりに人ひとの聲こゑもしない。只たゞ烏からすが寺てらの屋根やねに鳴ないてゐるばかり。その時とき此處こゝを繪ゑに書かきたいと思おもつた。その姿すがたもその顏かほも、この村むらにや比くらべる女をんなはありやしない。それで「私わしの女房にようぼになるか」と云いふと、首くびを橫よこに振ふらなかつた。あんな別嬪べつぴんが私わしの女房にようぼになるんだぞ、村むらの小若連こわかれんの集會よりあひに行ゆくと、吉きちの野郞やらうは二十歲はたちになつて、まだ衒妻げんさい一人ひとりよう拵こさへぬ、意氣地いくぢなし奴めといつて、皆みんなして冷ひやかしやがるが、どうだ羨うらやましからう。

彼かれはうつとり﹅﹅﹅﹅考かんがへ込こみ、やがて又またにやり﹅﹅﹅と薄氣味うすきみ惡わるく笑わらつて筆ふでを執とつた。で、漸やうやく書かき終をはつた頃ころ、茶釜ちやがまがジン〳〵音おとを立たてる。

「吉きち、お茶ちやが沸わいたでえ」と、婆ばあさんは棚たなから膳ぜんと飯櫃めしびつを卸おろしてゐる。

「お母かあ、初野はつのはまだ戾もどらんかな」と、吉松きちまつは痺しびれた足あしを撫なで〴〵膳ぜんの前まへへ坐すわつた。米よね一分ぶの黑々くろ〴〵とした麥飯むぎめしを茶碗ちやわんに山盛やまもりにし、茶柄杓ちやびしやくで茶ちやを打ぶつかける。

「彼女あれは今朝けさ飛出とびだしたきり、まだ戾もどつて來こん、柏餅かしはもちを早はやう拵こせへて吳くれいとせがん﹅﹅﹅どいて、今いままで何處どこを步あるいとるんだらう」

「又また皆みんなに冷ひやかされとるんぢやないか、あの阿房あほうに困こまるなあ、早はやう死腐しにくされやえゝのに」

「汝われや何なにをいふ、阿房あほうでも狂人きちがひでも、汝われの眞實ほんまの妹いもとぢやないか」と、婆ばあさんは鐵漿おはぐろの斑まばらな齒はで、漬菜つけなをばり〴〵噛かみながら、金壺かなつぼ眼まなこで吉松きちまつを睨にらんだ。

「そがい﹅﹅﹅云いふても、初野はつのが居をりやがるんで、物入ものいりが多おほうなつて仕樣しやうがない」と、吉松きちまつは慳貪けんどんに云いつた、「それになあお母かあ、彼女あれが居をると、私わしや嫁よめが取とれんぞな、家うちは狹せまいし、初野はつのは大飯おほめしを食くらうから」

「そがい﹅﹅﹅な事こと心配しんぱいせえでもえゝ、汝われや苦勞性くらうしやうぢやから、何なんだれ彼かんだれ案あんじてばかり居をるけいど、入いらんこつちやがな、嫁よめを取とりたけりや、何時いつでも好すきな女子をなごを連つれて來こいよ、お母かあと初野はつのはこの蓆むしろの上うへへでも寢ねりやえゝ、それに彼女あれを連つれて御祈禱ごきとうに廻まわりや、袋ふくろに一杯ぱいや二杯はいのお米こめは、何處どこからでも貰もらうて來こられる、汝われ一人ひとりの世話せわにやならんがな」

「貰もらう者ものは何なんぼ貰もらうてもえゝけど、乞食こじき見みたいな事ことをして下くだんすな、村むらの者ものは私わしの父とつちやんは狂人きちがひで、お母かあは乞食こぢき、妹いもとは阿房あほうぢやと云いふて笑わらうとるがな」

「笑わらうたて構かまうもんか、澤山たんとお甘いしい者ものを食たべさへすりや、汝われ、云いふ事ことあないでないか」

「お母かあはようても、私わしやつらい﹅﹅﹅がな」

婆ばあさんは吉松きちまつの憐あはれつぽい小言こゞとを聞ききながら、緩々ゆる〳〵食事しよくじを終をはると、汚よごれた茶碗や小皿こざらを隅すみの方はうへ押おしのけ、坐すわつたまゝ臼うすの側そばへにじり﹅﹅﹅寄より、口くちの内うちで眠ねむそうな引臼ひきうす唄うたを唄うたひ、又また粉こなを磨すり出だした。

吉松きちまつは布ぬのの乾かはくのを待まつて、それを白木綿しろもめんの大風呂敷おほぶろしきにくるんで外そとへ出でた。空そらには白しろい雲くもが漂たゞよひ、柔やさしい風かぜが沖おきから吹ふいて來くる。海邊うみべ近ちかく太ふとい松まつに圍かこまれた住吉すみよし神社ゞんじやでは太皷たいこの音おとがして、子供こどもの喜よろこび騷さわぐ聲こゑがする。この前まへお詣まゐりした時ときは、神社じんじやの扉とびらは鎖とざされ、埃ほこりの積つんだ階段かいだんに子守こもりが二三人にん腰掛こしかけてるばかり。境内けいだいは寂寥ひつそりとしてゐたが、今日けふは馬鹿ばかに賑にぎややかだ。今夜こんや神前しんぜんで大漁たいれう祝いはひの集合よりあひがあるさうだが、宮みやを中心ちうしんにして、通とほる路々みち〳〵何處どこを見みても景氣けいき付づいてゐる。そして吉松きちまつも生々いき〳〵した空氣くうきに胸むねの鼓動こどうし、譯わけもなく悅うれしくなつて、大急おほいそぎに步あるき出だした。

(二)

彼かれは小學校せうがくかうも二年ねんで止やめた。繪畫くわいぐわの敎育けういくなど更さらに受うけたことがない。しかし何時いつの間まにか獨ひとりで工夫くふうして書かき出だした。少ちいさい時ときから棒切ぼうつきれで地上ちじやうに描かいたり、消墨けしずみで板いたに描かいたりした。草紙さうしへも碌ろくに手習てならひはせず、虎とらや人形にんぎやうを書かいてゐた。十三歲さいの初夏しよか、大酒おほざけ呑のみの父ちゝが、麥刈むぎかり最中さいちうに發狂はつきやうしてから、詮方せんかたなく自分じぶんも日雇稼ひやうかせぎをして、一家かの活計くらしを助たすけたが、チビ松まつと綽名あだなを付つけられる位くらゐ、身體からだが小ちいさくて弱よわいため、人並ひとなみの仕事しごとは出來できず、一日にち鍬くわを持もつと關節ふし〴〵が挫くぢけるやうであつた。と云いつて一日にち惰なまければ、一日にち食くはずにゐねばならぬ。狹せまい田舎ゐなかだから、力業ちからわざをしなければ外ほかに糊口くちすぎの道みちもない。泣ないても叫さけんでも一生しやう野良のら仕事しごとをして、鍬くわと心中しんぢうする覺悟かくごを定きめねばならなかつた。所ところが或ある正月しやうぐわつ豐年ほうねん祝いはひとして、若わかい衆しうが勸進元くわんじんもとで村むら芝居しばゐを催もよほすことゝなり、寄よつて集たかつて衣裳いしやうや小道具こだうぐを借かり集あつめ、出だし物ものも千本櫻せんぼんざくらに阿波鳴門あはのなるとと定きまつたが、困こまるのは書割かきわりだ。無なくても濟すむが、凝こり性しやうの連中れんぢうは、夫それ迄まで大趣向だいしゆこうを廻めぐらし、どえらい﹅﹅﹅﹅物ものを拵こしらへて播州ばんしうあたりの本職ほんしよくの役者やくしやをも驚おどろかしてやらうと云いひ出だした。で、村中むらぢうで繪心ゑごゝろのある者ものを捜さがして、間まに合あはせに描かかすことゝなり、評定ひやうでうの結果けつくわ吉松きちまつが命めいを受うけた。古老こらうの指圖さしづで、木綿もめんの白布しろぬのや、數枚すうまい繼合つぎあはせた繪畫くわいぐわ用紙ようしに、鳥居とりゐに玉垣たまがき、椎しいの木きなどを描かいた。それが思おもひの外ほかの出來でき榮ばえなので、急きふに彼かれの畫才ぐわさいが一村そんの漁夫れうふや百姓しやうに認みとめられ、次第しだいに隣村りんそんにも知しられるやうになつた。この界隈かいわいの五月ぐわつ幟のぼり、漁夫れうしの崇あがめる惠比壽ゑびす大黑だいこくの掛物かけものは皆みな彼かれの筆ふでを煩わづらはすのである。

* * * * * *

彼かれは依賴者いらいしやにかの布繪ぬのゑを渡わたして、五六十錢せんのお禮れいを貰もらひ、それから磯傳いそづたひに二三軒げん未納者みなうしやを訪たづねたが、何いづれも氣持きもちよく拂はらつて吳くれる。

「吉きちヤ汝われや每歲まいとし繪ゑが上手じやうずになるぜ」「今歲ことしの淸正きよまさはどえらい﹅﹅﹅﹅元氣げんきがえゝ、厄病神やくびやうがみも逃にげてしまう」と、行ゆく先々さき〴〵で褒ほめて吳くれる。で、吉松きちまつは袂たもとの中なかに錢ぜにの音おとをさせ、大得意だいとくいで心こゝろは急せいても、わざとゆつくり﹅﹅﹅﹅步あるいて、お竹たけを捜さがしに行ゆきかけた。日ひは山やまの端は近ちかくなり、潮しほも退ひきかけ、半なかば海うみへ突出つきでた駄菓子屋だぐわしやの支柱つゝかいぼうは、濡ぬれたまゝ根本ねもとを露あらはしてゐる。店前みせさきには多數たすうの若わか漁夫れうしが陣取ぢんどり、粟あわおこし﹅﹅﹅やら大福餅だいふくもちやら、てんでに攫つかんでは食くひ、大聲おほごゑで笑わらつたり叫さけんだりしてゐる。彼等かれらの話題わだいに上のぼる者ものは、大抵たいていは喧嘩けんくわか女をんな、或あるひは賭博ばくち、しかも四邊あたりかまはず露骨ろこつな言葉ことばで持切もちきりだ。たま〳〵澁皮しぶかはの剝むけた若わかい女をんなでも通とほれば、戯ふざけた口くちを利きいて、大勢おほぜいでどつと囃はやし立たてるは愚おろか、惡わるくすると道みち邪魔じやまをして罪つみな諧戯からかひを始はじめることもある。又また中なかには諧戯からかはれたがつて、自分じぶんで押おしかけ、簪かんざし位ぐらゐ奢おごらせてやらうと云いふ女をんなもある。漁夫れうしの休日きうじつにはこの駄菓子屋だぐわしやが倶樂部くらぶになつて、時ときには賭博宿ばくちやども兼かねるのだ。

吉松きちまつは何氣なにげなくこの店先みせさきを通とほりかゝり、ふと氣きが付ついて見みると、意地いぢの惡わるい奴等やつらが揃そろつてゐる。牙齒きばの龜かめもゐる、備前びぜん德利とくりの米よねもゐる。ダニの虎とら、猪首ゐくびの鶴つる、村むらを騷さわがす連中れんぢうが皆みな久振ひさしぶりで歸かへつてゐる。惡わるい所ところへ來合きあはせた。あれ等らに掛かゝり合あつちや碌ろくな事ことはないと、知しらん顏かほで行過ゆきすぎやうとすると、鶴つるが素早すばやく見みつけて「吉公きちこうぢやないか、まあ寄よれいよ」と呼留よびとめた。吉松きちまつは仕方しかたなしに振向ふりむいて、「今日けふ用ようが殘のこつとるから遊あすんぢや居をれん」と、一寸ちよつとお世辭せじ笑わらひをして行ゆかうとしたが、「まあそないに云はずに寄よれと云いうたら寄よれいよ」と云いふと共ともに、龜かめは駈かけ出でて、兩手りやうてを開ひらいて道みちを防ふさいだ。

「今日けふは堪こらへて吳くれ」と吉松きちまつは情なさけない聲こゑで云いつて、くゞり拔ぬけやうとしたが、龜かめは肩かたを攫つかまへて離はなさない。

「さうら逃にげるなら逃にげて見みい、鳴門なるとの海うみを漕こぎ切きつた腕うでぢや」

吉松きちまつは鷹たかに攫つかまつた小雀こすゞめ、爭あらそふも無駄むだだから、そのまゝ小ちいさくなつて店みせへ引摺ひきずり込こまれた。袂たもとの銀貨ぎんくわがヂヤラ〳〵音おとを立たてる。

「汝われも澤山たんと錢ぜにを持もつてけつかるな」と、龜かめは吉松きちまつの袂たもとを握にぎつて重味おもみを量はかり、牙齒きばを剝むき出だして笑わらふ。

「汝われに聞きくことがあるから、まあ坐すわれい」と、年長としかさの虎とらは後退あとずさりして席せきを空あけて、吉松きちまつを坐すわらせ、「吉公きちこうは何時いつ見みても白瓜しろうりのやうな顏かほしとる、何處どこか工合ぐあひが惡わるいんか、大事だいじにせえよ、汝われが煩わづらうと、家うちの者ものあ乞食こじきせねや饑かつえ死じにぢや」と柔やさしく云いつたが、吉松きちまつは厭いやな氣きがした。自分じぶんが死しねば母はゝと妹いもととは乞食こぢきをするのは分わかつてゐる。それに母はゝは乞食こぢきを恥はぢとするやうな人ひとぢやない。で、彼かれは魔まがさしたやうに自分じぶんの死後しごを思おもつて、鬱ふさぎ込こんで默だまつてゐると、米よねは鼻はなに皺しわを寄よせてヒツ〳〵と笑わら《わら》つて、

「思案しあん投首なげくびで何なにをしとる、衒妻げんさいの事ことでも考かんがへとるか、汝われやお竹たけと夫婦めをと約束やくそくしたちうぢやないか、」

「さうぢや〳〵、誰たれやらがそんな噂うはさをしとつた」

「汝われも中々なか〳〵惡わるさをするのう、私等わしらが一寸ちよつと漁れうに出でて村むらに居をらん間まに、こつそり女子をなごを拵こしらへるたあ、汝われもえらいぞ、祝いはひに酒さけでも奢おごらんか、その袂たもとの錢ぜにで」

と、皆みんなで面白おもしろさうに色いろんな事ことを云いつて、冷ひやかしては笑わらひ、笑わらつては冷ひやかす、吉松きちまつは我知われしらず袂たもとを握にぎり締しめ、

「虛言うそぢや〳〵、そがいな事ことがあるもんか」と、狼狽あはてゝ云いつて、顏かほを少すこし赤あかくした。

「隱かくさんでもえゝわ、ぢやけど汝われもお竹たけだけは諦あきらめい、あの女子をなごはな、ちやんと主ぬしが定きまつとるんぢやぞ」と、虎とらは毛脛けずねを出だして胡座あぐらを搔かき、澄すました顏かほで煙草たばこを吸すつてゐる。

吉松きちまつは一座ざを見廻みまわして、最後さいごに目めを丸まるくして、虎とらの顏かほを見詰みつめた。

「お竹たけにやちやんと主ぬしがある」と、虎とらは繰返くりかへして、「汝われやまだ知しるまいが、彼女あれは源兄げんあにの者ものに定きまつとるんぢや、源兄げんあにが去年きょねん土佐とさへ行ゆく時とき、お竹たけは己おらが嫁よめにする、五月ぐわつの節句せつくに歸かへるまで、彼女あれに手てでも觸さはつて見みい、承知しやうちせんぞと、私等わしらに云いひ付つけたんぢや、汝われも氣きを付つけい、うつかり﹅﹅﹅﹅してお竹たけの惚氣のろけでもぬかす﹅﹅﹅と源兄げんあにに首くびつ玉たまあ捻ねぢ切きられるぞ。」

その様子やうすが萬更まんざら戯言じやうだんでもなささうなので、吉松きちまつは眞靑まつさをになつて震ふるえた。頭あたまを奇麗きれいに刈込かりこんだ新客しんきやくが入はいつて來きて、漁れうの話はなしを仕掛しかけ、虎とらの仲間なかまは最早もはや吉松きちまつを相手あひてにしなくなつた。鶴つるは何時いつの間まにか大だいの字じに寢ねて鼾いびきをかいてゐる。

吉松きちまつはこそ〳〵と外そとへ出でた。もう二月ふたつきも手入ていれをせぬ髮かみは小ちいさい耳朶みゝたぼを蔽おほひ隱かくし、細こまかい棒縞ぼうじまの單衣ひとへは華はなやかな夕陽ゆふひに照てりつけられ、繪具ゑのぐの名殘なごりが黑くろく靑あをく光ひかつてゐる。虎とらの威嚇おどし文句もんくがまだ耳元みゝもとで鳴なつてるやうで、彼かれの魂たましひはくら〳〵して身みに添そはぬ。源げんと云いへば駐在所ちうざいしよの巡査じゆんさも恐おそれて手出てだしをせぬ程ほどの暴あばれ者もの。腕力うでぢからが强つよくて三人前にんまへの仕事しごともする代かはり、癇かんに觸さはると、出刃でば庖丁ぼうちやうを振ふり翳かざすのが評判ひやうばんの癖くせだ。十五六で魚賣さかなうりをしてる時分じぶんから、魚源うをげん命知いのちしらずと、饅頭笠まんぢうがさに書かいて隣村となりむらへも名なの通とほつてる男をとこだ。虎とらでも龜かめでも源げんにや道みちを避よけて諂言おべつかの一ひとつも云いふ。彼かれに見込みこまれちや、厄病神やくびやうがみに取付とつゝかれたやうなもの。何なんだつて私わしやお竹たけなんか思おもつたことか。

彼かれは源げんが下駄げたで旅商人たびあきんどを滅多打めつたうちにしたこと。大酒おほざけ飮のんで素裸すつぱだかで村長そんちやうの家うちへ怒鳴どなり込こんだことなど思おもひ出だしてぞつ﹅﹅とした。お竹たけを呼出よびだす計畵もくろみなんか頭あたまの中なかから消きえてしまひ、只たゞ源げんの顏かほばかり目めに浮うかぶ。何故なぜ源げんの船ふねが土佐沖とさおきで沈沒ちんぼつしなかつたんだらう。何故なぜ鳴戶なるとの渦うづに捲まき込こまれなかつたのだらう。何故なぜ私わしを庇かばつて吳くれた人ひとのいゝ芝居しばゐ好ずきの作藏さくざう爺ぢいが早はやく死しんで、源げんのやうな奴やつは虎烈剌これらにも罹かゝらぬのだらう。

吉松きちまつは神社じんじやの方はうへ向むかつて石いしころ道みちを辿たどつた。道みちの左右さいうには貝殻かいがらの塚つかが所々ところ〴〵に築きづかれ、真紅しんくの石榴ざくろの花はなが白壁しらかべの側そばに咲さいてる。彼かれは夢心地ゆめごゝちでそれを見みてゐたが、太皷たいこの音おとや鈴すゞの音おとがます〳〵賑にぎやかに聞きこえる。子供こども等らは祭まつりででもあるやうに、群むれをなして玉垣たまがきの前まへを飛とんだり跳はねたりしてゐる。

「兄ああよ」と、突如だしぬけに聲こゑがした。

驚おどろいて見みると、初野はつのは眞向まむかひに立たつてキヨロ〳〵してゐる。鹽しほたれた單衣ひとへを赤あかい扱帶しごきで締しめ、埃ほこりに染そめる白茶しらちやけた髮かみを藁わらで茶筅ちやせんのやうに結むすび、顏かほから首くびへかけて垢あかで塗ぬられてゐる。

「兄ああよ、お前まへ時ときさんに會あはなんだか」と、尙なほ前後ぜんごを見廻みまはす。

「會あふもんか、汝われももう家うちへ戾もどれ、お母かあが柏餅かしはもちを拵こしらへて待まつとるから」と、吉松きちまつが手てを執とると、

「柏餅かしはもちか」と云いつて笑わらつたが、又また身みを藻搔もがいて手てを振放ふりはなし、

「そいでも、時ときさんが私わしを捜さがしとると、皆みんなが云いふから、あの人ひとに會あはにやならんもの」と呟つぶやいて、鳥居とりゐの前まへをウロ〳〵してゐる。以前さつきから玉垣たまがきに寄よりかゝり初野はつのを調戯からかつて喜よろこんでた連中れんぢうは、此方こちらを見みて「初野はつのさん〳〵、時ときさんはお地藏様ぢざうさまへ行いつた」と囃はやし立たてゝ、どつ﹅﹅と笑わらつた。

「本當ほんたうにお地藏樣ぢざうさまへ行いつたのかな」と勢いきほひのない聲こゑで云いつて、初野はつのは西にしの方はうへフラフラ步あるいて行ゆく。

吉松きちまつは情なさけなくなつて淚なみだを浮うかべた。この瞬間しゆんかん恐おそろしい源げんの事ことを忘わすれ、只たゞ白痴ばかの妹いもとが年中ねんぢう村むらの子供こどもの玩具おもちやになるのを恥はづかしく思おもつた。そして悄然しよんぼり家うちへ歸かへると、母はゝは膳ぜんを出だしたまゝ、板いたの間まへ眠ねむつてゐて、頭あたまの側そばには一ひとつ二ふたつの蚊かが幽かすかな音おとを立たてゝ飛とんでゐる。

(三)

吉松きちまつは酒さけも飮のまぬ。唄うたも唄うたへぬ。漁師れうし仲間なかまとは性しやうが合あはぬから、平生ふだん仲なかのよい友逹ともだちは少すくない。今夜こんやの集合よりあひにも誘さそひに來くる者ものもなく、又またとても行ゆく氣きにもなれぬ。で、早はやく晚食ばんしよくを濟すませ、神棚かみだなの燈明皿とうみやうざらに燈火あかりをつけ、上あがり框かまちに腰こしを掛かけて沈しづんでゐた。昨夜ゆうべは幟のぼりに忙いそがしくて何なんとなく悅うれしかつたが、今夜こんやからは繪ゑの仕事しごともなくなつた。平生ふだんなら夜業よなべに草鞋わらじを造つくるのだが、今夜こんやは肩かたが怠だるくて氣分きぶんが欝ふさいで槌つちを持もてさうでもない。婆ばあさんは行燈あんどんも點火とぼさず、燈明とうみやうの光ひかりで絲いとを紡つむいでゐる。數町すうちやうを隔へだてた宮みやでは太皷たいこの音おとがます〳〵賑にぎやかに聞きこえる。

「吉きちよ、汝われや錢ぜにを何處どこへ置おいたか」と、母はゝに問とはれて、吉松きちまつは振返ふりかへり。

「其處そこの戶棚とだなに入はいつとらあ」と云いつて、薄光うすあかりに緖卷をまきの絲いとのブル〳〵震ふるふのを見みてゐる。

「何なんぼ溜たまつたか」

「今月けふは三圓ゑんばかし貰もらうて來きた。まだ三軒げん殘のこつとらあ」

「そがい﹅﹅﹅に吳くれたかい、そいぢやえゝお節句せつくが出來できるなあ、お母かあも明日あしたはお高姊たかねえの宅うちへお祈禱はらひに賴たのまれとるから、又また錢ぜにになるし、麥むぎの二俵ひやうや三俵びやうは庭にはへ積つめるわい、汝われも嫁よめを娶とるなら今いまが丁度ちやうどえゝ機會しほぢや、誰だれでも好すきな女子をなごがありや連つれて來こい」

「私わしや嫁よめを娶とらんでもえゝ、一生しやう獨ひとりで暮くらすんぢや」

「そいでも、今朝けさは嫁よめを娶とりたいと云いふたぢやないか、芳よしでも鶴つるでも梅うめでも皆みんな嫁よめがあるんじやもの、汝われも欲ほしからうがな」

婆ばあさんの聲こゑは欠伸あくびまぜりで、次第しだいに絲車いとぐるまも間斷勝とだえがちになる。吉松きちまつは時折ときをり話はなしかけられても碌ろくに答こたへぬ。で、暫しばらく母子おやこ脊合せなかあはせで默だまつてゐると、何時いつの間まにか初野はつのが勝手口かつてぐちからノロ〳〵入はいつて來きた。白痴ばかの中うちでも陽氣やうきに騷さはぐ方はうではなし、口數くちかずは少すくなく戶外そとへ出でるにも歸かへるにも、大抵たいていは忍しのび足あしで、家うちの者ものにも氣きづかぬ位くらゐだ。兩方りやうはうの袖口そでくちを持もつて、しよんぼり﹅﹅﹅﹅﹅庭にはに突立つゝたつたまゝ左右さいうを見廻みまわし、

「お母かあ、家うちは暗くらいなあ、兄ああよ、お宮みやは賑にぎやかぢやぞ」と、低ひくい聲こゑで云いつて、草履ざうりを引摺ひきずつて又また戶外そとへ出でかけた。

「初はつは朝あさから御飯ごはんも食たべいで、何なにをしとるんなら、もう何處どこへも行いかいで、早はやうお夕飯ゆふはんを食たべなよ」

と、婆ばあさんは猫撫聲ねこなでごゑで云いつたが、初野はつのは「そいでも家うちは淋さびしいもの」と、何處どこへか行いつてしまつた。

「また皆みんなに嬲なぶられたいんか」と、婆ばあさんは獨言ひとりごとのやうに云いつたが、最早もはや娘むすめを氣きにも掛かけず、絲車いとぐるまを離はなれもせぬ。

吉松きちまつも今宵こよひは住すみ馴なれた家いへを、際立きはだつて暗くらく感かんじた。室うへに這はひ上あがつて行燈あんどんをつけ、燈心とうしんをかき立たてたが、隅々すみ〴〵は尙なほ暗くらい。天氣てんきが變かはつたのか東風こちが吹ふき出だし、ソヨ〳〵と裏口うらぐちから入はいつて來くる。枇杷びわの木きも騷さわぎ出だした。宮みやの太鼓たいこの音おとは止やんだが、ワイワイ叫さけぶ聲こゑは一層そう盛さかんに聞きこえる。彼かれは耳みゝを傾かたむけてゐたが、やがて不意ふいに起上おきあがつて、聲こゑする方はうへ向むかつた。三日月みかづきは既すでに沈しづんで、天てん遠とほく星ほしが力ちから弱よわく光ひかつてゐる。

彼かれは小暗こぐらき道みちを通とほつて、玉垣たまがきの側そばに彳たゝずんだ。鳥居とりゐの根本ねもとは出入でいりの提灯ちやうちんの光ひかりに照てらされ、松葉まつばに蔽おほはれた敷石しきいしが明あかるくなり暗くらくなつてゐる。醉漢よひどれの聲こゑが遠とほくなり近ちかくなる。神社やしろの扉とびらは廣ひろく開ひらいて、神前しんぜんには大おほきな蠟燭らうそくの光ひかりが燿かゞやき、左右さいうには數すう十の漁夫れうしが居並ゐならび、中なかには片肌かたはだを脫ぬいでる者もの、胸毛むなげを露あらはしてる者もの。怒鳴どなつては呑のみ、呑のんでは怒鳴どなり、言葉ことばの綾あやも分わからず、只たゞ騷さわがしい蠻音ばんおんが一ひとつになつて、酒さけの香にほひと共ともに神かみの境内けいだいに漲みなぎつてゐる。神社やしろの周圍まわりには小兒こどもが群むらがり戯たはむれてゐる。常つねの夜よは漣さゞなみの音おとと松風まつかぜばかり。丑うし三みつには呪咀のろいの女をんなが白裝束しろしやうぞくで蠟燭らうそくを頭かしらに戴いたゞき、呪文じゆもんを誦じゆして松まつの幹みきに、胸むねの恨うらみを籠こめた五寸すん釘くぎを打うつと、母はゝから聞きいてゐるが、その淋さびしい淨地じやうちは、一村そんの勸樂くわんらくの巷ちまたとなつてゐる。

吉松きちまつはその聲こゑを聞ききその香かを嗅かぎ、熊くまの如ごとき腕かいなをまくつた人々ひと〴〵の勇いさましい姿すがたを垣間見かいまみてゐた。しかし團樂まどゐに飛込とびこみもしない。

「兄あゝよ」と後うしろから突如だしぬけに聲こゑがした。顧かへりみると初野はつのは依然いぜん兩方りやうはうの袖口そでくちを持もつて、無心むしんに身體からだを搖ゆすぶつてゐる。

「兄あゝはお宮みやの中なかへ行ゆかんのか」と、兄あにの顏かほを不思議ふしぎさうに見みた。

「汝われやまだ此處こゝに居をるんか、皆みんなに嬲なぶられん間まに、早はやう家うちへ戾もどれ、お母かあが待まつとる」と、吉松きちまつは常つねになく柔やさしく云いつて、妹いもとの袖そでを捕とらへやうとすると、初野はつのは身みを翻ひるがへして松まつの蔭かげに逃にげた。

濃こい雲くもが東ひがしの山やまから吐はき出だされて、空そらへ廣ひろがつてゐる。

「明日あしたは雨あめか」と、チヨン髷まげの老漁夫らうぎよふがいぢかり﹅﹅﹅﹅股またで石段いしだんを下おりた。

飮のみ盡つくした空德利からどくりを提さげた千鳥足ちどりあしが鳥居とりゐの左右さいうへ散ちつてゐる。先立さきだつたのと遲おくれたのと互たがひに呼よんでは答こたへ、「畜生ちくしやうめ」「馬鹿ばか野郞やらう」の聲こゑが姦かしましく闇やみから闇やみに傳つたはる。吉松きちまつは彼等かれらが今宵こよひ至いたる所ところに賭博とばくに耽ふけり、女をんなに弄たはむれる樣さまを想像さう〴〵して、羨うらやましく嫉ねたましく感かんじた。

大勢おほぜいの後あとから、手拭てぬぐひを首くびに結むすんだ一群ひとむれが、社内しやないを出でて、お百度ど石いしを取圍とりかこみ、何なにか小聲こごゑで話はなし合あつてゐる。虎とらもゐる。龜かめもゐる。頻しきりに首肯うなづいてゐるのは源げんらしい。と思おもふと、吉松きちまつは空想くうさうの消きえて急きふに恐氣おぢけがつき、玉垣たまがきの蔭かげに小ちいさくなつた。そして彼等かれらが鳥居とりゐを潜くゞるのを待まち、靜しづかに歸かへりかけた。

星ほしは殘のこりなく隱かくれた。沖おきには常つねに見みる漁火いさりびの一ひとつもなく、舟唄ふなうたも聞きこえず、暗くらい波なみは黑くろい雲くもと接せつして、只たゞ風かぜにもまれた滿汐みちしほの音おとが高たかい。

「兄あゝよ、沖おきにや海坊主うみばうずが居をるんぢやなあ」と初野はつのは闇やみの中なかから聲こゑを掛かけた。吉松きちまつは默だまつて妹いもとの手てを執とつて家うちへ歸かへつた。母はゝの影かげは障子しやうじに薄うすく映うつつてゐる。絲車いとぐるまの音おとも聞きこえる。

(四)

翌日よくじつは雨あめ。風かぜも少すこし加くははつた。婆ばあさんは鈴すゞを持もつて、お高たか姊あねえの家うちへ生靈いきりやう退治たいぢに出でかけた。初野はつのは柏餅かしはもちを腹はら一杯ぱい詰込つめこみ、津蟹づがにの鋏はさみを絲いとで縛しばつて弄もてあそんでゐたが、やがて厭あいたのか、傘からかさも差ささずに、雨あめを犯おかして當度あてどなく出でて行いつた。吉松きちまつは只たゞ腹匐はらばひになつて戶外そとを眺ながめる。

びしよ﹅﹅﹅濡ぬれの水汲みづくみ女をんなが昨日きのふと同おなじく、跡切とぎれ〴〵に通かよつてゐる。醉よつて銅鑼どら聲ごゑで唄うたつて通とほる者ものも多おほい。竹たけの皮鼻緒かははなをの足駄あしだを引ひきずり德利とくりを提さげた子供こどもが俯首うつむいて錢ぜにを讀よみ〳〵通とほつた。番傘ばんがさを擔かついで萌黃もえぎの重箱ぢうばこ包づゝみを柄えの先さきにぶら﹅﹅下さげた小娘こむすめが粽ちまきを嚙かぢりながら通とほつた。どれもどれも見馴みなれた顏かほだ。

彼かれは目めでは戶外そとを見みながら、心こゝろでは昨日きのふの出來でき事ごとを思おもひ浮うかべた。他鄉たきやうを知しらず書しよも讀よまぬ彼かれには、夢ゆめにも現うつゝにも一村そんの事件じけんが凡すべての智識ちしきであり想像さうぞうであるのだ。で、今日けふも彼かれの貧あはれな智識ちしきの卷まきを繰廣くりひろげて見みたが、その全世界ぜんせかいには源げんもゐる、龜かめもゐる。彼等かれらは繪本ゑほんで見みた綱つなや金時きんときのやうな腕うでを持もつて、一村そんに跋扈ばつこしてゐる。彼等かれらが生いける限かぎりこの村むらは泰平たいへいではない。私わしのやうな痩腕やせうでで叶かなうものか。

彼かれは又またお竹たけのことを思おもひ出だした。その機織はたおり姿すがたや田植たうえ姿すがたが印象いんしやうの强つよい頭あたまにあり〳〵と浮うかび、兼かねてのひそ〳〵﹅﹅﹅﹅話ばなしも、今いま聞きく如ごとく感かんぜられたが、ふと源げんの事ことに思おもひ及およぶと、樂たのしい夢ゆめは一時じに消きえてしまひ、果はたしてお竹たけが源げんを思おもつてるのか、虎とらの吿口つげぐちが眞まことであるか戯言じやうだんであるか、靜しづかに考かんがへる暇いとまがない。只たゞ彼かれを打うたんとして源げんが拳こぶしを握にぎつてる姿すがたが見みえて、自然しぜんに目めを瞑つむつた。

雨あめは急きふに强つよくなり、戶外そとは一層そう暗くらくなつた。板いたの間まには藁屋根わらやねから雫しづくが垂たれる。隣となりの牛うしが大儀たいぎさうに吼ほえる。知しらぬ間まにお竹たけが綛かすりの前垂まへだれを頭かしらに戴いたゞいて軒下のきしたに立たつてゐた。

「吉きちさん、傘かさを貸かしてお吳くれんか」

吉松きちまつは幻影まぼろしでも現あらはれたやうにギヨツ﹅﹅﹅として、目めを丸まるくした。

「私わしんとこに傘かさがあるもんか」と、態わざと橫よこを向むいた。

「家うちにや誰だれも居をらんかな」

「むん」

と、微かすかに云いつたのみで、吉松きちまつは薄緣うすべりに顏かほをすり付つけてゐる。

「吉きちさん、先日こないだの話はなしはどないするんかな、考かんがへちや居をらんのかな」と、お竹たけは小聲こごゑで云いふ。吉松きちまつは默だまつてゐる。

「ちつとは小降こぶりになつた」と、お竹たけは空そらを仰あふいで、「なあ吉きちさん、お節句せつくが濟すんだら船ふねが出でるから來きてお吳くれな」と甘あまえて云いつて、前垂まへだれを被かぶつたまゝ尻端折しりはしおつて駈かけ出だした。

吉松きちまつは頭かしらを持上もちあげて、夢ゆめ見みたやうにその後うしろを見送みおくり、姿すがたが見みえなくなると又また寢ねそべつた。何故なぜもつと話はなさなかつたらう、問とはなかつたらうと後悔こうくわいした。「舟ふねが出でたら會あはう」、節句せつくが濟すめばお竹たけの父ちゝも沖おきへ出でて、彼女あれの身みも暇ひまになる。源げんも龜かめも海うみへ行ゆく。さうなればお竹たけの心こゝろも確たしかめられる。と思おもふと一縷るの希望きぼうが浮うかばぬでもない。明日あす明後日あさつて明後々日しあさつてと、彼かれは指ゆびを折をつて、「八日やうかには腕うでの强つよい血ちを恐おそれん奴やつは、島しまの向むかう浪なみの荒あらい沖おきへ出でてしまう」と、にやり﹅﹅﹅と笑わらつた。

しかし子供こどもの時分じぶんから胸むねに刻きざみ込こんだ不安心ふあんしんは、今いまも消きえ失うせず、ちよろ〳〵舌したを出だす。彼かれには村むらが恐こわいのだ。盂蘭盆うらぼんとか氏神祭うじがみまつりとか、四季き折々をり〳〵の賑にぎはひには、屹度きつと下駄げたが飛とび鉈なたが飛とび、血塗ちまみれ騷さわぎの起おこるに定きまつたこの殺伐さつばつな村むらが恐こわい。何なんだつて皆みんなが仲なかよく面白おもしろく暮くらさんのだらう。せめて命知いのちいらずの源げんが死しんだなら、此この村むらも少すこしは穩おだやかになるかも知しれぬ。喧嘩けんくわの數かずも少すくなくならう。龜かめや米よねも源げんに唆そゝのかされて付元氣つけゞんきで暴あばれ廻まわるんだから、親分おやぶんの源げんがゐなければ、あんなに無理むり非道ひだうな人困ひとこまらせをせんに極きまつてゐる。

「村むらの爲ため自身じゝんの爲ため、源げんが死しんだら〳〵」と、二十分ぷんも三十分ぷんもそればかり考かんがへた。驟雨ゆうだち模樣もやうのドシヤ降ぶりが通とほると、密雲みつうんが薄うすらいで戶外そとは稍々やゝ明あかるくなつた。初野はつのの弄もてあそんでゐた津蟹づがには泡あわを吹ふきながら、吉松きちまつの頭あたまの側そばへ這はつて來きた。彼かれはふと思おもひ立たつて、絲いとを手繰たぐつて、蟹かにを柱はしらに縛しばりりつけ、塵紙ちりがみに寫生しやせいを始はじめた。蟹かには飛とび出でた目めに怒いかりを含ふくんで藻搔もがき出だす、紙かみにもその藻搔もがいてる樣さまが生々いき〳〵と現あらはれた。興きようが湧わいて五枚まい六枚まい書かき續つゞけたが、やがて惜氣おしげもなく鼻はなをかんで、丸まるめて外そとへ投なげた。軒下のきしたに羽搔はがいを縮ちゞめてコロ〳〵と鳴ないてた鷄とりは、餌ゑばと思おもつたか、反古紙ほごかみをつゝき出だした。低ひくい石いしころ道みちを番傘ばんがささして、白裝束しろしやうぞくの母はゝと赤あかい顏かほした妹いもととが歸かへつて來くる。

「本當ほんまに〳〵、源げんの死しにぞこない奴め覺おぼえてやがれ」と、母はゝは怒鳴どなつて、初野はつのを家うちへ引上ひきあげた。初野はつのはぼんやり﹅﹅﹅﹅立たつてゐたが、蟹かにが目めにつくと、柱はしらから離はなして居間中ゐまぢうを引ひきまはす。

「おのれ糞くそ、源げんの獄道ごくだう」「罰當ばちあたり奴め」と、喧かしましい聲こゑが響ひゞき渡わたる。吉松きちまつは呆氣あつけに取とられて、母はゝの顏かほを見上みあげ、

「お母かあ、どうしたんなら」

「どうしたも何なにもあるもんか、汝われまあ聞きいて吳くれい、お高たか姉ねえのとこから戾もどりに、米公よねこうの前まへを通とほると、初野はつのが眞赤まつかな顏かほをして裸はだかになつとるぢやないか、何なにをしとるんかと思おもうて入はいつて見みると、汝われ、源げんや龜かめが大胡床おほあぐらかいて酒さけを食くらうとりやがつてなあ、初野はつのに無理むり無體むたいに酒さけを呑のませて踊をどらせとるんぢやでな、そりを見みて、私わしや腹はらが立たつて〳〵、飛とび込こんで叱しかりつけてやると、汝われ、尙なほの事こと皆みんなが惡戯氣ふざけ出だしやがる、終しまひにや私わしの持もつとる鈴すゞを出だして、囃はやしちや馬鹿踊ばかをどりを初はじめやがる、大事だいじな鈴すゞが汚よごれちや、私わしの命いのちを取とられたも同おなじでないか、今いまに見みて居をれ、祈いのり殺ころしてやるぞ」

と口惜くやし淚なみだを濺そゝいだ。吉松きちまつは心こゝろでは怖氣おぢけがついたが、それでも母はゝを慰なぐさめるつもりで、

「そがい﹅﹅﹅に怒おこらいでも、私わしが仇かたきを取とつて上あげらあ」と云いつたが、母はゝは氣きがむしやくしや﹅﹅﹅﹅﹅﹅して、常つねになく邪慳ぢやけんに、

「汝われや口くちばつかりで、源げんの腕うでに叶かなふもんか、汝われが弱虫よわむしじやから、初野はつのまで皆みんなに意地いぢめられるんぢやがな」

「さう云いひなさんな、私わしも男をとこぢやもの」と、吉松きちまつは不快ふくわいな顏かほをした。母はゝは鈴すゞを眺ながめて血相きつさうを變かへてゐる。

(五)

晩餐ばんさんが終をはると、母はゝは絲車いとぐるまへ手てを掛かけたが、もう氣きが落付おちついたらしく、慳貪けんどんな口くちも利きかなくなり、顏色かほいろも平生ふだんの通とほりに眠ねむさうだ。雨あめがまだ止やまぬので早はやく戶締とじまりをして、初野はつのは宵よひの口くちから寢間ねまへ入はいつた。遠方ゑんぱうから幽かすかな聲こゑが風かぜにつれて吹ふき込こむのみで、今夜こんやは昨夕ゆふべと異ちがつて靜しづかだ。

「吉きち、もう寢ねえよ、お母かあも寢ねるから」

「私わしやまだ眠ねむたうない」

吉松きちまつは村長そんちやうの宅たくへ繪本ゑほんでも見みせて貰もらひに行ゆかうかと思おもひ、門口かどぐちまで出でた。見みる限かぎり果はてのない暗黑あんこく世界せかい、後うしろの山やまも宮みやの松まつも闇やみに沒ぼつして、天てんにも地ちにも豆粒まめつぶほどの光ひかりもない。で、急きふに恐おそろしくなつて家いへの中なかへ駈かけ込こんだ。煤くすぶつた金比羅こんぴら神社じんじやのお札ふだの前まへに、燈火ともしびは丁子ちやうじを結むすんでゐる。彼かれは燈明とうみやうを搔かき立たて、油あぶらを注つぎ、その前まへに端坐たんざして、一家か安穩あんおん四海かい泰平たいへいの願ねがひを籠こめた。初野はつのは夢ゆめに泣聲なきごゑを立たてゝ、「兄あゝよ、來きて吳くれ、恐こわいがな〳〵」と叫さけんで、口くちから涎よだれを垂たれてゐる。

吉松きちまつは自分じぶんが妹いもと一人ひとり庇かばうことも出來できぬ腑甲斐ふがひなさを思おもつた。親子おやこ三人にんが雨風あめかぜに曝さらされ、乞食こぢきになつて流浪るらうする樣さまが思おもはれた。

でも、考かんがへてる中うちに何時いつとなく妹いもとの傍そばへもぐり﹅﹅﹅込こみ、木枕きまくらをして眠入ねいつた。斷たえ斷だえに苦くるしい夢ゆめに襲おそはれたが、ふと芥溜ごみためで拾ひろつた錆さびた瓦釘かはらくぎを持もつて、宮みやの松まつの樹きに源げんを呪のろつては打うち〳〵してゐると、愕然がくぜんと目めが醒さめた。妹いもとが彼かれの肚腹ひばらを蹴けつてゐる。燈明とうみやうは消きえかゝつてゐる。

丑三うしみつは今いま時分じぶんだらう、宮みやへ詣まゐつて源げんを咀のろひ殺ころしたい。彼かれが死しぬりや一村そんの災わざわひが除のけると思おもひ込こんだ揚句あげく、自分じぶんが自分じぶんで恐おそろしくなつて、蒲團ふとんの中なかへ首くびを引込ひつこめた。

* * * * * *

翌日よくじつは五月ぐわつ五日いつか。雨あめは名殘なごりなく晴はれ、冴さえた光ひかりは一村そんを包つゝんでゐる。吉松きちまつは晝餐ひるの御馳走ごちさうにと魚買さかなかひに出でた。道みちの左右さいうの葺屋わらや瓦屋かはらや、家々いへ〳〵の門かどには五月ぐわつ幟のぼりが勇いさましく飜ひるがへつてゐる。小兒等せうにらは諸方しよはうの幟のぼり見物けんぶつに廻まわつてゐる。吉松きちまつは何なんとなく得意とくいになつて空そらを見上みあげてゐると、源げんが籠かごを提さげて近ちかづき、

「吉公きちこう、汝われも壯健たつしやか、久振ひさしぶりじやのう」と笑顏ゑがほをして、「沙魚はぜをたんと﹅﹅﹅貰もらうたから、汝われにも分わけてやらう、さあその鍋なべを此方こちらへ出だせ」吉松きちまつは返事へんじもせず棒立ぼうだちちになつてゐる。凉すゞしい鹽風しほかぜが顏かほを掠かすめる。

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