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何處へ

世間並

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(一)

私わたしは小こ半時間はんじかん東片町ひがしかたまちの加瀨かせの宿やどを捜さがした。彼かれとは今年ことしになつて、一度ども相會あひあふの機會きくわいがなかつた。又また强しいて會あひたくもなかつた。所ところが昨夜ゆふべ情熱家じやうねつかの豐島とよしまが私わたしの家うちへ來きて、加瀨かせの戀こひを語かたつて憤慨ふんがいした。彼かれの戀こひは熱烈ねつれつでない沈痛ちんつうでない、浮薄ふはくだ、キザだ、見得坊みえばうだ、柔弱じうじやくだと罵倒ばたふを續つゞけ、終しまひにお定きまりのバイロン、ハイネを叫さけんで歸かへつた。加瀨かせの戀こひ々々々々、私わたしの耳みゝには多少たせう面白おもしろく響ひゞく。それで急きふに訪たづねて見みたくなり、雨あめをも厭いとはず大久保おほくぼから遙々はる〴〵來くるには來きたが、さて容易よういに家うちが見みつからぬ。先頃さきごろ久振ひさしぶりで、引越ひつこしの通知つうちを兼かねて手紙てがみを吳くれたけれど、彼かれに用事ようじはないと、そのまゝ反古ほごにして仕舞しまつたので、番地ばんちは分わからぬ。○○方かたと云いふ○○もはつきり﹅﹅﹅﹅記憶きおくに留とゞまつてゐない。只たゞ小山こやまとか戶山とやまとか山やまの字じのあつたことは覺おぼえて居ゐる。それから

「僕ぼくの宿やどを尋たづねんとならば、垣根かきねに沿そえる椿つばきの花はなを目印めじるしとなさるべく候そろ」と、あの男をとこ相應さうおうの文句もんくを書かき添そへてあつたことは覺おぼえてゐる。

私わたしは幾いくつも路次ろじを通とほつた。傘かさの必要ひつえうもない程ほどの春雨はるさめが降ふつてゐる。下駄直げたなほしの皷つゞみの音おと、煑豆屋にまめやの鈴すゞの音おとが、ゆるやかな空そらに響ひゞいてゐる。私わたしは無理むりに焦あせつて尋たづねる氣きもなく、「會あつたつて格別かくべつ話はなしもないんだもの」と、通とほりへ突拔つきぬけやうとすると、往來わうらい安全あんぜんの瓦斯燈ぐわすとうの向むかうに眞紅しんくの椿つばきの花はなが鮮あざやかに目めに映うつつた。果はたして小山こやまといふ門札もんさつが見みえる。狭せまい門もんが開あいて、塗ぬりの新あたらしい車くるまが道みちを塞ふさいで、玄關げんくわん先さきに橫よこたはつてゐる。

案内あんないを乞こふ迄までもなく、開あけ放はなした座敷ざしきに加瀨かせの立姿たちすがたが見みえた。光ひかるやうなフロツクコートを着きて、長ながい髮かみを奇麗きれいに分わけ、頻しきりに衣紋いもんを正たゞしてゐる。私わたしは彼かれを見違みちがへる程ほどであつた。

「さあ上あがり玉たまへ」と、彼かれは靜しづかに云いつて、色いろの白しろくて目鼻めはなの尋常じんじやうな、しかし皮膚ひふの硬こわばつた顏かほに幽かすかに微笑びせうを浮うかべた。

「出掛かけるのか」と、私わたしは座敷ざしきへ通とほつて、中折なかをれを被かぶつたまゝ、椅子ゐすに腰こしを掛かけた。

「ウン」と加瀨かせは輕かろく首肯うなづく、小ちいさい丸髷まるまげを結ゆつた、背せの低ひくい痩身やせぎすの、もう老婆ばあさんと云いつてもよささうな女をんなが、緣側えんがはで山高やまたか帽子ぼうしの塵ちりを拂はらつてゐたが、私わたしを見みると、「オヤ被入いらつしやいまし」と、もう二三度ども會あつた人ひとのやうに馴々なれ〳〵しい顏かほをした。私わたしはぢろり﹅﹅﹅と老婆ばあさんを見みたばかりで、あまり構かまひつけず、「何處どこへ行ゆくんだい」と、再ふたゝび加瀨かせに聞きいた。

「菊坂きくざかまで、直すぐに歸かへつて來くるから、待まつてゐ玉たまへ、折角せつかく來きて吳くれたのに失敬しつけいだが、約束やくそくしてあつて是非ぜひ行ゆかなくちやならんのだ」

「さうか、ぢや行いつて來き玉たまへ、僕ぼくは此處こゝで晝寢ひるねでもしやう」

加瀨かせは老婆ばあさんの手てから帽子ぼうしを執とつて、「失敬しつけい」とゆるく﹅﹅﹅云いつたきり、姿勢しせい正たゞしく澄すました足あし取どりで玄關げんくわんへ下おりた。老婆ばあさんは見送みおくつてゐる。

私わたしは腰掛こしかけたまゝ動うごかなかつた。居室ゐまはフロツクコートの住人じうにんには不似合ふにあひで、天井てんじやうは低ひくく疊たゝみは茶色ちやいろになり、床とこの間まは漸やうやく花瓶くわびんを載のせるだけの深ふかさしかない。しかし庭にはは割合わりあひに廣ひろく、數種すうしゆの椿つばきの外ほか、几帳面きちやうめんに沈丁花ぢんちやうくわが植うはつてゐて、濃こい香にほひを送おくつて來くる。春日楓かすがもみぢの鉢植はちうゑも五ツ六ツ並ならんでゐる。家いへといひ庭にはといひ、先まづ大久保おほくぼの私わたしの家うちと大差たいさがないが、加瀨かせの財產ざいさんは以前いぜんよりも遙はるかに殖ふゑて、舊態きうたい依然ゝぜんたる私わたしとは比較ひかくにならぬ。衣紋竿ゑもんざをには糸織いとおりであらうか、いやに光ひかつた着物きものが掛かけてある。鼠色ねづみいろの縮緬ちりめんの襦袢じゆばんの袖口そでくちも見みえる。ふつくり﹅﹅﹅﹅した座蒲團ざぶとんも四五枚まい重かさねてある。讀よめぬ筈はずの英書えいしよが二ふたつ、本箱ほんばこにギツシリ詰つめ込こまれ、テーブルの上うへには金蒔繪きんまきゑの卷煙草まきたばこ入いれ、毛糸けいとのランプ敷しき、鋏はさみや耳搔みゝかきの小道具こだうぐまで、ちやんと揃そろつてゐる。

老婆ばあさんは茶ちやを汲くんでテーブルに置おき、散ちらかつた白縮緬しろちりめんの兵子帶へこおび、キヤラコの紺足袋こんたびなどを片付かたづけながら、「每日まいにちいけないお天氣てんきで御座ございます」とか、「上野うへのはもう咲さいたで御座ございませう」とか、頻しきりに話はなしをしかける。

五月蠅うるさいと思おもつたが、返事へんじをせぬ譯わけにも行ゆかず、よい加減かげんにあしら﹅﹅﹅つてゐると、老婆ばあさんはビスケツトを持もつて來きて、椅子ゐすの前まへに坐すわり込こんだ。私わたしは餘儀よぎなく相槌あひづちを打うちながら、加瀨かせの變遷へんせんを思おもつた。老婆ばあさんの話はなしと自分じぶんの追想つゐさうとがごつちやになつて、加瀨かせの面影おもかげが頭あたまの中なかに動搖どうえうする。

彼かれが上京じやうきやうしたのは一昨年おとゝしの春はる。同鄉どうきやうの緣えんで暫しばらく私わたしの家いへに同居どうきよしてゐた。普通ふつうの學資がくし位ぐらゐ出だせぬ身分みぶんでもないから、何處どこかへ入學にふがくするのだらうと思おもつたら、少すこしもそんな希望きばうはない。そして私わたしの知しらぬ間まに先輩せんぱいを歷訪れきはうして、その紹介しやうかいで或ある女學ぢよがく雜誌ざつしの記者きしやとなつた。訪問はうもんには洋服やうふく でなくては不便ふべんだと云いつて、直すぐに有合ありあはせの三圓ゑん足たらずの金かねで、白しろい小倉こくらの夏服なつふくを造つくつた。私わたしはさんざ﹅﹅﹅﹅冷ひやかしてやつた。しかし彼かれはにやり﹅﹅﹅〳〵笑わらふばかりで、何なんとも思おもはぬ。職業しよくげふを得えると同時どうじに、最早もはや一人前にんまへになつたつもりか、私わたしの家うちを出でて植木屋うゑきやの離座敷はなれを借かりた。持物もちものは月々つき〳〵に殖ふ ゑて行ゆく。國訛くになまりの目醒めざましく消きえると共ともに、身體からだの泥どろも次第しだいに拔ぬけて行ゆくやうだ。夏なつの末すゑには絽ろの襦袢じゆばんを着きて柾目まさの下駄げたを穿はく。私わたしは彼かれよりも五歲いつゝの年長者ねんぢやうじやで、十年ねんも東京とうきやうに住すまつてゐるが、身裝みなりは彼かれが半歲はんとしの進步しんぽにも劣おとつてゐる。で、會あふと目顏めかほや口先くちさき で揶揄からかつてやる。「いくら鍍金めつきしたつて肥桶こえたごは肥桶こえたごだぜ」と云いふと、「僕ぼくは虛榮みえを張はるんぢやない、自分じぶんに氣持きもちがいゝからだ」と落付おちついて答こたへる。雜誌ざつし社しやの者ものに聞きくと、この男をとこは社中しやちう第だい一の勉强べんきやう家かで、器用きようでもあり主任しゆにんの信用しんようも厚あついさうだ。月給げつきうもずん〳〵昇のぼつて行ゆくらしい。彼かれにはコツ〳〵六むつケ敷しい敎科書けうくわしよいぢりをするよりは、雜誌ざつし 記者きしやで飛廻とびまはる方はうが面白おもしろいのだ。成程なるほど生活せいくわつのためにいや〳〵﹅﹅﹅﹅勤つとめるのとは異ちがつて、足たらねば國くにから送おくらされる身分みぶんの、二十二三の靑年せいねんの雜誌ざつし道樂だうらくなら面白おもしろからう。そして社しやの者ものは「加瀨かせさんは大變たいへん大人おとな振ぶつた人ひとですね、行おこなひも謹直きんちよくだし、非常ひじやうにしつかりしてる」と褒ほめるが、私わたしの目めには矢張やはり歲とし相當さうたうのお坊ぼつちやんだ。無口むくちでマセてはゐるが、私わたしには小憎こぞツ子こと見みえる。甘あまい奴やつと見みえる。實際じつさいはさうでなくても、私わたし自身ゞしんに無理むりにさう思おもつて見みる。向むかうから親したしんで來きても、此方こつちからは何どうしても打解うちとける氣きになれぬ。これが二三年來ねんらいの私わたしの性分しやうぶんで、又また一種しゆ憐あはれなプライドとなつてゐるのだ。

その後ご彼かれは越前堀えちぜんぼりへ移うつつた。江戶えど趣味しゆみ硏究けんきうのためか、綠雨りよくうの文集ぶんしふを買集かひあつめて熟讀じゆくどくしては氣きに入いつた文句もんくに線せんを引ひき圈點けんてんを付ふし、餘白よはくには頻しきりに感歎かんたんの辭じを書かき散ちらしてゐたのもこの時とき。女學ぢよがく雜誌ざつしの隅すみの方はうに三四行ぎやうづゝの皮肉ひにくの書かき出だしたのもこの時とき。私わたしに當あてこすつたつもりか、或ある號がうには「我われを貴族きぞく主義しゆぎなりと云いふものあり、我われを平民へいみん主義しゆぎなりと云いふものあり、或ある時ときは埃及えじぷと煙草たばこを吸すひ、或ある時ときは朝日あさひを吸すふを哂わらふものあり、彼等かれらは變通へんつうの道みちを知しらぬ徒輩しれものなり、晴天せいてんにも足駄あしだを穿はいて步あゆむ人ひとなり、我われは月つきの初はじめには辨當べんたうに鰻うなぎや牛肉ぎうにくを食くひ、月つきの終をはりには饂飩うどんか麺麭パンにて濟すます、この趣おもむき拘泥派こうでいはの知しる所ところにあらず」と書かいたが、これなどが彼かれの警句中けいくちうの壓卷あつくわんであつて、隨分ずゐぶん一人ひとり合點がてんの無意味むいみの者ものが多おほかつた。

しかし越前堀えちぜんぼり移轉ゐてん以後いごはあまり往來わうらいしない。學校がくかう生活せいくわつをせぬ彼かれは、眞味しんみの友人いうじんの少すくないので、時々とき〴〵は私わたしに向むかつて人懷ひとなつかしい手紙てがみを送おくつて來くるが、私わたしはあまり構かまひつけぬ。で、暫しばらく彼かれの發展はつてんを知しらなかつた。

(二)

「加瀨かせさんは本當ほんとにお柔やさしいんで御座ございますね、それにお若わかい癖くせによく何なににでも氣きがお付つきなさいますし」と、老婆ばあさんは指先ゆびさきで耳みゝの後うしろを撫なで〳〵、世間せけん話ばなしから加瀨かせの噂うはさに移うつつた。

「暫しばらく會あはん間うちに非常ひじやうにハイカラになつた」と、私わたしは獨言ひとりごとのやうに云いつて、「加瀨かせは粧めかしてばかりゐるんでせう」と、笑わらひ〳〵聞きいた。

「え、そりや大變たいへんで御座ございますよ」と、老婆ばあさんは少すこし乗出のりだし、「油あぶらをつけたり、チツクで撫なでたり、每朝まいあさお出掛でかけまで一ひと仕事しごとで御座ございますわ、それに何なんであんなに髮かみをおのばしなさるんでせう、さぞお五月蠅うるさいでせうのに」と、女をんなに有勝ありがちな皮肉ひにくな口付くちつきで云いつた。

「ハイカラになるのも容易よういぢやありませんね、一體たい加瀨かせは誰だれの紹介しやうかいでお宅たくへ來きたのです?自分じぶんで捜さがしたんですか」

「何なにね、私わたしの甥をひがあの方かたと同おなじ雜誌ざつし社しやへ勤つとめてゐますのでね、二三度ど宅たくへも遊あそびに被入いらつしつたのが御緣ごえんで、ついお越こしなさるやうになつたので御座ございます。無人ぶにんでとても人樣ひとさまのお世話せわなんか出來できませんのですが、ついねえ……こんな窮屈きうくつな所ところで、さぞお困こまりだらうと思おもひますのにね」

私わたしは老婆ばあさんの顏色かほいろを讀よんで、「いや却かへつて貴女あなたの方はうで御迷惑ごめいわくでせう、この通人つうじん先生せんせい、そんなことにはお氣きのつかん方はうだし、それに不愛相ぶあいそで氣きの置おける男をとこだから」

「いゝえ、どうしてお愛相あいそがよくて、中々なか〳〵お話はなしがお好すきで被入いらつしやる、十時じ頃ごろからお茶ちやを召上めしあがつて、每晚まいばんお話はなしがはずむんですよ」

「そりや不思議ふしぎだ、何なにを話はなすんです」

「あの方かたは何なんでもよく御存知ごぞんぢなんですね、頭あたまの物ものから足あしの裏うらまで、何なににでもよく目めがおつきなさいます」

「あれがそんな話はなしをするんですか」と、私わたしは少すこし驚おどろいた風ふうをすると、老婆ばあさんは乗のり出だして、

「えい〳〵、私わたし逹たちよりもよく御存ごぞんじで被入いらつしやる、櫛くしは小形こがたが流行はやるの、羽織はおりは桔梗納戶きゝやうなんどが色合いろあひがいゝのと、そりや驚おどろいてしまうんですよ、一昨日おとゝひの晩ばんも宅たくで歌留多かるたを取とりまして、娘むすめさん方がたが四五人にん被入いらつしやると、あの人ひとには何なにが似合にあう、この人ひとには何なにが似合にあうと、一々お見立みたてをなさるんですよ」

「雜誌ざつしにでもあるんでせう」と、私わたしは笑わらつて、少すこし碎くだけた口振くちぶりで「加瀨かせに色女いろをんながあると云いふぢやありませんか、」と問とうた。

「何なんだかそんなことを甥をひが申まをして居をりますがね、」と、老婆ばあさんは窪くぼんだ目めに微笑びせうを湛たゝえてゐる。

「誰だれでせう、」

「御自分ごじぶんではいろんな﹅﹅﹅﹅事ことを有仰おつしやるんですから、見當けんたうが付つき兼かねますが、何なんでもお樂らくといふ女をんなに一番ばん御執心ごしふしんのやうで御座ございますよ、下谷したやに居ゐました時分じぶんから娘むすめのお友逹ともだちでちよい﹅﹅﹅〳〵宅たくへもまゐります、大變たいへんなハイカラで、讀よみ書かきも可成かなり上手じやうずださうで御座ございますよ、先日せんじつも加瀨かせさんが僕ぼくはあゝ云いつた肌合はだあひが好すきだと有仰おつしやるから、ぢやお貰もらひなすつたらと申まをしますと、さうさ何どうしやうかと考かんがへて被入いらつしやるのです」

「ぢや、まだ女をんなが出來できたと云いふ譯わけぢやないんですね」

「えい〳〵、まだこうと定きまつてるのぢや御座ございますまいよ、尤もつともね、加瀨かせさんの事ことですから外ほかにどんなのが出來できてゐるのか、ちつとも存ぞんじませんけれど」と、老婆ばあさんは息いきを吐つき、「何なにしろあの方かたですから」と、低ひくい聲こゑで無意味むいみな事ことを云いつて、兩手りやうてを膝ひざの上うへで揉もみながら、「何時いつかも甥をひとお酒さけを召上めしあがつて、お話はなしがはずんだ時ときに、僕ぼくあ女をんなを惚ほれさせて廻まはるのが面白おもしろいと有仰おつしやるのです、何なんでも品川しながはにも銀座ぎんざにもお目めに留とまる者ものがあるそうでしてね、甥をひはよく戯談じやうだんに、僕ぼくが一緖しよに行いかなくちや幕まくが開あかんのだから厄介やくかいで仕方しかたがない、僕ぼくあ丸まるで若樣わかさまのお幇間たいこのやうな者ものだ、無給金むきうきんで、加之おまけに時々とき〴〵は持出もちだしまでして、こんな下くだらないことはないと申まをすんで御座ございますよ」と、さも面白おもしろさうに云いふ。次つぎの室までは娘むすめがクツ〳〵笑わらつて居ゐる。

「さうですかねえ」と、私わたしは冷淡れいたんに云いつて、目めを轉てんじてテーブルの上うへのバイブルを飜ひるがへして、老婆ばあさんにはあまり耳みゝを貸かさなかつた。

しかし老婆ばあさんは問とはず語がたりに加瀨かせの噂うはさ――頓間とんまな江戶えどツ子振こぶり、辻褄つじつまの合あはぬ裝飾方しやれかた、變梃へんてこな田舎ゐなか言葉ことばの丸出まるだしの柔やさしい惡罵あくば――を止やめなかつたが、やがて臺所だいどころで魚屋さかなやの聲こゑのするのを機會しほに立たつて行いつた。

加瀨かせは容易よういに歸かへつて來こぬ。私わたしは日曜にちえう一日じつ待まち甲斐がひのない人ひとを待まつて過すごすのが惜おしくてならぬ。歸かへらうかと立上たちあがつたが、又また思おもひ返かへして疊たゝみの上うへに橫よこになつた。雨垂あまだれが落おちては又また落おちてゐる。新あらたにいゝ香にほひが庭にはから吹ふきつける。後うしろでは車井戶くるまゐどの音おとがギイ〴〵と聞きこえる。私わたしは眠ねむくなつた。氣きが緩ゆるんだ。すると、ふとお靜しづも憎にくくないなと思おもはれた。私わたしが寢卷ねまきのまゝ顏かほを洗あらつてゐると、派手はでな絣かすりの道行みちゆきを着きて、勝手口かつてぐちから傘かさをすぼめて入はいつて來きた彼あの女をんなの可憐かれんな姿すがた、身體からだが華奢きやしやで髮かみが濃こくて、島田しまだの重おもみに堪たへぬと云いつた風ふうに、首垂うなだれ勝がちのその顔付かほつき。こんなことが此頃このごろの私わたしには珍めづらしく目めに浮うかんだ。しかし直すぐに自分じぶんで自分じぶんを嘲あざけつて見みて、間まもなく常つねの心こゝろになつた。

やがてよい氣持きもちで眠入ねいつた。

暫しばらくして自分じぶんの家いへにゐる氣きで、細ほそく目めを開あけて伸のび上あがると、加瀨かせは緣側えんがはに膝ひざを抱だいてニコ〳〵してゐる。

「よく眠ねてるね、どうしたんだ、昨夕ゆふべ夜更よふかしでもしたんぢやないか」

「もう何時いつかね」と、私わたしは目めをこすり〳〵臺所だいどころへ顏かほを洗あらひに行いつた。老婆ばあさんと娘むすめとが膳立ぜんだてをしてゐる。娘むすめの顏立かほだちは老婆ばあさんに似にて、左程さほど美うつくしくもないが、年頃としごろだから皮膚ひふが艶々つや〳〵しい。私わたしは娘むすめの手てから西洋せいやう手拭てぬぐひを借かりて顏かほを拭ぬぐひながら、偸ぬすむやうにして相手あひての顏かほを見みた。娘むすめは不快ふくわいな顏かほをして橫よこへ向むいた。子供こどもの時ときから私わたしの目付めつきは人ひとを馬鹿ばかにしてゐると云いはれてゐたが、殊ことにこの頃ごろは毒氣どくきが加くははつて來きたのか、何氣なにげなしに見みてさへ相手あひてによつて、薄氣味うすきみ惡わるく感かんずるさうだ。ましてこの頃ごろの私わたしは穩おだやかに柔おとなしく人ひとに接せつすることが出來できぬ。冷笑れいせうするやうな、蔑視べつしするやうな、腹はらの底そこまで見拔みぬいてやるぞと云いつたやうな氣持きもちになつて喜よろこんでゐる。

私わたしは緣側えんがはへ戾もどつて、「この家いへは一體たい何なにをしてるんだ」と小聲こゞゑで聞きいた。加瀨かせは袂たもとから淸心丹せいしんたんを出だして舌したに載のせ絹手巾きぬはんけちで赤あかい唇くちびるのあたりを拭ふき〳〵、

「これでも昔むかしはちよつといゝ旗本はたもとだつたさうだが、今いまぢや親爺おやぢは元町もとまちの女學校ぢよがくかうの會計くわいけいをしとる、月給げつきうは極ごく僅わづかだが、多少たせう家ゝちに財產ざいさんがあるから、氣樂きらくに暮くらしとるやうだ」

「家内かないは三人にん限きりかい」

「うん、娘むすめが跡取あとゝりで養子やうしでもするんだらう」

「そんな大事だいじな一人ひとり娘むすめの側そばに、君きみのやうな美男子びだんしがゐちや危險きけんだね」

「馬鹿ばかな」と、加瀨かせは幽かすかな聲こゑで云いつて、ニヤ〳〵笑わらひを續つゞける。

「しかしこんな家うちにゐちや窮窟きうくつぢやないか」

「別べつにそんな感かんじはしない、却かへつて家庭的かていてきで居心地ゐごゝちがいゝ」

「だが、越前堀えちぜんぼりの江戶えど趣味しゆみから退化たいくわしたぢやないか、僕ぼくは君きみは早晩さうばん藝者屋げいしやゝの長火鉢ながひばちの前まへに坐すわる男をとこだと思おもつてゐたんだが、矢張やはり山やまの手ての野暮やぼ臭くさい家うちが君きみの柄がらに相當さうたうしてるんかね」

「下町したまちは衞生ゑいせいに惡わるいから」

「うまく言譯いひわけするね、しかし君きみのことだから何なにか竊ひそかに理由りいうがあるんだらう」と、私わたしは卷莨入まきたばこいれをテーブルから下おろして、加瀨かせの側そばに橫よこになつて煙草たばこを吸すひながら、「君きみも東京とうきやうへ來きてから大分だいぶ嗅かいで步あるいてるが、今いまに鼻はなも足あしも疲つかれてしまうぜ、君きみの鼻はなは銳敏えいびんな方はうぢやないがね、それでも君きみの親爺おやぢのとは異ちがつてるから、」

「何なんだ、謎なぞのやうなことを云いつて」と、加瀨かせは淸心丹せいしんたんの香にほひを吐はいて、相變あひかはらず氣樂きらくな顏かほで微笑びせうしてゐる。

「今いまに謎なぞの解とける時ときが來くる」と云いつたきり、私わたしは口くちを噤つぐんだ。加瀨かせも默もくして只たゞ庭にはを眺ながめてゐたが、やがて何なにを思おもつたか尺しやく八を取とつて吹ふき出だした。顏かほは少すこし紅味あかみを帶おび、長ながい前髮まへがみを震ふるはせ、白しろい指先ゆびさきを輕かろく鮮あざやかに動うごかし、私わたしをば相手あひてにせぬやうな風ふうで勝手かつてに吹ふいてゐる。これはこの男をとこの癖くせで、心こゝろでは私わたしの訪問はうもんしたのを喜よろこんでゐるのだが、さて話はなすこともなく、打解うちとける手段てだてもない。で、私わたしの方はうからそれ相應さうおうの話題わだいでも持出もちださぬ限かぎりは、詮方せんかたなしに、主人しゆじんは主人しゆじん、お客きやくはお客きやくの態度たいどを執とるのだ。しかし彼かれの心こゝろづくしは何時いつものやうに食卓しよくたくに現あらはれてゐる。

老婆ばあさんと娘むすめとは甲斐かひ々々〴〵しくチヤブ臺だいを運はこび込こんだ。いろ〳〵の御馳走ごちさうが一杯ぱいに並ならべられた。ビールさへ添そうてゐる。

加瀨かせは尺しやく八を下したへ置おき、「サア」とコツプを私わたしの前まへへ出だして、置おきつぎをした。私わたしはそれを尻目しりめに見みて、

「君きみは尺しやく八が甘うまくなつたね、續つゞいて稽古けいこをしてるんか」

「いや別べつに稽古けいこもせん、退屈たいくつすると出鱈目でたらめに吹ふくだけだ。」

「君きみの尺しやく八を聞きくと思おもひ出だす、君きみは上京じやうきやうの時ときに手紙てがみを寄よこして、⦅一管くわんの笛ふゑを携たづさえて都みやこの花はなを尋たづね申まをすべし⦆と云いつてゐたぢやないか、此頃このごろはどんな花はなを尋たづねてる、君きみは田舎ゐなかにゐた時分じぶんから風流ふうりうの嗜たしなみがあつたさうだし、僕ぼく等らとは異ちがつて五官くわんが發逹はつたつしとるんだから、東京とうきやうの味あぢも少すこしや味あぢはつたらう」

「それよりや魚さかなでも食たべ玉たまへな」と、加瀨かせは不味まづさうに二三口くちビールを啜すゝつて、兩膝りやうひざを抱だいて、私わたしを見みてゐたが、「君きみは矢張やはり學校がくかうへ出でてるのか」と、分わかり切きつたことを聞きく。

「厭いやでも仕方しかたがないからね、月給げつきう三十五圓ゑんの先生せんせいで、朝寢あさねは一週しうに一度どしきや出來できん、憫あはれむべき生涯しやうがいだらう」

「厭いやなら止よして何なにか面白おもしろい仕事しごとを求もとめりやいゝぢやないか、世間せけんは廣ひろいのに」と、加瀨かせは不愛相ぶあいさうに云いふ。聲こゑも態度たいども大人おとな振ぶつてゐる。私わたしは暫しばらく無言むごんで二三の皿さらを平たひらげて後のち、低ひくい聲こゑで何氣なにげなく、

「君きみもハイカラのお樂らくとか云いふ女をんなを知しつてると云いふぢやないか」

「それがどうかしたのか」と、加瀨かせは少すこし頰ほゝを赤あかくした。

「何なに、どうもしないが、君きみがあの女をんなに惚ほれとると云いふから」

「馬鹿ばかあ云いつてる」と、加瀨かせは澄すましてゐる。

「いや僕ぼくは眞面目まじめだ、僕ぼくには戀こひの經驗けいけんがないが、君きみは年少ねんせうにしてその道みちの硏究者けんきうしやだから、よく色いろんなことを知しつてるだらう、少すこし聞きかせて吳くれ玉たまへな」

「硏究けんきうも何なにもないぢやないか、戀こひは戀こひだから」と云いつたきり、加瀨かせはあまり話はなしに身みを入いれぬ。既すでに醉よつてゐれど、私わたしに向むかつては妙めうに腹帶はらおびを締しめて、他所行よそゆきの言葉ことばばかり使つかつて本音ほんねを吐はかぬ。そして私わたしの不思議ふしぎな好奇心かうきしんは、ます〳〵募つのる。この男をとこを攻せめ落おとして、見得みえも自惚うぬぼれも搔かき消けし、表面うはべでも腹はらの中なかでも、眞しんに萎しほれ返かへらせて見みたい。一度どでも身みの腑甲斐ふがひなさ、世よの味あぢの苦にがさを感かんじさせて見みたい。

私わたしはこんなことを思おもひながら、口くちでは途切とぎれ〴〵に何なんの興きようもない短みじかい會話くわいわを取とりやりして、午餐ひるめしを終をはつた。跡片付あとかたづけが濟すんで又また緣側えんがはへ出でて、暫しばらく前まへのやうな平凡へいぼんな對話たいわをしたり、雨あめの音おとに心こゝろを澄すませてゐると、

「やー、お客樣きやくさまか」と、小柄こがらな男をとこが帽子ぼうしを被かぶつたなり、ニコ〳〵入はいつて來きた。

「小山こやま君くん、昨夕ゆふべはどうだつた」と、加瀨かせは私わたしに對たいする時ときとは打うつて變かはつて、快活くわいくわつな口調くてうで云いふ。

「えゝ、又またやられたよ、運命うんめいの神かみに見放みはなされたのだね」と、薄唇うすくちびるの大おほきな口くちを捻ねぢてハツ〳〵と笑わらひ、「どうだい、歌留多かるたは、今夜こんや二三人にん美人びじんを招待せうたいしといたよ」と云いつて後うしろを顧かへりみ、「楠くすちやんお茶ちやをお吳くんな」と叫さけぶ。この男をとこ眉まゆが短みじかく首くびが長ながく、一寸ちよつとしやくつ﹅﹅﹅﹅た顏かほは見みるから罪つみがなさゝうだ。加瀨かせの紹介しやうかいを待またずとも、老婆ばあさんの甥をひと云いふことは分わかつてゐる。私わたしとも直すぐに懇意こんいになつた。

「貴下あなたも晚ばんまで遊あそんでゝ歌留多かるたをやつちやどうです」

「僕ぼくは歌留多かるたを知しらんから駄目だめです」

「いゝぢやありませんか、加瀨かせ君くんだつて極きはめて下手へたなんですもの、隨分ずゐぶん美人びじんが來くるから見みてゐらつしやい。加瀨かせ君くんの御馳走ごちさうで美人びじん見物けんぶつをするだけでも得とくですからね、これで此頃このごろは每晚まいばんのやうに歌留多かるたをやるんですが、實じつは歌留多かるたを餌ゑばに女をんなを釣つるんです」と、無遠慮ぶゑんりよな聲こゑで喋舌しやべり立たてた。

「馬鹿ばか云いつちやいかんぜ」と、加瀨かせは障子しやうじに頭あたまを持もたたせ苦笑くせうした。

老婆ばあさんと娘むすめも菓子皿くわしざらや茶盆ちやぼんを持もつて來きて、それを機會しほに團樂まどゐの中なかに入はいつた。皆みんな笑顏ゑがほをしてゐる。小山こやまは頻しきりに歌留多かるた仲間なかまの品評ひんぴやうを始はじめ、一座ざはこれに相槌あひづち打うつて、暫しばらく陽氣やうきに賑にぎはつた。加瀨かせもこれ迄まで東京とうきやうに孤獨こどくの月日つきひを送おくつてゐたのだから、この一家かの温あたゝかい空氣くうきに浴よくして、さも悅うれしさうだ。

空そらはます〳〵暗くらくなつて、雨あめは止やみさうでない。外出ぐわいしゆつも面倒めんだうであり、訪たづぬべき人ひともなく爲なすべき用事ようじもなければ、私わたしは引留ひきとめられるまゝ、遂つひに晩餐ばんさんの御馳走ごちさうにもなつた。無駄むだ話ばなしも聞厭きゝあいた。加瀨かせの尺しやく八小山こやまの都々一どゞいつも聞厭きゝあいた。私わたしを煙けむたさうにしてゐる娘むすめの顏かほも見厭みあいた。やがて一人ひとり二人ふたり若わかい女をんなや男をとこが集あつまつて來きたが、加瀨かせは新顏しんがほを見みる每ごとに嬉うれしさうな風ふうをする。そして二ふたつの明あかるいランプは、大勢おほぜいの騷さわぎの中心ちうしんとなつた。

(三)

私わたしは歌留多かるたの群むれに入いらず、只たゞ傍觀ばうくわんしてゐた。白しろい手てと黑くろい手ての忙いそがはしく入亂いりみだれるのを超然てうぜんとして見みてゐた。一座ざの中うち最もつとも熱心ねつしんの乏とぼしいのがお樂らくで、老婆ばあさんの豫報よほうした通とほり、派手はでな縞しまの銘仙めいせんに八丈ぢやうの羽織はおりを着きてゐる。廂髮ひさしがみだがハイカラ風ふうでもなく、他ほかの女をんな共どもに比くらべると顏付かほつきが何なんとなく意氣いきに見みえる。お納戶なんどの襦袢じゆばんの襟ゑりが白しろく首筋くびすぢに喰くひ入いつた加減かげんが馬鹿ばかに色氣いろけがある。負まけても左程さほど口惜くやしがる風ふうはない。そして加瀨かせと敵てき味方みかたで向むかひ合あつて、加瀨かせの方はうから奪掠だつりやくしかけても、敢あえて爭あらそはんともせず、仲間なかまから小言こごとを云いはれると、「だつて加瀨かせさんがズルイんだもの」と甘あまえた口くちを利きく。加瀨かせは口元くちもとで微笑びせうしながら一生しやう懸命けんめい。

二三番ばんの勝負しやうぶあつて、中休なかやすみとなり、皆みんなが息いきを吐ついた。私わたしは一人ひとり隅すみの方はうで欠伸あくびをした。そして加瀨かせとお樂らくとは交かはる〳〵見みてゐたが、只たゞ加瀨かせがお樂らくの方はうを見みる時ときは上目うはめを使つかふ氣味きみがあるだけで、別べつに戀こひ中なかと云いつた風ふうの素振そぶりもない。

小山こやまはお喋舌しやべりの間々あひだ〳〵に加瀨かせを冷ひやかしてゐたが、不意ふいに藝競げいくらべを主張しゆちやうして、

「お樂らくさんの長唄ながうたも暫しばらく聞きかんから今夜こんやは是非ぜひ拜聽はいちやうしたい、」

といふと、加瀨かせも盛さかんに賛成さんせいする。否いやだと云いふ者ものは、小山こやまが下駄げたを隱かくして歸かへさんと强迫きやうはくして、一座ざ五六人にん殘のこらず特意とくいの藝げいを出だした。宿やどの娘むすめお楠くすの常磐津ときはづ、米屋こめやの娘むすめの義太夫ぎだいふなど、何いづれも大喝采だいかつさい。遞信省ていしんしやうの女をんな判任官はんにんくわんのお杉すぎ女史ぢよしは獨ひとりで浮うかれて、小山こやまの催促さいそくも待またず、肩かたを聳そびやかし下唇したくちびるを突出つきだして、「死しんだと思おもつたお富とみさん」と誰たれかの假聲こはいろを使つかつたが、皆みんなに笑わらはれて極きまりが惡わるそうに口くちを噤つぐんだ。

それから小山こやまの卷舌まきじたの端唄はうた、お樂らくの長唄ながうた「宵よひは待まち」があつた。お樂らくのは本物ほんものだ。一座ざ鳴なりを靜しづめ視線しせんを唄うたひ手ての顏かほに集あつめて聞きいてゐた。加瀨かせは首くびを傾かしげて恍惚うつとりとしてしまう。白粉おしろい臭くさい生若なまわかい女をんなの香にほひが漲みなぎる狹せまい部屋へやに、艶つやつぽい聲こゑが柔やはらかに耳みゝを掠かすめて通とほる。見みるから加瀨かせは極樂ごくらく淨土じやうどにゐるようだ。小山こやまは駄洒落だじやれの連發れんぱつで女をんな連づれを笑わらはせ、餅菓子もちぐわしと蜜柑みかんとで、主客しゆかくは陶然とうぜんと醉心地ゑひごゝちになつて來くる。

「何時いつもこんな馬鹿ばかな眞似まねをして遊あそんでるんか」と、私わたしは突如だしぬけに加瀨かせに問とうた。浮うかれてゐる連中れんぢうは一時じに私わたしの顏かほを見みた。

「面白おもしろいぢやないか、君きみの家うちでも時々とき〴〵やり玉たまへな、僕ぼく等らが大勢おほぜい引連ひきつれて行ゆかう」と、加瀨かせは一座ざの棟梁とうれう氣取きどりだ。

「須崎すさき(私わたしの名な)さんだけは、まだ何なにも藝げいをお出だしになりませんね、お突合つきあひに一ひとつお聞きかせなすつちや如何いかゞです」と、老婆ばあさんは私わたしを顧かへりみた。小山こやまも加瀨かせも左右さいうから手てを執とるやうにして勸すゝめる。

「そんなふざけた﹅﹅﹅﹅眞似まねが出來できるか、しかし是非ぜひ僕ぼくのが聞ききたけや、加瀨かせ君くんの親爺おやぢがよくやる權兵衞ごんべゑが種蒔たねまきの踊をどりでもやらうか、醉ゑふと素裸すつぱだかになつて腰こしを振ふつてやつてたのを、僕ぼくも覺えとる。君きみも幼い時分じぶんによく親爺の眞似まねをしとつた。ねえ、さうだらう」と、私わたしが云いふと、加瀨かせは默だまつてしまつた。

「だが僕ぼくだつて長唄ながうたぐらゐは出來できる。お樂らくさんでも三味線さみせんを彈ひいて吳くれゝば」と、私わたしは厭いやな思おもひをして云いつて、前まへへ乗のり出だした。もう二三年ねんにならうか、私わたしはお靜しづから戯言ぢやうだん半分はんぶんに「越後えちご獅子じゝ」を習ならつたことがある。あの時分じぶんでも音曲おんぎよくは好すきな方はうではなかつたが、お靜しづの口くち眞似まねをしたり、笑わらつたり笑わらはれたりするのが嬉うれしかつた。今いまではそれを思おもひ出だしても不快ふくわいだが、小山こやまの周旋しうせんで、三味線さみせんがお樂らくに押付おしつけられたので、詮方せんかたなくお樂らくと並ならんで、うろ覺おぼえの一ひとくさりを唄うたつた。調子てうしもしどろもどろ﹅﹅﹅﹅﹅﹅である。加瀨かせは少すこし驚おどろいた風ふうで、

「君きみは何時いつ習ならつた」

「不思議ふしぎだらう、まだ十八番おはこがあるんだ。そりやこの次つぎにしやう、何なんなら近々きん〳〵僕ぼくの家うちで演藝會えんげいくわいをやるから皆みんなで來玉きたまへ、お樂らくさんも三味線さみせんを持もつて」

「そりや面白おもしろい、是非ぜひおやんなさい、私わたしが周旋役しうせんやくになるから」と、小山こやまは頻しきりに勸すゝめた。

(四)

再ふたゝび歌留多かるたが初はじまつたので、私わたしは退屈たいくつし切きつて、一人ひとり暇いとまを吿つげて薄暗うすくらがりの冷つめたい戶外そとへ出でた。そして電車でんしやに飛乗とびのつたが、直すぐに大久保おほくぼへは歸かへらなかつた。

數すう十分ぷんの後のちには傘かさを擔かついで、土州橋としうばしの上うへを步あるいてゐた。中洲なかすの方はうは小雨こさめに煙けむつて、提灯ちやうちんの光ひかりが空そらを飛とんでゐる。足下あしもとの荷船にぶねは晝ひるの汚きたない姿すがたをかくして、夢ゆめのやうに淡あはく水面すゐめんに浮うかび、濕しめつた光ひかりがチラ〳〵して、寢呆聲ねぼけごゑが洩もれて來くる。橋はしを渡わたると早足はやあしに右みぎへ曲まがつて、玄關げんくわんの暗くらく二階かいの燈火ともしびの花はなやかな家うちへ上あがつた。私わたしは一年ねん近ぢかくこの家うちへ通かよつてゐるのである。

安逹あだちが原はらの鬼婆おにばゞあから毒氣どくきを拔ぬいたやうな老婆ばあさんは私わたしの顏かほを見みると、齒はを剝むき出だして、「貴下あなた新奇しんきなのが出でましたよ」といふ。これがお定きまりだ。老婆ばゞあは私わたしに對たいする骨こつを知しつてゐる。只たゞ「新奇しんきだ」といふ。どんなのだらう。昨年さくねん一年ねん、今年ことしの今いま迄ゝで私わたしの注意ちういを惹ひき、心こゝろに柔やさしさ温あたゝかさを覺おぼえるのはこればかりである。階子段はしごだんを踏ふむ足音あしおと廊下らうか傳づたひの衣摺きぬずれの音おと、障子しやうじの開あく音おと、私わたしはそれを聞きいてゐる時ときにのみ世よに生甲斐いきがひを感かんずるのである。美うつくしい眉まゆ滑なめらかな肌はだに魂たましひが盪とろけるのではない。優やさしい言葉ことば色いろつぽい素振そぶりに胸むねが湧立わきたつのではない。只たゞ「珍めづらしいの」「新奇しんきなの」を待設まちまをけては、乾かはき行ゆく心こゝろを濕うるほさうとするに過すぎぬ。

私わたしは上京じやうきやう後ご七年間ねんかん、豐ゆたかならぬ學資がくしで學問がくもんをした。卒業後そつげふごは敎師けうしをしてゐる。交友かういうも多おほくはなく、自分じぶんの出入しゆつにふし目睹もくとしてゐる社會しやくわいは廣ひろくはない。しかし最早もはや努力どりよくして榮逹えいたつを計はかる氣きは微塵みぢんもない。高名かうめいな人ひとと伍ごして世よに名なを唄うたはれようと希ねがふ心こゝろも更さらにない。心こゝろを許ゆるす人ひともなければ、他人たにんに心こゝろ許ゆるされようとも思おもはない。知友ちいうの中うちには私わたしを「落付おちついた確しつかりした男をとこだ」と評ひやうする者ものがある。又また「冷酷れいこく無情むじやうな男をとこだ」と評ひやうする者ものもある。有望いうばうな靑年せいねんか愚昧ぐまいな男子だんしか、他人たにんのお世話せわを待またずして、自分じぶんで自分じぶんを知しり切きつてゐるのだ。圖拔づぬけた天分てんぶんもないが、努力どりよくすれば並なみの人ひとには負まけぬと確信かくしんしてゐる。處生しよせいの法はふぐらゐ心得こゝろえてゐる。只たゞその煩わづらはしさが厭いやだから見合みあせてゐるのだ。

凡すべてが煩わづらはしい。そして友人いうじんの落魄らくはくも榮華えいぐわも憐あはれとも感かんぜぬ羨うらやましくも思おもはぬ。昨年さくねんから引續ひきつゞいて兄あにが死しに叔父をぢが死しんだが、それすら私わたしには木この葉はの散ちつた位くらゐの感かんじをしか與あたへなかつた。

明日あすの私わたしはどうなるか、今いまの私わたしはこんな風ふうで死運しうんの來くるまで生いきてゐる。

(五)

「あれは如何いかゞでした」

「さうだね、唇くちびるの皮かはが硬こわい」

「隨分ずゐぶん此頃このごろ出でましたから、せい〴〵目めをつけときまして」

私わたしは老婆ばゞあに見送みおくられて外そとへ出でた。糠雨ぬかあめが身體からだに降ふりかゝれど、所々ところ〴〵雲くもの剝はげて、澄すんだ靑空あをぞらが現あらはれてゐる。私わたしは再ふたゝび土州橋としうばしを渡わたつたが、「明日あすは天氣てんきだ」と思おもふのみで、外ほかに何なにをも頭あたまに浮うかべなかつた。そして電車でんしやに乗のると手てを拱こまぬき目めを瞑ねむり頭あたまを窓まどにもたせ、半醒はんせい半眠はんみんで終點しうてんに逹たつし、月つきを踏ふんで、人氣ひとけの絕たえた大久保おほくぼの宿やどへ歸かへつた。明日あすの勤つとめを思おもうて、直すぐに寢仕度ねじたくをし、二三の郵書いうしよを見みたが、その中うちに故鄕こきやうからの手紙てがみもあつた。父ちゝは老をい母はゝは目めを病やみ、弟おとうとは小賣商こうりしやうをして一家か僅わづかに口くちを糊こしてゐるので、救助きうじよの願書ぐわんしよの絕たえた月つきはない。今月こんげつのは殊ことに長ながい。私わたしは卷紙まきがみの半なかばを讀よまぬ中うちに、眠氣ねむけさして堪たへられぬので、それを机つくゑに廣ひろげたまゝ床とこの中うちへ入はいつた。

翌朝よくてう下女げぢよが雨戶あまどを開あける音おとを幽かすかに聞ききながら、起おきもやらず寢返ねがへりして、尙なほウト〳〵してゐたが、その間あひだに珍めづらしく故鄕こきやうの夢ゆめを見みた。――兄弟きやうだい三人にん裏うらの畑はたけに出でてゐる。樹木じゆもくの少すくない丘をかから斜なゝめに麓ふもとまで畑はたになつてゐて靑々あを〳〵と麥むぎは波なみを打うち、畦あぜには蓮華草れんげさうが赤あかく緣取ふちどつてゐる。日ひは眩まぶしい位くらゐ照てつて居ゐる。兄あには被頰ほゝかぶりして汗あせばんだ手てで畑はたを耕たがやし、私わたしは弟おとうとと紙鳶たこを飛とばした。風箏うなりが靜しづかな空そらに氣持きもちよく鳴なつて、赤あかい繪具ゑのぐで塗ぬつた紙鳶たこの影かげは小ちいさくなる。私わたしは興きように乗のつて畑はたを踏ふみ丘をかへ上のぼり四方はうへ驅かり廻まはると、弟おとうとは後あとから喘あえぎ〴〵追おうて來くる。やがて私わたしは手てに纏まとうた糸いとを有ある限かぎり手繰たぐり出だしたが、運惡うんわるく糸いとは木きの枝えだ に引掛ひつかゝつて如何いかにするも離はなれない。その間あひだに紙鳶たこは糸いとを切きつてフワ〳〵空そらを飛とんで行ゆく。私わたしも弟おとうとも兄あにも仰向あふむいてその行衞ゆくゑを眺ながめた。――目醒めざまし時計どけいの鳴なる音おとに驚おどろいて夢ゆめは消きえた。歸國きこく每ごとに亡兄ばうけいは私わたしに向むかつて、「今いまの田地でんぢさへ荒あらさなければ、家うちのものは生活くらしに困こまりやしない、お前まへは學才がくさいがあるんだから、家うちの事ことは心配しんぱいせんで勉强べんきやうして早はやく出世しゆつせして吳くれ」と云いつて、自身じゝんは死際しにぎはまで鍬くわを離はなさなかつた。この手紙てがみによると弟おとうとは此頃このごろ反物たんものを脊負しよつて近村きんそんを廻まわつてゐるらしい。そして一家か揃そろうて私わたしの噂うはさをしてゐるとある。私わたしも亦また絕たえず故鄕こきやうの家族かぞくを思おもつてゐることと向定むかうぎめに定きめてゐる。私わたしは手紙てがみを座右ざいうの反古籠ほごかごに入いれて、心こゝろ淋さびしく肌寒はださむく感かんじた。

(六)

この日ひは宿雨しゆくう晴はれて、敎員室けうゐんしつは花見はなみの噂うはさが盛さかんであつた。日課につくわを終をはつて家うちへ歸かへり、和服わふくに着替きかへてゐると、豐島とよしまと云いふ私わたしの所謂いはゆる情熱家じやうねつかが訪たづねて來きた。同鄕どうきやうで同おなじ中學ちうがくにゐた男をとこで、加瀨かせがこの家うちに同宿どうしゆくしてゐた頃ころ、職しよくを失うしなつて轉ころがり來こんだこともある。醉よはぬ時ときは顏色かほいろ靑あをく、言葉ことばも少すくなく、目めは潤うるんでゐるが、少すこしでも醉ゑひが廻まはると、悲憤ひふん慷慨こうがい滿心まんしんの血ちが湧わき立たつて、自身じゝん一人ひとりで世界せかいと角力すまふでも取とる勢いきほひだ。彼かれの所謂いはゆる「お利口連りこうれん」を罵のゝしつて淚なみだを浮うかべることもある。加瀨かせなどは頭あたまから「馬鹿野郞ばかやらう」「靑あを二才さい」「僞善者ぎぜんしや」の百萬遍べんを浴あびせかけられる。

今日けふは七分ぶの醉ゑひだ。格子戶かうしどをガラリと激はげしく開あけると、「大將たいしやう居ゐるか」と怒鳴どなつて、帽子ぼうしを投なげて、座敷ざしきの眞中まんなかに胡床あぐらを搔かいた。

「大分だいぶ元氣げんきがいゝね、ちつとは儲まうかつたんだらう、おれに金かねでも吳くれに來きたのぢやないか」と、私わたしは帶おびを締しめながら相手あひてを見下みおろして云いつた。

「馬鹿ばか云いへ、金かねなんかあるもんか」

「宿やどは矢張やはり下谷したやの天井裏てんじやうゝらか」

「馬鹿ばか云いへ、とつくに轉居てんきよして今いまは四谷よつやの庭にはの廣ひろい家うちにゐる、近ちかいから學校がくかうの歸かへりにでも寄よれ、アブサンを呑のましてやらあ」

「さうか、モー天井裏てんじやうゝらにゐないんか、ぢや少すこし堕落だらくした方はうだね、僕ぼくは君きみがあの二階かいにゐるのを悲かなしむよりも寧むしろ祝しゆくしてゐたのだがなあ、鼠ねづみの糞ふんや蜘蛛くもの巢すの中なかで、蠟燭らうそくを點火とぼして文章ぶんしやうを書かいてるのを見みると、僕ぼくあ拜おがみたいやうな氣きがした。昔むかしの天才てんさいや義人ぎじんによくある例れいだからね。」

「うんにや僕ぼくはもう方針はうしんを變かへた、どんな卑屈ひくつな眞似まねをしても金かねを儲まうけるつもりだ、世よの中なかは俗物ぞくぶつばかりだから、これまでのやうにしちや馬鹿ばかを見みるからな、もう主義しゆぎ變更へんかうだ。」

「しかし君きみはどうして金かねを儲まうける、何處どこから見みたつて素質そしつはないぢやないか、君きみが俗物ぞくぶつになるのは加瀨かせの頭あたまが五分刈ぶがりになる時代じだいだらう」

「加瀨かせなんかゞ」と、豐島とよしまは投なげつけるやうに云いつて、「あんな男をとこで八方ぱうに色女いろをんなが出來できるんだらうか、馬鹿野郞ばかやらうに」と叫さけんで、唾つばきを迸ほとばしらす。

「そうだねえ、僕ぼくや君きみにや待まてども〳〵雌猫めねこ一匹ぴき寄よつて來こないんだからね」

「つまり何なんだよ、君きみや僕ぼくは自分じぶんを屈くつして優やさしくなれんから駄目だめなんだよ、お互たがひに金かねも出來できにや女をんなも出來できん、けれど僕ぼくあこれからやる、戀こひもするし金かねも取とる、君きみもさうしろ、その方はうが得とくだもの、どうせ利口りこうな奴等やつらにや僕ぼく等らの心こゝろは分わかりやせんのだから、」と豐島とよしまは毛けの濃こい腕うでをまくつて、赤あかく肥ふとつた頰ほゝをこすり上あげつゝ、充血じうけつした目めを瞬しばだたく。

「僕ぼくもせい〴〵心掛こゝろがけやうよ、しかし君きみは今いま何なにをしとる、夜學校やがくかうの方はうは革命論かくめいろんか何なにかやつて止やめたそうだが」

「講義錄こうぎろくに關係かんけいしとる、大著述だいちよじゆつにも着手ちやくしゆしとる、も少すこし餘裕よゆうが出來できたら、新運動しんうんどうも初はじめる、まだはつきり﹅﹅﹅﹅言いふ譯わけに行いかんが、筆ふでを劍けんにして口くちから焰ほのほを吐はいて、惰眠だみんを貪むさぼつてる今いまの社會しやくわいを震動しんどうさすんだ、君きみも我黨わがとうの士しだから、その時ときや片端かたはし擔になつて吳くれ」

「少すこし矛盾むじゆんだね、さつきにや金儲かねまうけの計畵けいくわくをしたぢやないか」

「馬鹿ばか云いふな、僕ぼく等らはこんな薄うすのろい世よに我慢がまん出來できんのだ」

「同感どうかん々々〳〵、早はやくその活劇くわつげきを見みせて吳くれ、僕ぼくは君きみの「馬鹿野郞ばかやらう」の聲こゑが日本國にほんこくに地響ぢひゞきすることを望のぞむんだ」

「屹度きつとやる〳〵」と、豐島とよしまは頰杖ほゝづゑついて、何なにをか考かんがへてゐたが、やがてぶつ﹅﹅倒たふれて鼾いびきをかき出だした。裾すその摺すり切きれた袷あはせから毛脛けずねを出だし足袋たびを穿はかぬ足あしは塵ちりにまみれてゐる。私わたしはぢつと見みてゐたが、やがて毛布もうふを出だしてそつと肩かたにかけてやつた。で、彼かれが前後ぜんごを忘わすれて何なにかいゝ夢ゆめを見みてゐる間あひだに、私わたしは學課がくゝわの下調したしらべをしてゐた。

「お客樣きやくさまはもうお歸かへり」と、緣側えんがはの障子しやうじの破やぶれ目めからのぞいた女をんなが、「あれ寢ねてゐらしつて」と呟つぶやいた。

私わたしは障子しやうじをそつと開あけた。お靜しづが立たつてゐる。少すこし靑あをざめた顏かほに長ながい眉まゆと黑くろい眼め、肉付にくつきの不足ふそくの頰ほゝに、鼻はなのみが高たかく鮮あざやかに刻きざまれた、左程さほど美うつくしくない女をんなだ。しかしその哀あはれつぽい樣子やうすが一二年前ねんぜんの私わたしには悅うれしかつた。

「お花見はなみにはゐらつしやらないの」と、お靜しづの癖くせとして一寸ちよつと口くちを歪ゆがめて笑わらつた。私わたしはそれには答こたへず、半なかば書物しよもつを見みながら穩おだやかに、

「まだ日本橋にほんばしへ行ゆかないんかね」

「もう歸かへらなくちやならんのですけど、身體からだがよくなつたら明日あすにも來きて吳くれなくちや困こまるつて、今いまも手紙てがみが來きたのですけど、私わたしもうあんな騷々さう〴〵しい所ところは厭あき〳〵しましたから」と萎しほれた聲こゑで云いつた。顏かほにも萎しほれた色いろが動うごいたのであらうが、私わたしはよく見みなかつた。

「だつて仕方しかたがないぢやないか、行ゆかなくちやお母つかさんが承知しやうちしないんだらう」

「だつて私わたし厭いやで〳〵、とてもこの上うへ半歲はんとしも辛抱しんばうしちやゐられませんもの」

「さうかねえ、しかし世よの中なかはどうしたつて氣樂きらくで通とほれりやしないんだから、まあ若わかい中うちに我慢がまんして苦勞くらうするさ、お靜しづさんなんか女をんなはよし氣立きだてもいゝんだから」と、私わたしは辭書じゝよを引ひき〳〵、ちらと顏かほを見みた。女をんなの目めは早はや濡うるんでゐる。

「そんな酷ひどいことを云いつて」と、聲こゑは四邊あたりを憚はゞかつて、顏かほ付つきで不平ふへいを訴うつたへる。

「何故なぜ、お靜しづさんなんかこそ、出世しゆつせする運うんを持もつてるぢやないか、去年きよねんからお母つかさんが來くる度たびに自慢じまんしてゐたよ、大商人おほあきんどの家うちへ奉公ほうこうして、大變たいへんお氣きに入いつてるんだつて、今いまでも家うちの娘むすめが〳〵と五月蠅うるさい程ほど云いつてるよ。」

近所きんじよではお靜しづをさる穩居いんきよの妾めかけであるとか、怪あやしい商賣しやうばいをしてゐるとか蔭口かげぐちを利きいてゐるが、私わたしはそれを確たしかには信しんじてゐない。二三年前ねんまへにこそ一時じ心こゝろの浮立うきたつて、忍しのび〳〵に弄もてあそむでは、世よの中なかへ出初でぞめの淋さびしさ苦くるしさを忘わすれたこともあつたが、今いまでは初戀はつこひの思おもひ出でも只たゞ人事ひとごとのやうな氣きがしてゐる。お靜しづはさうは思おもつてゐない。私わたしにも昔むかしの心持こゝろもちが繰返くりかへすものと思おもつてゐるのであらう。

「お母つかさんは私わたしが目めを廻まはして死しんだつて、何なんとも思おもつてやしないんですもの、人中ひとなかへ出だして氣骨きぼねを折をらせてお母つかさんは私わたしをどうしやうと思おもつてるんでせう、先日こないだもお話はなしたあのことでね」と、お靜しづは首俯うつむいて、淚なみだぐんだ聲こゑをする。

「おい〳〵先日こなひだの話はなしはもう願ねがひ下さげだよ、耳みゝにたこ﹅﹅の出來できる程ほど聞きかされたんだからな、そんなことを云いつてクヨ〳〵しとるから病氣びやうきに取付とりつかれて、靑あをくなつてなくちやならん、下くだらないぢやないか、それよりや早はやく手賴たよりになる男をとこでも捜さがし出だして、面白おもしろい日ひを送おくる方はうがいゝぜ、一昨年おとゝしだつたか、日本橋にほんばしへ行ゆく前まへにや大變たいへん元氣げんきのいゝ事ことを云いつてたぢやないか」と、あの時ときお靜しづが私わたしとの關係かんけいはけろり﹅﹅﹅と忘わすれたやうにして、寶たからの山やまへでも入はいる氣きで、日本橋にほんばしとかへ旅立たびだつ時分じぶんの得意とくいの樣さまを思おもつた。

お靜しづはシク〳〵泣なき出だした。で、今いまにも一昨日おとゝひのやうに、怨うらんだ言葉ことば自棄やけになりさうな文句もんくで、私わたしの心こゝろを動うごかさうとするだらうと待設まちまうけながら、書物しよもつの頁ページを飛とばせてゐると、ザーツと手水鉢てうづばちに水みづを入いれる音おとがした。頭あたまを上あげると下女げぢよがバケツを持もつて、不思議ふしぎさうにお靜しづを見みてゐる。

樹木じゆもくも草花くさばなもない狹せまい庭にはは蔭かげつて、隣となりの二階かいの壁かべにのみ冴さえた光ひかりが止とゞまつてゐる。下女げぢよは勝手かつてへ廻まはりながら、まだ振返ふりかへり〳〵見みてゐる。

豐島とよしまも目めを覺さました。片頰かたほゝに赤あかく疊たゝみの形かたを殘のこして、拳こぶしで目めをこすつてゐる。

「お靜しづさんぢやあ明日あすの晩ばんにでもゐらつしやい」と、私わたしは外方そとへ向むかつて笑顏ゑがほで柔やさしく云いつて障子しやうじを締しめ、

「もう醒さめたかい、茫然ぼんやりしてるね」

「うん」と起上おきあがつて、帶おびをキチンと締直しめなほし、一ひとつ欠伸あくびをして、「さあ歸かへらう」

「まあいゝぢやないか、何なにか僕ぼくに用事ようじはないんか」

「うん、用事ようじもあるんだが、又また二三日中にちうちに來こよう、これから本鄉ほんがうへ行ゆくから、加瀨かせの家うちへも寄よるかも知しれん」

「あまり彼奴あいつを意地いぢめるなよ」

豐島とよしまは外ほかに急用きふようでも控ひかへてゐるやうに、急いそいで門もんを出でた。後あとに「敷島しきしま」の袋ふくろを置忘おきわすれてゐた。袋ふくろの中なかには煙草たばこが二本ほんと白銅はくどうが二ふたつ入はいつてゐる。

私わたしはこの夜よ故鄕こきやうの弟おとうとへの手紙てがみを書かいた。中なかには「出來できるだけの事ことをして、それでも食くへなければ仕方しかたがない、一家か擧こぞつて乞食こじきになつて諸國しよこくを流浪るらうしやうぢやないか、おれもその仲間なかまになつてもよい、何なにをしても一生しやうだ」と、筆ふでの拍子ひやうしでこんなこと迄まで書かき添そえた。

(七)

私わたしは學校がくかうの生徒せいとに人望じんばうのある方はうでもないが、敢あえて不評判ふひやうばんでもない、職務しよくむに精勤せいきんする方はうではなく、病やまひと稱しやうして缺席けつせきすることも多おほいが、免職めんしよくされる程ほど怠なまけはせぬ。增給ざうきうも覺束おぼつかなけれど、これで當分たうぶん食くひはづしもないから不平ふへいを云いふ必要ひつえうもない。衣食いしよくの慾よくは少すくなく、外ほかに娯樂ごらくを求もとめるのでもない。そして豐島とよしまなどの二三の友人いうじんがちよい〳〵訪たづねて來くるので、無聊ぶれうで苦くるしむ時ときも少すくない。此頃このごろは豐島とよしまの外ほかに、加瀨かせの宿やどで會あつた小山こやまが屡々しば〳〵顏かほを出だすやうになつたが、この新奇しんきな友人いうじんは初對面しよたいめんの折をりからスツカリ私わたしの氣きに入いつた。此方こつちから碎くだけて話はなしかけると、直すぐ私わたしの懷ふところに入はいつて來くる。その呑氣のんきらしい容貌ようばうと心こゝろ、微塵みじんも苦味にがみ辛味からみのなく、ポカンとして無駄むだ口ぐちを利きく工合ぐあひが面白おもしろい。で、「君きみは話はなせる、學校がくかうの先生せんせい連中れんちうは元もとよりだが、豐島とよしまだつて加瀨かせだつて娑婆しやば臭くさくつて鼻はな持もちもならん、君きみは流石さすがに江戶えどツ兒こだ、社會しやくわいを咀のろつて革命かくめいを唱となへるでもなし、加瀨かせのやうに見得坊みえばうでもなし」と感服かんぷくすると、小山こやまも多少たせう得意とくいになつて、「加瀨かせ君くんのやうにしてちや、さぞ氣骨きぼねの折をれるこつでせう」と笑わらふ。

或日あるひの正午ひる過すぎに上野うへのを散步さんぽしてゐると、小山こやまが縞しまの羽織はおりに袴はかまを着つけ、不似合ふにあひな山高やまたか帽子ぼうしを被かぶり、少すこし仰向あふむいて口くちを開あけ、左ひだりの手てで突つき袂たもとをして廣吿隊くわうこくたいの後あとから澄すまして步あるいて來きたが、その樣子やうすが甚はなはだ面白おもしろかつた。私わたしは呼止よびとめて、一緖しよに夕方ゆふがたまで遊あそび暮くらしたが、彼かれは女をんなの步あるき振ぶりから、その心理しんり上じやう生理せいり上じやうの批判ひはんを下くだすと云いつて、左右さいうを顧かへりみては、毒どくのない毒語どくごを放はなち、

「巧うまいもんでせう、加瀨かせ君くんにもよく敎をしへてやるんですよ、僕ぼくが多年たねんの經驗けいけんから歸納きなうした結果けつくわですから、一々いち〳〵的中てきちうします」

と自慢じまんした。會あふ度たび每ごとにお樂らくの身みの上うへも加瀨かせの秘密ひみつも、面白おもしろさうに話はなして、多少たせうのお景物けいぶつまで添そへる。「お樂らくの事ことは、もう加瀨かせ先生せんせいがちやんと﹅﹅﹅﹅一人ひとりで呑込のみこんでる、おれが見込みこんだらどんな女をんなでも厭いやとは云いはせんと、自分じぶんで確信かくしんしてるんです」とか「貴下あなたのこともよく例れいに引ひいて、あの男をとこはとても女をんなに好すかれりやしないと云いつてる」とか、調子てうしに乗のつて喋舌しやべる。

この男をとこに連つられて、私わたしはお樂らくの家うちへも行いつた。お樂らくは從姉いとこと二人ふたりで徒士町おかちまちの或ある小役人こやくにんの二階かいを借かりて自炊じすゐをしてゐる。遞信省ていしんしやうの女をんな判任官はんにんくわんで十二三圓ゑんの月收げつしうがあるらしい。

私わたしの訪たづねた時ときは、お樂らくは役所やくしよから歸かへつて、袴はかまを疊たゝんでゐた。部屋へやは廣ひろくないのに、簞笥たんすや鏡臺けうだいや針刺はりさしや、諸道具しよだうぐが一通ひとゝほり揃そろつてゐるのだから、非常ひじやうに窮屈きうくつだ。小形こがたの低ひくい机つくゑの上うへには加瀨かせ編輯へんしうの婦人ふじん雜誌ざつしと貸本屋かしほんやの小說せうせつが載のつてある。

小山こやまは餘程よほど懇意こんいだと見みえて、いきなり﹅﹅﹅﹅胡床あぐらを搔かいて、「おい、お樂らくさん、今日けふは加瀨かせの代かはりに須崎すさき先生せんせいを連つれて來きたよ、御馳走ごちさうしないか」と云いつた調子てうし、お樂らくはあまり馴々なれ〳〵しくもなく愛嬌あいけうも賣うらず、初々うい〳〵しく私わたしに挨拶あひさつをした。私わたしはろくに口くちも利きかず、只たゞ小山こやまの喋舌おしやべりとお樂らくの擧動きよどうを注目ちういしてゐた。この女をんな田舎ゐなかには兩親りやうしんがあるのださうだが、何故なぜ歲頃としごろになつて結婚けつこんもせず、こんな風ふうに暮くらしてゐるのだらう、加瀨かせが愛あいしてゐると云いつて、それがどの位くらゐ進行しんかうしてゐるのだらう、小山こやまから聞きいたゞけでは腑ふに落おちぬことが多おほい。

小山こやまは窓まどの閾しきゐに腰こしを掛かけ、膝ひざを重かさねて貧乏搖びんばふゆるぎをしながら、

「今夜こんや姉ねえさんは何處どこかへ行いつたのかい」

「えゝ、一寸ちよつと道寄みちよりしたのよ、もう歸かへるでせう」

「歸かへつたら皆みんなで散步さんぽしようか」

「私わたし散步さんぽなんか嫌いやだわ」

「お樂らくさんは消極的せうきよくてきだからいかん、もつと活潑くわつぱつにハキ〳〵しなくちや駄目だめだよ」

「さうですかねえ」と、お樂らくは不愛相ぶあいさうに云いふ。そしてお茶ちやを汲くんで、後あとは几帳面きちやうめんに座すわつて身動みうごきもしない。

「今日けふはお樂らくさんはどうかしてるね、加瀨かせを連つれて來こんから不平ふへいなんぢやないか」と、小山こやまは冷ひやかすやうに云いつたが、お樂らくは何なんとも答こたへず、少すこし俯首うつむいて、膝ひざの上うへで指先ゆびさきをいぢつてゐる。

「過日こなひだ加瀨かせと何處どこかへ散步さんぽしたさうだね、あの時ときお樂らくさんがこんな事ことを云いつてたつて、皆みんな僕ぼくに話はなしたよ、それでね加瀨かせは近々きん〳〵家うちを持もつと云いつて頻しきりに準備じゆんびをしとる。お樂らくさんのためにも祝しゆくすべきことだね、二階かい借かりをしてお役所やくしよ通がよひなんかしないでもいゝんだから」と、小山こやまは相手あひての顏かほ色いろには無頓着むとんちやくで云いふと、お樂らくはツンとして、

「小山こやまさんは何時いつも人ひとを馬鹿ばかにしとるのね」

「何故なぜ、僕ぼくはお樂らくさんには敬意けいゝを拂はらつてるから、その幸福かうふくのために盡力じんりよくしてるんぢやないか」

「もう澤山たくさん!」

「ぢやその話はなしは止よそう」と、小山こやまは私わたしの方はうを向むき、「君きみ、近々きん〳〵大久保おほくぼであの會くわいをやらうぢやありませんか、その時ときやお樂らくさんも是非ぜひお出いでよ、この人ひとの家うちで演藝會えんげいくわいをやるんだから、僕ぼくが一緖しよに行ゆきや姉ねえさんも何なんとも云いやあしないだらう」

「私わたしもう何處どこへも行ゆかないわ」

「だつて須崎すさき君くんの家うちならいゝぢやないか、この人ひとは僕ぼくにも加瀨かせ君くんにも親友しんいうだし、大變たいへんな學者がくしやだから。こんな恐こはい面かほをしてるけれど、これで氣きの輕かるい面白おもしろい人ひとだよ、時々ときどき遊あそびに行いつて御覽ごらん、二人ふたりで長唄ながうたでも唄うたつて陽氣やうきにやるも、加瀨かせ君くんと差向さしむかひでニヤリ〳〵笑わらつてるよりやいゝよ」

私わたしは退屈たいくつして苦笑くせうして、「もう歸かへらうぢやないか」と小山こやまを促うながした。

小山こやまは容易よういに歸かへらうともせず、「姊ねえさんはどうしたのだらう」と氣遣きづかつてゐたが、暫しばらくすると無斷むだんで階下したへ下おりた。誰だれかと高聲たかごゑで話はなしてゐる。

私わたしは窓際まどぎはへすり寄よつて、正面まともにお樂らくを見みた。以前いぜん加瀨かせの宿やどで見みた時ときよりは、少すこし色いろが惡わるく目めもあの時ときほど冴さえてゐない。

「小山こやま君くんはよく來くるんですか」

「えゝ、一日にち隔おき位ぐらゐに入いらつしやるんですわ」

「來きて何なにをするのです、あの人ひとは面白おもしろいでせう」

「えゝ、お喋舌しやべりばつかりして」と、眉まゆを顰ひそめて、さも不愉快ゆくわいさうだ。

「あれ程ほど毒氣ゞくけのない秘密ひみつのない男をとこもない、だから皆みんなに好すかれるんです、加瀨かせなんかもあの人ひとには何なにもかも打明うちあけると見みえて、僕ぼくのやうな永ながい間あひだの友人いうじんが知しらんことまで小山こやま君くんは知しつてゐます」

「ですけど小山こやまさんにだつて、秘密ひみつはあるでせう、人間にんげんは誰だれにだつて秘密ひみつはあるんですもの」と滅入めいつた聲こゑだ。

「さうですかねえ、しかし小山こやまや加瀨かせの秘密ひみつといつて、高たかがきつと情婦いろをんなを拵こしらえとく位くらゐのことだらう」と冷ひやゝかに笑わらつて、殊更ことさらに侮蔑ぶべつするやうな目付めつきでジツと相手あひてを見みた。それがお樂らくには身震みぶるひする程ほどの感かんじを與あたへたらしい。つツと立たつて階下したへ下おりた。私わたしは後あとを見送みおくつて姿すがたのいゝ女をんなだと思おもつた。少すくなくもお靜しづよりは生々いき〳〵してゐる。そして小山こやまの云いふやうにこの女をんなも加瀨かせを戀こひしてゐると思おもふと、何なんとなく不愉快ふゆくわいな變へんな感かんじがする。

暫しばらくして私わたしも階下したへ下おりた。小山こやまは緣側えんがはで肥ふとつた女をんなと竊ひそかに何なにか語かたり合あひ、お樂らくは長火鉢ながひばちの前まへで夕刊ゆふかんの新聞しんぶんを讀よみながら、橫目よこめでその方はうを偸見ぬすみゝしてゐた。

「あれは誰だれだ」と、歸かへり途みちに小山こやまに聞きくと、

「お樂らくの姊あねさ」と、簡單かんたんに答こたへて、何時いつものお喋舌しやべりを續つゞけない。

「お樂らくも妙めうな女をんなだね、」

「あれも馬鹿ばかに浮ういてる時ときと、妙めうにひねくれ﹅﹅﹅﹅る時ときとある」

この日ひからお樂らくは私わたしの頭あたまに一ひとつの蟠わだかまりとなつて殘のこつた。懷なつかしくも床ゆかしくも思おもふのではないが、只たゞ一二年前ねんぜんお靜しづに別わかれて以来いらい私わたしに例れいのない一種しゆのインテレストを惹起ひきおこしたのだ。何故なぜだらう、私わたしはお樂らくと加瀨かせの戀こひに疑問ぎもんを抱いだいてゐるので、その經過けいくわを見みたいと思おもふ好奇心かうきしんから、知しらず〴〵お樂らくが私わたしの心こゝろを去さらなくなつたのだらうと思おもつた。で、お樂らくともつと﹅﹅﹅打解うちとけて話はなして、あの淺薄せんぱくな加瀨かせがどんな風ふうに女をんなの心こゝろに映うつつてゐるか、眞相しんさうを捜さぐつて見みたいが、容易よういに懇意こんいにはなれぬ。

この後ご暫しばらく私わたしは土州橋としうばしを渡わたることが繁しげくなつた。それにつれて財政ざいせいの平調へいてうも破やぶれた。

(八)

大久保おほくぼは躑躅つゝぢが咲さいて人ひとの出入でいりが多おほくなつた。私わたしの家うちへも來客らいきやくが多おほい。私わたしは財囊ざいのうの缺乏けつばふを感かんじて、内職ないしよくに原稿げんかう稼かせぎでもしようかと思おもつてゐたが、手近てぢかい所ところに捌さばけ口ぐちがない。加瀨かせに賴たのむのは厭いやだ。駈廻かけまはつて面識めんしきの淺あさい人ひとに嘆願たんぐわんするのも淺あさましい氣きがする。まだ二十七歲さいの若わかい身空みそらで、仰あふぎ見みる幻影まぼろしもなく、只たゞ刻々こく〳〵の肉慾にくよくを充みたさんがために、僅わづかの金かねを求もとめてゐる自身じゝんが可笑おかしく感かんぜられた。

或日あるひ加瀨かせと小山こやまとが躑躅つゝぢ見みの歸かへりに立寄たちよつた。加瀨かせの唇くちびるは臙脂べにをさしたやうに赤あかい。白しろい細ほそ長ながい指ゆびに黃きいろい指環ゆびわを嵌はめてゐる。

「此頃このごろも徒士町おかちまちへよく行ゆくかね」と、私わたしは加瀨かせを見みると直すぐに問とうた。

「僕ぼくよりや小山こやま君くんの方はうがよく行ゆく」と、加瀨かせはニヤリ〳〵笑わらふ。

「君きみもよく行ゆくぢやないか、しかしね須崎君すさきくん、君きみは徒士町おかちまちであまり評判ひやうばんがよくないよ、何なんだか意地いぢの惡わるさうな人ひとだと云いつてる、僕ぼくは頻しきりに辯護べんごするんだけど」

「さうかねえ、困こまつたものだねえ」

「君きみはわざつ﹅﹅﹅と女をんなを侮蔑ぶべつするやうな態度たいどを執とるからさ、柔やさしくさへすれば女をんなは喜よろこんで來くる、君きみは下くだらないと云いふだらうが、それで女をんなを弄もてあそんでりや、面白おもしろいぢやないか」と加瀨かせは珍めづらしく氣焔きえんを吐はく。

「君きみも小山こやま君くんの口くち眞似まねをするやうになつたね、僕ぼくは君きみの戀こひは眞面目まじめなんかと思おもつてたのに、ぢや浮氣うはきなんだね」

「浮氣うはきでもない、それが戀こひの本體ほんたいさ。せつぱ詰つまつたやうな戀こひは駄目だめだからね、餘裕よゆうのある戀こひでなくちや僕ぼく等らはいやだ。面白味おもしろみは其處そこにある」

「君きみも進步しんぽしたもんだね」と、私わたしは加瀨かせがこの家うちに同居どうきよしてゐた時分じぶんを追想つゐさうした。今いまの彼あれの目めは、邪推じやすゐか知しらぬが私わたしを憐あはれむやうに見みえる。

「何なにしろ加瀨かせ君くんは金かねがあるから敵かなはない。外ほかの點てんでは敢あえて一步ぽも讓ゆづらんがね」と、小山こやまは歎息たんそくした。

加瀨かせは勝利者しやうりしやの如ごとく笑わらつて、「この人ひとも今いま戀こひの苦くるしみをしてるんだよ」

私わたしは重かさねて聞きかうともしなかつた。加瀨かせは拍子ひやうし拔ぬけがして、橫よこを向むいて小山こやまと小聲こゞゑで話はなし出だした。

「徒士町おかちまちの姉あねの方はうは夜遊よあそびをするさうだ、あの家うちの妻君さいくんが皮肉ひにくを云いつてたが氣きに掛かゝるよ、以前いぜんに隨分ずゐぶん謂いはくのあつた女をんならしいからね」

「早はやく結婚けつこんして了しまへばいゝぢやないか」

「所ところが甘うまくさういかんよ、いざとなると逃にげてしまうし」

「妹いもうととは違ちがうね」

「妹いもうとだつて分わかるものか」

「ハツ〳〵、君きみは女をんなを見みる目めがない、妹いもうとは純潔じゆんけつなものだ、役所やくしよの方はうでも評判ひやうばんがいゝし、あんなに怠なまけないで働はたらいてるんだもの、育そだちが卑いやしいのに似合にあはず、あれだけに仕上しあげたんだからね、」

「君きみは成功者せいこうしやだが」と、小山こやまは溜息ためいきを吐ついた。

「小山こやま君くんの婦人學ふじんがくも理論りろんのみだね」と、私わたしが橫よこから冷ひやかすと、小山こやまは「さうでもないさ」と云いつて、グツタリ首くびを垂たれた。その樣子やうすが可笑おかしくてならぬ。

しかし小山こやまの沈しづんだ調子てうしは間まもなく消きえて、賑にぎやかな世間せけん話ばなしとなつた。

彼等かれらは一ひとしきり騷さわいで、ランプをつける頃ころに歸かへつた。徒士町おかちまちへ行ゆかうと二人ふたりは約束やくそくして、私わたしをも誘さそうたが、私わたしはそれに應おうじなかつた。

夕餐ゆふめしを終をはると戶外そとへ出でた。無意味むいみに散步さんぽして、散步さんぽしながら加瀨かせと小山こやまとが徒士町おかちまちの二階かいで戯たはむれて現拔うつゝぬかしてゐる樣さまを思おもひ浮うかべた。二人ふたりとも年中ねんぢう飽あきもせずに遊あそんでゐる。加瀨かせの奴やつ仕事しごとも愉快ゆくわいだと云いふ。やがて雜誌ざつしの主任しゆにんに昇進しやうしんするさうだ。案山子かゝしにフロツクコートを着きせたやうな男をとこが通用つうようする世よの中なかだと思おもふと可笑をかしいと、私わたしは强しいて嘲あざけつて冷笑れいせうしてやつた。

花はなは散ちつて靑葉あをばが柔やはらかい風かぜに戰そよいでゐる。軒のきランプもない薄暗うすぐらい私わたしの家いへの前まへには、子供こどもが大勢おほぜい騷さわいでゐるのが聞きこえる。

私わたしは小徑こみちを五六丁ちやう行戾ゆきもどりして、家いへの側そばまで來くると座敷ざしきの障子しやうじに燈火あかりが映うつつてゐる。消けして出でた筈はずだが、誰だれか客きやくでも來きたのかと、多少たせう悅ゝれしかつた。

座敷ざしきへ上あがつて見みると、お靜しづが片隅かたすみに兩袖りやうそでを搔合かきあはせて座すわつてゐる。矢張やはり顏かほが靑あをく唇くちびるの色いろも褪あせてゐれど、この前まへほど厭いやに感かんぜられなかつた。

「又また日本橋にほんばしへ行いつたと聞きいてたが、まだ居ゐるんだね」

「まだ身體からだがよくなりませんから、……どうせ駄目だめなのですから」と、聲こゑも冴さえ冴ざえせず厭いやな音おんだ。

けれど私わたしはあまり憎にくまれ口ぐちを利きかなかつた。冷ひややかしもしなかつた。嘗かつて私わたしを棄すてゝ他所よそへ行いつたこの女をんなと火鉢ひばちを隔へだてゝ差向さしむかひで、夜更よふける迄までも物語ものがたつた。下手へたな虛うそを云いつてるなと折々をり〳〵心こゝろで嘲あざけりながら、女をんなの苦勞くらう話ばなしを聞きいてやつた。

(九)

その翌日よくじつ、朝あさ早はやく出勤しゆつきん前まへに豐島とよしまからのハガキが着ついた。「午後ごゞ學校がくかうへ尋たづねて行ゆくから待まつてゐて吳くれ」と鉛筆えんぴつで書かいてある。どうせ碌ろくな用事ようじでもあるまいと思おもつたが、別べつに歸宅きたくを急いそぎもせぬから、私わたしは同僚どうれうが皆みな引擧ひきあげた後あとに居殘ゐのこつて、この日ひの宿直しゆくちよくの長沼ながぬまと土臭つちくさい番茶ばんちやを啜すゝりながら話はなしをしてゐた。長沼ながぬまは私わたしよりも七なゝツ八やツ年上としうへで、子供こどもが二人ふたりもあるのに、月給げつきうは却かへつて私わたしよりも少すくなく、生計くらしには隨分ずゐぶん苦勞くらうしてゐるのだが、人間にんげんが一風ぷう異かはつてゐて、敎場けうぢやうで鷄とりの泣なく眞似まねをしたり、妙めうな身振みぶりをして生徒せいとを喜よろこばせてゐる。同僚どうれうの中うちでは一番ばん私わたしと話はなしが合あふ方はうだ。

「今日けふも僕ぼくあさんざ失敗しくじりましたよ、晚酌ばんしやくをやり過すごして下讀したよみを懶なまけたもんだから、下くだらんことで間違まちがひを仕出しでかして、生徒せいとの奴やつにうん﹅﹅と油あぶらを取とられました。その上うへ校長かうちやう先生せんせいから手嚴てきびしい忠吿ちうこくを喰くひましてな、敎場けうぢやうで飄輕ひやうきんな眞似まねをしちやならん、敎場けうぢやうは神聖しんせいな所ところだから飽あくまでも眞面目まじめでなくちやならんと懇々こん〳〵と說諭せつゆされて、イヤハヤ面目めんぼくもない次第しだいですよ、しかし飄輕ひやうきんだからまだ、私わたしに脈みやくがあるんですが、これで御說諭ごせつゆ通どほり辛蟲にがむし嚙かみつぶした間違まちがひをやつてた日ひにや、生徒せいとの方はうで承知しやうちしません、校長かうちやう先生せんせいも殘酷ざんこくなことを申まをされるもんです、」と長沼ながぬまは安値やすい刻きざみ煙草たばこを吸すひながら眞面目まじめで云いふ。

「けれど君きみは間違まちがひを氣きに掛かけるだけ眞面目まじめなんです、それだけ正直しやうじきなんだ、高たかが丁年ていねん未滿みまんの子供こどもぢやありませんか、口先くちさきで甘うまく云ひひまるめりやいゝんですよ」と、私わたしが事こともなげに云いふと、

「まあそんな者ものですがね」と、長沼ながぬまはヒツ〳〵と味あぢのない笑わらひ方かたをして、「私わたしはどうも敎育けういくだけは外ほかの事こととは違ちがつてる、尊たつとい者ものだと思おもうのでしてな、生徒せいとの顏かほを見みると、忠實ちうじつによく敎をしへてやりたい少すこしでも早はやく學業がくぎやうの進すゝむやうに導みちびいてやりたいと思おもうんですが、其處そこがそれ、私わたしに學識がくしきが足たらんもんですからな、どうも不行屆ふゆきとゞきで汗顏かん〴〵の至いたりに堪たへん譯わけです、と云いつて辭職じゝよくすれば外ほかに糊口くちすぎの道みちがあるぢやなし」

「それだけ眞面目まじめなら貴下あなたは立派りつぱな敎師けうしです、少すこし位ぐらゐ誤謬ごびやうを傳つたへようと、飄輕ひやうきんな眞似まねをしようと差支さしつかえないさ、僕ぼくなんか少年せうねんを愛あいする氣きもないから、初はじめから敎授けうじゆに身みの入はいつたことはないのです」

「そりや君きみに子供こどもがないからですよ、自分じぶんに子こがあつて見みりや、他人たにんの子こも矢張やはり可愛かあいい、よく敎育けういくしてやりたくなりますよ、何なにも經驗けいけんだ、まあ子こを持もつて御覽ごらんなさい、世よの中なかががらり﹅﹅﹅と異かはつて來きますからね」

「子こを持もつと敎場けうぢやうで飄輕ひやうきんな眞似まねをして、生徒せいとの御機嫌ごきげんと執とるやうになるんですね」と笑わらふと、長沼ながぬまも苦笑くせうして、

「まあ、そんな者ものさねえ」と云いつて、風呂敷ふろしきの中なかから講談かうだんの「佐倉さくら義民傳ぎみんでん」を取出とりだし、「今夜こんやはこれをお伽とぎで宿直しゆくちよくするのだ」と、机つくゑの上うへに廣ひろげて小聲こゞゑで讀よみ出だした。言分いひぶんが氣きに入いらぬのか、もう私わたしを相手あひてにしない。暫しばらくして豐島とよしまが下駄げたのまゝ敎員室けうゐんしつへ入はいつて來きた。私わたしはほん﹅﹅の型式的けいしきてきに長沼ながぬまを紹介しやうかいした。豐島とよしまは「今日けふは馬鹿ばかに蒸暑むしあついぢやないか」と、袷あはせの袖そでで額ひたひの汗あせを拭ぬぐふて目めをパチクリさせ、それから一輪りんの花はなも一幅ぷくの繪ゑもない薄汚うすぎたない敎員室けうゐんしつを見渡みわたした。

「何なにか急用きふようか」と、私わたしの方はうから問とふた。この男をとこ何なんでもない事ことに、さも急用きふようのあるらしく、惶あわただしさうに出でたり入はいつたりする男をとこだが、今日けふもその顏かほ付つきが大事だいじを扣ひかへた人ひととも見みえぬ。

「僕ぼくは辭職じゝよくした」と、豐島とよしまは大聲おほごゑで簡短かんたん明瞭めいれうに云いつた。

「さうか」と云いつたきり、私わたしは折返をりかへして理由りゆうを聞ききもしなかつたが、長沼ながぬまは片手かたてで書物しよもつを壓おさへ、ヂロ〳〵豐島とよしまの顏かほを見みて、聞耳きゝみゝ立たてた。

「俗ぞくな事ことを書かかにや氣きに入いらんのだから、癪しやくに觸さはつて、僕ぼくの方はうから出でてしまつた。もう向むかうから賴たのんだつて、あんな仕事しごとをやりやしない」と獨ひとりで力りきんだ。

「それもいゝさ、君きみにはあんな俗務ぞくむは不適當ふてきたうだからな、これから君きみの本音ほんねを出だして活動くわつどうするさ」

「むん、………それから君きみにお願ねがひだが、當分たうぶん君きみの家うちに置おいて吳くれんか、迷惑めいわくだらうが」と少すこし言淀いひよどんだ。

「僕ぼくの家うちにか」と、私わたしは躊躇ちうちよしたが、「ぢや來玉きたまへ、今夜こんやからでも」

「有難ありがたう、二三日ち内うちに荷物にもつを持もつて行ゆく、そうすりや僕ぼくも安心あんしんして活動くわつどうが出來できる」と云いつて、豐島とよしまは再ふたゝび室内しつないを見渡みわたした。夕日ゆふひはガラス窓まどを通とほして、埃ほこりの舞まふのが見みえる。

長沼ながぬまは自みづから立たつて澁茶しぶちやを吸くんで、豐島とよしまの前まへに置おいた。豐島とよしまは一息ひといきに呑のみ干ほして、

「此處こゝも汚きたない學校がくかうだね、しかし君きみのやうな熱烈ねつれつな人間にんげんを容いれてるんだから、校長かうちやうもえらい」

(十)

前夜ぜんや私わたしが物好ものずきに柔やさしい素振そぶりを見みせたので、お靜しづはもう以前いぜんの燒木杭やけぼつくひが再ふたゝび燃もえ上あがつた氣きになつて、せつせと近ちかづいて來きたが、私わたしは最早もう腐くさつた菓實くだものを嗅かぐやうで、思おもはず顏かほを背そむけたい程ほどになる。そして「調しらべ物ものがある」とか、「金儲かねもうけをしてるんだから當分たうぶん來きて吳くれるな、その代かはり一二年ねん待まつてりや、お前まへの好すきなことをさしてやる」とか云いつて、追退をひのけるやうにした。間まもなく豐島とよしまが、越こして來きてからは、お靜しづを遠とほざけるに都合つがふがよくなつた。

豐島とよしまは柳行李やなぎかうりと机つくゑとの總財產さうざいさんを持込もちこんだ。何なにか著述ちよじゆつをしてゐるようであるが、大抵たいていは外出ぐわいしゆつして夕方ゆふがたに醉ゑうて歸かへることが多おほい。歸かへつての土產みやげ話ばなしには俗物ぞくぶつと同情どうじやうすべき人ひととの消息せうそくを傳つたへる。彼かれの世界せかいはハツキリこの二種しゆの人間にんげんに分類ぶんるゐされてゐるので、かの長沼ながぬまの如ごときは直すぐにその同情どうじやうされる人ひととなつた。「君きみ、あの男をとこは保護ほごしてやり玉たまへ」と、度々たび〳〵心こゝろの底そこから私わたしに賴たのむことがある。又また彼かれの崇拜者すうはいしやもあつて、折々をり〳〵訪たづねて來きて、夜更よふける迄まで熱烈ねつれつな議論ぎろんが戰たゝかはされる。

「社會しやくわいに反抗はんこうするのもいゝが、その前まへに生活くらしの法はふぐらゐ考かんがへとかうぢやないか」と、私わたしが注意ちういすると、

「なあに僕ぼくあ一人ひとり身みだ、生活せいくわつなんか考かんがへる必要ひつえうはない、僕ぼくあ食くへなけや放浪はうらうする、水みづばかり呑のんでゝも、爲なすだけのことはして見みせる」と取合とりあはぬ。

「ぢや何時いつかの俗化ぞくゝわ主義しゆぎはお止やめだね」

「止やめざるを得えないんだ、君きみもどうせ世よに容いれられんのだから、放浪はうらう生活せいくわつをしろ、僕ぼくと一緖しよにやらう」

「先まづ君きみから經驗けいけんして見玉みたまへ、面白おもしろけりや僕ぼくもやるよ」

そして彼かれは繩暖簾なはのれんをくゞつて、泥醉でいすゐの後のち突如とつぢよとして汗臭あせくさい勞働者らうどうしやの腕うでを握にぎり、その硬張こわばつた手ての掌ひらに熱淚ねつるゐを濺そゝぎ、「僕ぼくは君きみの兄弟きやうだいだ」と叫さけんで、周圍まはりの客きやくを驚おどろかすこともあるが、彼かれ自身じゝんは敢あえてその好すきな放浪はうらう無宿むしゆくの人ひとともならぬ。手てに鶴嘴つるはしを持もたうともせぬ。私わたしの家いへによく寢ねて、よく飮のみよく食くつてゐる。

日ひが立たつにつれて、收入しうにふの一定ていした私わたしの財政ざいせいは次第しだいに窮境きうけうに陷おちいる。豐島とよしまのためにも亂みだされたのだ。しかし彼かれは私わたしを信しんじ切きつてゐる。私わたしの迷惑めいわくなどは微塵みぢんも念頭ねんとうに置おいてゐない。「困こまつたら二人ふたりで放浪はうらうするさ」と、放浪はうらうの夢ゆめを描ゑがいて見みせるが、私わたしにはそれが何なんの興味きようみもない。彼かれは放浪はうらう流離りうり薄命はくめいの文字もじを見みてすら胸むねを躍おどらすであらうが、私わたしには艶つやも香にほひもない空くうな文字もじたるに過すぎぬ。それで彼かれが無職むしよくの徒とや貧民ひんみんと無理强むりぢいに交際かうさいを結むすび、彼等かれらに解かいし難がたい氣燄きえんを吐はいて樂たのしみとしてゐる間あひだに、私わたしは小山こやまに會あひ、加瀨かせ一輩ぱいの噂うはさを聞きいて、眠ねむつた心こゝろを醒さましてゐた。

(十一)

豐島とよしま同居どうきよ以來いらい小山こやまは前程まへほど繁々しげ〳〵と訪たづねて來こぬ。豐島とよしまを嫌きらつてか、戀事いろごとに忙せわしいためかであらう。私わたしはこの人ひとばかりは會あひたくなるので、或日あるひ學校がくかうの歸かへりに立寄たちよつたが、朝あさから歸かへらぬさうだ。

私わたしは失望しつばうした。暫しばらく上野うへのの電車道でんしやみちに立たつて、何處どこへ行ゆかうかと考かんがえた。そして目めを尖とがらせて停留場ていりうぢやうに集あつまつてゐる數多あまたの男女だんぢよを見みてゐたが、細ほそ長ながい顏かほ丸まるい顏かほ、皆みな夕日ゆうひを浴あびて、汗あせと埃ほこりに鈍染にじみ、疲つかれた色いろをしてゐる。久ひさしく雨あめを見みぬ空そらは冴さえぬ色いろをして、その一方ぱうは黃きいろく濁にごつてゐる。目めの逹とゞく限かぎり生氣せいきは見みえぬ。若々わか〳〵しい色いろも香かもない。

私わたしは屈託くつたくした。

その揚句あげくふとお樂らくを訪たづねる氣きになり、徒士町おかちまちへ足あしを向むけた。お樂らくには小山こやまのお供ともで二三度ど會あつたきりで親したしくないのみか、私わたしはあの女をんなに憚はゞかられてゐるのだ。しかしその憚はゞかられてゐる所ところへ推おしかけて行ゆくと云いふことが、私わたしの倦うんだ心こゝろを刺激しげきして多少たせうの活氣くわつきも湧わいて來くる。

威勢ゐせいよく格子戶かうしどを開あけて、宿やどの妻君さいくんに「小山こやまさんは來きてゐませんか」と聞きくと、「今いま入いらしつて直すぐお歸かへりになりました」といふ。

「ぢやお樂らくさんは」

「ゐらつしやいますよ」

私わたしはそれ丈だけ聞きいて、無遠慮ぶえんりよにつか〳〵二階かいへ上あがつた。お樂らくは俯首うつぶしになつて手紙てがみを讀よんでゐたが、慌あはてゝ居住ゐずまひを直なほして、私わたしを見上みあげげた。ニコリともせず澁々しぶ〳〵座蒲團ざぶとんを出だした。

「小山こやま君くんが來きてるかと思おもつて」と、私わたしは言譯いひわけをして、わざと柔やさしく馴々なれ〳〵しい風ふうをして、「どうです、僕ぼくの家うちへも遊あそびに來きませんか」

「はあ」と、女をんなは手紙てがみを卷まいて封筒ふうとうに入いれた。小山こやまの噂うはさ加瀨かせの話はなしと、勉つとめて相手あひてを誘さそつても、向むかうから乗のつて來こない。埃ほこりを吹寄ふきよせる風かぜを厭いとうて障子しやうじを締切しめきつてあれば、冬ふゆ洋服やうふく着用ちやくようの私わたしには暑苦あつくるしくて窮屈きうくつだ。で、物好ものずきにこんな所ところにゐるにも當あたらぬと思おもつたが、今日けふは不思議ふしぎに腰こしが据すわつて動うごかない。

私わたしは加瀨かせが結婚けつこんする前まへに、不意ふいにこの女をんなを奪うばつて、加瀨かせに鼻はなを空あかせたら面白おもしろからうと思おもつた。小山こやまやその叔母をばや從妹いとこの前まへに並ならんで、加瀨かせの鈍にぶい神經しんけいを驚おどろかしてやりたい。私わたしは嫉妬しつとからかう思おもふのではない。只たゞ私わたしの目めには今いまでもポンチ繪ゑに見みえる加瀨かせに、自分じぶん自身じしんをそのやうに感かんじさせて見みたい。

そして女をんなを口說くどくに何なんの苦心くしんが入いらう、失敗しつぱいを耻はづる私わたしではない。他人たにんの後指うしろゆびを氣きにする私わたしではない。かねて電車でんしやを飛下とびおりる位くらゐの冒險ばうけんさへすれば、是非ぜひを云いはせず、女をんなは我わが者ものと信しんじてゐるのではないか、甞かつてお靜しづは手てを握にぎるだけで充分じふゞんであつた。かう思おもつたが、思おもふほど尙更なほさら口くちも手ても活動くわつどうしなかつた。

お樂らくは女學ぢよがく雜誌ざつしを讀よみ出だした。讀よむよりも屛風びやうぶ代がはりにして私わたしの視線しせんを避さけるのかも知しれぬ。私わたしは「何なにか面白おもしろいことが書かいてありますか」と、雜誌ざつしを引ひつたくるやうに取とつて、飜ひるがへして見みた。表紙ひやうし裏うらに「△△女史ぢよしに呈ていす」と書かいて、下したに加瀨かせの雅號ががうがある。お樂らくは恨うらめしい顏かほ付つきをした。

「△△つて貴女あなたですか」と、私わたしは冷ひやかすやうに云いつて、ジツとその文字もじを見詰みつめてゐたが、フイとお樂らくに目めを移うつすと、お樂らくは目めに淚なみだを湛たゝえてゐる。

「何なにか御用ごようがあつて被入いらしつたんですか」と切口上きりこうじやうで云いふ。

「えツ、別べつに用事ようじもないんです」と、私わたしは驚おどろいて云いつた。

「では何なにしに被入いらしつたのです」と、私わたしの手てから雜誌ざつしを奪返うばひかへし、表紙ひやうしを引裂ひきさき手てに力ちからを入いれて丸まるめながら、「貴下あなただつて加瀨かせさんだつて、私わたしを調戯からかいに被入いらつしやるんだわ、」

「何故なぜ! そんな譯わけはないぢやありませんか、小山こやま君くんは兎とに角かく僕ぼくや加瀨かせにそんな惡意あくいはないさ、殊ことに加瀨かせは貴女あなたに敬意けいゝを表ひやうしてるんですもの」

「加瀨かせさんとかゞ何どうなすつたつて、私わたし少ちつとも係合かゝりあひはありませんわ」と、お樂らくは淚なみだを拭ぬぐつて、「何なにが面白おもしろくつて、皆みなさんは五月蠅うるさく私わたしの家うちへ被入いらつしやるんでせう、私わたし姉ねえさんのやうに惡戯ふざけたお相手あひては出來できませんから、私わたし一人ひとりの時ときには、もう何方どなたもお出いで下くださらぬやうにお願ねがひ申まをします」と、屹きつとした口調くてうで云いつた。

私わたしも多少たせう極きまりが惡わるくないでもなかつたが、それよりもこの女をんなを不思議ふしぎに感かんじて、尙なほ座ざを立たたうとはせぬ。

「そんなに我々われ〳〵を嫌きらはなくつてもいゝでせう、何なにか事情じゞやうがあるんですか」と、私わたしは微笑びせうしながら靜しづかに云いつた。

お樂らくは暫しばらく默だまつてゐたが、先さきのむごい﹅﹅﹅言葉ことばを氣きの毒どくに感かんじたのか、急きふに柔やさしい聲音こはねで、「此頃このごろは身體からだの加減かげんですか、人樣ひとさまと賑にぎやかなお話はなししますのが、何なんだかつらいんですから、寧いつそ初はじめからお目めにかゝらん方はうがいゝと思おもひますわ」

「さうですか、東片町ひがしかたまちへもあまり行ゆかんのですか」

「えゝ。ちつとも、何時いつか歌留多かるた會くわいがあつて、貴下あなたも被入いらしつた時とき、參まゐりましたきり、あの後ごは一度ども窺うかゞひませんの、」

「だがあの連中れんぢうはよく此家こゝへ來くるんでせう」

「はあ、………あの方逹かたゝちは何故なぜあんなお話はなしばかりなさるんでせう、雜誌ざつしにお書かきになつてることゝは丸まるで違ちがつてますのね」お樂らくは顏かほも心こゝろも落付おちついたやうだ。で、身體からだを品しなやかに曲まげて、雜誌ざつしを默讀もくどくしてゐたが、又また起直おきなほつて雜誌ざつしを指先ゆびさきでいぢくり﹅﹅﹅﹅ながら、「貴下あなたは學校がくかうの先生せんせいをして居ゐらつしやるんですつてね」

「さうです、小ちいさい私立しりつ學校がくかうの敎師けうしだから、月給げつきうは安やすいし、加瀨かせのやうに贅澤ぜいたくは出來できません、これで十年ねん近ぢかくも苦學くがくして、こんな境遇けうぐうですからね………だが、貴女あなたは何故なぜ二人ふたりつきりで部屋へや借がりをして、役所やくしよ通がよひなんかしてるのです、尤もつとも小山こやま君くんからは貴女あなたの事ことをよく聞きいてるけれど」

「小山こやまさんが何なにを云いつたつて當あてになるものですか、あんな淺薄せんぱくな人ひと」と卑下さげすむやうに云いつて、「私わたしどうかして一日じつも早はやく姉あねと別わかれて、一人ひとりで暮くらしたいと思おもひます、」

「心こゝろ細ぼそいことを云いひますね、何なにか考かんがへがあるんですか」

「女をんなでも學問がくもんしなくちやなりませんわね、私わたしなんか小學校せうがくかうを卒業そつげふしたばかりですから………」

「それで澤山たくさんさ、橫文字よこもじを習ならふよりや三味線さみせんでも習ならつた方はうが女をんならしくていゝ」

「ですけど、私わたし少ちいさい時ときから三味線さみせんなんか習ならつたのを後悔こうくわいしますわ、何なんだか早はやく忘わすれてしまひたいやうな氣きがしますのよ」と、邪氣あどけない風ふうが見みえる。

そして私わたしが學校がくかうの敎師けうしであるためか、私わたしに向むかつて女子ぢよしの學問がくもんの方法はうはふ西洋せいやう音樂おんがく硏究けんきうの順序じゆんじよを質問しつもんした。明治めいぢの女子ぢよしの心掛こゝろがけ、新あたらしい家庭かていの道德だうとくなど、女學ぢよがく雜誌ざつしから得えたと思おもはれる問題もんだいを提出ていしゆつして、漢語かんご交まじりで私わたしに解答かいたふを促うながした。こんな問題もんだいならさぞ﹅﹅加瀨かせには興味きようみがあるであらうが、私わたしの耳みゝにはノンセンスだ、で、いゝ加減かげんに返事へんじをして、「休日きうじつに私わたしの家うちへお出いでなさい」と云いつて、戶外そとへ出でた。

家うちへ歸かへると、豐島とよしまが垢染あかじみた單衣ひとへを着きて肱枕ひぢまくらで寢ねころんでゐたが、私わたしを見みると、靑あをい顏かほを持上もちあげて、「今日けふはいやな天氣てんきだから頭あたまが重おもい」と、口くちをもが〳〵させた。

「酒さけを呑のまんからだらう」

「うん、金かねがないから」

「意氣地いくぢがないね」

「少すこし持もつてたのを、今いま乞食こじきにやつちまつた、………今日けふ又またあの女をんなが來きたよ、靑あをい顏かほの女をんなが、妙めうな奴やつだね、何なにをしに來くるんだらう、君きみはどうして知しつてるんだ」

「以前いぜんこの隣となりに住すんでたのだ、あれのお母ふくろに飯めしを炊たいて貰もらつたこともある、何なにか云いつてたか」

「いや、直すぐ歸かへつちやつたが、憐あはれつぽい女をんなだね、僕ぼくは同情どうじやうする」

この夜よ彼かれは豪語がうごも吐はかず、古行李ふるかうりを開あけて黴かびの生はへた浴衣ゆかた、袖そでの千切ちぎれた綿入わたいれ、古雜誌ふるざつし古書物ふるしよもつを引出ひきだして整理せいりしてゐた。私わたしは散步さんぽがてらお靜しづの家うちの周圍まはりを迂路うろついて、家うちの者ものの目めを忍ぬすんでお靜しづを引出ひきだした。鈍色にぶいろの雲くもに星ほしも隱かくれ、女をんなの顏かほははつきり﹅﹅﹅﹅見みえなかつたが、私わたしは顏かほを見みようともせぬ、聲こゑを聞ききたくもない。そして晝ひるに見みたお樂らくの柔やわらかい肌はだえを黑闇くらやみの中うちに思おもひ浮うかべながら、お靜しづの袖そでに觸ふれ、お靜しづの息いきに觸ふれてゐた。

その後ごも二三度どお靜しづに會あつた。會あつた後のちは何時いつも不快ふくわいな感かんに堪たへぬので、豐島とよしまに向むかつて、「彼女あれが又また來きたら追拂おつぱらつて吳くれ、性質たちの惡わるい女をんなだから」と賴たのんで置おく。しかし豐島とよしまは「同情どうじやうすべき女をんな」と定きめてしまつて、私わたしの留守るすにも座敷ざしきへ通とほして睦むつまじく話はなしをするやうになつた。

(十二)

當あてにもしないが、萬一まんいちお樂らくが私わたしを尋たづねて來くるかも知しれんと心待こゝろまちにすることもあつた。小山こやまは十日とをかも顏かほを見みせぬ。

その中うち五月ぐわつは暮くれる。私わたしは豐島とよしま同居どうきよが影響えいきやうして、月末げつまつの拂はらひに困こまつた。豐島とよしまは君きみと苦樂くらくを共ともにすると云いつて、汚よごれた衣服きものを賣飛うりとばしたが、それが幾何いくらにならう。で、寧いつそ有あるに甲斐かひなき家いへを疊たゝんで下宿げしゆくをしようか、豐島とよしまを追出おひだす口實こうじつにもなるし、それにお靜しづと手てを切きるに都合つがふもよしと思おもひ、そろ〳〵安下宿やすげしゆくの捜索さうさくを初はじめた。或日あるひも散步さんぽを兼かねて宿やどを捜さがすつもりで、電車でんしやに乗のつたが、思おもひがけなく向側むかうがはに小山こやまがゐて、突如だしぬけに、「君きみ大變たいへんへんな事ことが出來できてね」と、目めを据すゑ口くちを尖とがらせて云いつた。

「そうか」と、私わたしは何なにを仰山げふさんさうにと心こゝろでは思おもつてゐた。

「徒士町おかちまちの美人びじんが二人ふたりともゐなくなつたよ、あの家うちで聞きいても何處どこにゐるか分わからないんだ、それに役所やくしよへも行いかんらしいよ、餘程よほど變へんだよ」

「だが君きみに知しらせんとは不思議ふしぎだね、嫌きらはれたのか」

「何どうだかね、此頃このごろ聞きいたのだが、姉あねの方はうは隨分ずゐぶん曰いはくのある奴やつで、色いろんな男をとこに關係くわんけいしてたやうだがね」

「君きみもその一人ひとりぢやないか」

「だつて僕ぼくあ少すこしも金かねを費つかはんからいゝさ」と、恍とぼけた顏かほをする。

「加瀨かせも失望しつばうしてるだらう」と、私わたしは加瀨かせの悄氣しよげた樣子やうすを想像さう〴〵して冷ひやゝやかに笑わらつた。

「いや、あの男をとこはそうでもない、あんな女をんなは幾いくらもあらあと澄すましてゝ、此頃このごろは頻しきりに品川しながはの鳥屋とりやへ通かよつてるよ」

と、云いつて、大聲おほごゑで笑わらつて電車でんしやを下おりた。

私わたしはお樂らくの行衞ゆくゑ不明ふめいを愉快ゆくわいにも感かんじたが、又また何處どこへ行いつて何なにをしてゐるか知しりたくも思おもつた。壓をさへがたき一種しゆの好奇心かうきしんに驅かられて、わざ〴〵徒士町おかちまちの舊宅きうたくを訪たづねたが、妻君さいくんは猜疑さいぎの目めで私わたしを見みて、「存ぞんじません」と卒氣そつけない返事へんじをして、取とりつく島しまもない。その中うち私わたしは僅わづかの家財かざいを賣拂うりはらつて、こつそり﹅﹅﹅﹅市いちケ谷やの下宿げしゆく屋やへ移うつつた。豐島とよしまは別べつに不平ふへいも云いはず空からつぽの古行李ふるかうりと古机ふるづくゑとを持もつて出でて行いつた。豐島とよしまには離はなれ、止やむを得えぬ些少させうの借金しやくきんは片付かたづき、お靜しづには住所じうしよも知しらせねば、向むかうから訪たづねることも途絕とだえ、私わたしは以前いぜんの如ごとく靜しづかな日ひを送おくり、只たゞ小山こやまとのみ往來わうらいして、加瀨かせの噂うはさ世よの靑年せいねんの消息せうそくを語かたり合あつては冷ひやかしたり嘲あざけつたりして喜よろこんでゐた。箱崎町はこざきちやう通がよひも元もとの通とほり。

平坦へいたんな日ひが暮くれて平坦へいたんな夜よが明あける。煙草たばこを吸すひ湯ゆを呑のんで幾いく時間じかんを過すごすことも多おほい。痴鈍ちどんな長沼ながぬまの目めにも私わたしが不思議ふしぎに見みえたのか或日あるひ敎員室けうゐんしつで、

「君きみは田舎ゐなかに家いへがあるんだから、敎師けうしなんかしないで、田舎ゐなかに歸かへつたらいゝぢやないか」と眞面目まじめでいつた。

「僕ぼくは田舎ゐなかを思おもひ出だしてもぞつ﹅﹅とする、これで東京とうきやうに居をればこそ、誰だれが死しなうと病わづらはうと、犬いぬや猫ねこと同樣どうやうに見みてゐられるんだが、田舎ゐなかはそういかんからね」

語調ごてうが銳するどかつたのか、長沼ながぬまは私わたしを見上みあげて呆氣あつけに取とられてゐたが、

「僕ぼく等らはまだ老人らうじんでもないが、生活くらしが立たちや田舎ゐなかへ引込ひつこんで氣樂きらくに送おくりたいと思おもふ、君きみ逹たちが都會とくわいにゐたがるのは、まだ一家かの苦勞くらうを經驗けいけんせんからだ」

「十八番おはこが始はじまつたね」

と、私わたしは例れいの敎員けうゐんを尻目しりめにかけた。長沼ながぬまは腕力わんりよくも俸給ほうきうも智識ちしきも私わたしに及およばぬが、只たゞ年齡ねんれいに於おいて一日じつの長ちやうがあるので、どうかすると、「君きみは若わかいからねえ」とか「まだ經驗けいけんが足たらんから」とか云いつて、僅わづかに哀あはれなる自己じこを主張しゆちやうしてゐる。

私わたしは或時あるとき長沼ながぬまのために爭あらそつた。校長かうちやうが彼かれを無能むのうとして排斥はいせきしかけたのを遮さへぎり、彼かれの爲ために拳こぶしを握にぎり目めを怒いからせて辯護べんごした。私わたしの意見いけんは用もちひられて無事ぶじに收おさまつたが、返事へんじ次第しだいで校長かうちやうを毆打おうだせんとまで息込いきごんだのだ。長沼ながぬまは私わたしの俠骨けふこつを喜よろこび、下宿げしゆくへ來きて淚なみだながらに感謝かんしやした。しかし私わたしは深ふかい同情どうじやうから彼かれを擁護えうごしたのではなくて、只たゞ氣きまぐれに過すぎぬのであつた。退屈たいくつさましの戯たはむれに過すぎぬのであつた。

(十三)

或日あるひ小山こやまはようやく「お樂らくの住所じうしよが分わかつた」と、さも傲ほこり顏がほに私わたしに吿つげた。

「何處どこにゐる」

「芝しば四國こく町まち二十三番地ばんち、捜さがすのに困こまつたよ、學校がくかうへ行いつてたそうだがね、今いまはそれどころぢやない。大變たいへん困こまつてる、何なんでも姉あねが惡わるい男をとこに引ひつかゝつたので、妹いもうとの貯金ちよきんまで絞しぼり取とられたらしいよ、それで姉あねは妹いもうとに離はなれて何處どこかへ行いつて、お樂らく一人ひとり泣なきの淚なみだで暮くらしてらあ、いゝ氣味きびさ、僕ぼく等らを欺だましやがつた天罰てんばつだ」

「加瀨かせが保護ほごして吳くれるだらう」

「なあに、加瀨かせはもう結婚けつこんの準備じゆんびに忙せわしいから、お樂らくのことは忘わすれてる」

「さうか、相手あひては誰だれだ」

「お楠くす、僕ぼくの從姉いとこだ」

「ぢや加瀨かせと君きみとは親類しんるゐになるんだね」と、私わたしはお楠くすのブク〳〵肥ふとつた身體からだとおチヨボ口ぐちを思おもひ浮うかべながら、

「加瀨かせも方々ほう〴〵嗅かいで步あるいたが、つまりは手近てぢかい所ところで間まに合あはすんだね、」

「叔母をばは不賛成ふさんせいだつたが、まあ輕便けいべんでいゝさ」

と、小山こやまは利害りがい相關あひくわんせずと云いつた風ふうだ。

その夜よ私わたしは久振ひさしぶりで加瀨かせに手紙てがみを送おくつた。

「もう結婚けつこんするさうだね、お目出度めでたう、御披露ごひろうの節せつに僕ぼくも招まねいて吳くれ玉たまへ、吉例きちれいに謠曲うたひくらゐ謠うたはうよ、兎とに角かく君きみは羨うらやましい、徴兵ちやうへい檢査けんさが濟すむと、苦情くじやうも云いはずに結婚けつこんする、やがて子こが生うまれるだらう、やがて君きみの顏かほに皺しわが出來できるだらう、」

加瀨かせからの返書へんしよは略ほゞ一尋ひとひろもあつた。謹つゝしんだ手跡しゆせきで、さも考かんがへたらしい文句もんくに滿みちてゐた。その中うちに

「結婚けつこん以前いぜんには、若わかいい女をんなの眼めは悉こと〴〵く僕ぼくに對たいして媚こびを呈ていしてゐるやうに思おもはれたが、女房にようぼが定きまつてからは、全然まるで態度たいどが一變ぺんしたやうに感かんぜられる。瞳ひとみの底そこの方はうで冷ひやゝかに笑わらひながら、お前まへさんはもう駄目だめですよ」と云いつてゐる。何なにおれが女房にようぼを貰もらつたかどうだか、見みず知しらずの世間せけんの女をんなに解わかる譯わけがない、氣きの所爲せいだと安心あんしんして見みるが、矢張やはりり『駄目だめだ〳〵、白羽しらはの矢やは東片町ひがしかたまちの屋根やねの上うへ』と云いつてゐて相手あひてにしない」と云いふ文句もんくがあつて、終をはりに「君きみよ、戀こひすべし、結婚けつこんすべからず」と、世路せろに老をいた人ひとの云いひさうな文句もんくを添そえてゐる。

私わたしは却かへつて彼かれに飜弄ほんろうされたやうに感かんじてヂレた。彼かれは何時いつまでも太平たいへいである。道樂だうらくに仕事しごとをして道樂だうらくに世よを逹觀たつくわんしたやうな皮肉ひにくを云いつて、そして道樂だうらくに戀こひをし結婚けつこんもしてゐる。

で、この時とき彼かれを冷笑れせうする勇氣ゆうきもなかつた。そしてこの一夜や二三年來ねんらいの反抗心はんこうしんの消きえて、何なんとなく人懷ひとなつかしくなつた。

今朝けさからの梅雨つゆが夕立ゆふだち模樣もやうになつて、向むかひの屋根やねには水煙みづけぶりを立たて、激はげしい音おとで降濺ふりそゝいでゐるのに恐おそれず、宿やどを飛出とびだした。小山こやまの氣樂きらくな話はなしを聞ききたいのでもなく、お靜しづの靑あをい顏かほを見みたいのでもなく、只たゞ一圖いちづに豐島とよしまに會あひたくなつた。彼かれの濡うるんだ目めを見みたい、彼かれの情熱じやうねつの言葉ことばを聞ききたい。

正宗 定價六拾錢

著 紅塵(三版)

白鳥 郵稅八錢

明治四十一年十月十八日印刷 何處へ奧付

明治四十一年十月廿五日發行 定價八拾五錢

著作者 正宗白鳥

東京市麹町區飯田町六丁目廿四番地

不 許 發行者 西本波太

東京市小石川區久堅町百〇八番地

複 製 印刷者 山田英二

東京市小石川區久堅町百〇八番地

印刷所 博文館印刷所

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東京市麹町區飯田町六丁目二十四

發行所 易 風 社

振替口座一二〇三四番

Transcriber's Notes(Page numbers are those of the original text)

原文 珈珈店こーひーてん(p. 3)

訂正 珈琲店こーひーてん

原文 良體からだ(p. 4)

訂正 身體からだ

原文 「如何いかにして(p. 5)

訂正 如何いかにして

原文 あらあね」、(p. 13)

訂正 あらあね」

原文 微錄びろく(p. 17)

訂正 微祿びろく

原文 武具ぶく(p. 18)

訂正 武具ぶぐ

原文 始ほとんど(p. 23)

訂正 殆ほとんど

原文 言葉ことばた(p. 25)

訂正 言葉ことばを

原文 被入いらつらやる(p. 29)

訂正 被入いらつしやる

原文 私わわし(p. 30)

訂正 私わたし

原文 壁かべはは(p. 31)

訂正 壁かべには

原文 暫しばららく(p. 34)

訂正 暫しばらく

原文 外戶そと(p. 38)

訂正 戶外そと

原文 初はじめて間(p. 39)

訂正 初はじめの間

原文 堪たゝへ(p. 40)

訂正 湛たゝへ

原文 强ひいて(p. 44)

訂正 强しいて

原文 程ほどでもないだけど(p. 45)

訂正 程ほどでもないんだけど

原文 頂あづけんのです(p. 45)

訂正 頂いただけんのです

原文 面白おもしはい(p. 45)

訂正 面白おもしろい

原文 聞きいてゝても(p. 48)

訂正 聞きいてゝも

原文 見みたくなつたの」。(p. 49)

訂正 見みたくなつたの」

原文 お成なりなさいな」。(p. 49)

訂正 お成なりなさいな」

原文 云いふですか(p. 51)

訂正 云いふのですか

原文 出入しゆつにい(p. 52)

訂正 出入しゆつにふ

原文 健次けんじなどか(p. 52)

訂正 健次けんじなどが

原文 招まぬかれる(p. 53)

訂正 招まねかれる

原文 一寸ちよと(p. 53)

訂正 一寸ちよつと

原文 定さだる(p. 64)

訂正 定さだまる

原文 聲こゑをかける、(p. 65)

訂正 聲こゑをかける。

原文 月初つきはじで(p. 67)

訂正 月初つきはじめで

原文 並ならべるか(p. 67)

訂正 並ならべるが

原文 記行きこう(p. 68)

訂正 紀行きこう

原文 洩もららした(p. 70)

訂正 洩もらした

原文 酷ひどいは(p. 74)

訂正 酷ひどいわ

原文 如何どうにして(p. 74)

訂正 如何いかにして

原文 持もつてゝ(p. 81)

訂正 持もつてつて

原文 その宅たくを出いて(p. 83)

訂正 その宅たくを出でて

原文 上あがかるか(p. 84)

訂正 上あがるか

原文 何なにだか(p. 86)

訂正 何なんだか

原文 兄あにさん(p. 86)

訂正 兄にいさん

原文 主婦しうふ(p. 89)

訂正 主婦しゆふ

原文 御馳走ごちさうなんか(p. 89)

訂正 御馳走ごちそうなんか

原文 叙情的じよじやうきて(p. 90)

訂正 叙情的じよじやうてき

原文 氣心きこゞろ(p. 91)

訂正 氣心きごゝろ

原文 やがで(p. 94)

訂正 やがて

原文 それには(p. 95)

訂正 それにね

原文 續つゞけてやつけば(p. 96)

訂正 續つゞけてやつてけば

原文 訴うたへる(p. 96)

訂正 訴うつたへる

原文 起上おきあつた(p. 99)

訂正 起上おきあがつた

原文 咳つぶやいた(p. 101)

訂正 呟つぶやいた

原文 滅入めついつた(p. 101)

訂正 滅入めいつた

原文 話はなを(p. 103)

訂正 話はなしを

原文 躊躇ちうよよ(p. 106)

訂正 躊躇ちうちよ

原文 以前いせん(p. 107)

訂正 以前いぜん

原文 移うつてる(p. 108)

訂正 移うつつてる

原文 焦慮ぢれで(p. 108)

訂正 焦慮ぢれて

原文 終始しゞう(p. 111)

訂正 終始しゆうし

原文 欺あざいて(p. 111)

訂正 欺あざむいて

原文 働はたく(p. 112)

訂正 働はたらく

原文 女供をんなども(p. 115)

訂正 女共をんなども

原文 土古耳とるこ(p. 117)

訂正 土耳古とるこ

原文 何なんんだつて(p. 117)

訂正 何なんだつて

原文 「目めを細ほそく(p. 119)

訂正 目めを細ほそく

原文 駄目だめだ」。(p. 120)

訂正 駄目だめだ」

原文 考かんへて(p. 123)

訂正 考かんがへて

原文 兄あにさん(p. 125)

訂正 兄にいさん

原文 身分じぶん(p. 129)

訂正 自分じぶん

原文 麥酒て《びーる》(p. 132)

訂正 麥酒で《びーる》

原文 閾しきみ(p. 133)

訂正 閾しきゐ

原文 靑あほくて(p. 135)

訂正 靑あをくて

原文 縦橫無盡じゆうわうむじゆん(p. 135)

訂正 縦橫無盡じゆうわうむじん

原文 癩しやく(p. 139)

訂正 癪しやく

原文 兩手れうて(p. 140)

訂正 兩手りやうて

原文 詮方せんたか(p. 141)

訂正 詮方せんかた

原文 打うたたれる(p. 143)

訂正 打うたれる

原文 入被いらつしやい(p. 146)

訂正 被入いらつしやい

原文 甲裴かひ(p. 150)

訂正 甲斐かひ

原文 恐こはうであしてね(p. 155)

訂正 恐こはうごあしてね

原文 忰がれれ(p. 155)

訂正 忰せがれ

原文 ずり込こんて(p. 159)

訂正 ずり込こんで

原文 出でで(p. 162)

訂正 出でて

原文 異ちがつたものんだね(p. 164)

訂正 異ちがつたものだね

原文 言葉ことば少すくない(p. 168)

訂正 言葉ことば少すくなに

原文 突込つきこみ。(p. 168)

訂正 突込つきこみ、

原文 堆積せきたい(p. 171)

訂正 堆積たいせき

原文 二十歲はなち(p. 178)

訂正 二十歲はたち

原文 賑にぎやがた(p. 181)

訂正 賑にぎやかだ

原文 切きられるぞ」。(p. 187)

訂正 切きられるぞ。」

原文 隱かくし(p. 187)

訂正 隱かくし

原文 見廻みまはず(p. 189)

訂正 見廻みまはす

原文 怠だくて(p. 190)

訂正 怠だるくて

原文 止やんだか(p. 193)

訂正 止やんだが

原文 明あかるるく(p. 193)

訂正 明あかるく

原文 大床胡おほあぐら(p. 201)

訂正 大胡床おほあぐら

原文 眺ながめめて(p. 202)

訂正 眺ながめて

原文 捨ひろつた(p. 203)

訂正 拾ひろつた

原文 吉公きちまつ(p. 204)

訂正 吉松きちまつ

原文 口眞似にちまね(p. 209)

訂正 口眞似くちまね

原文 先さきき(p. 209)

訂正 先さき

原文 逹公たつこうな(p. 210)

訂正 逹公たつこうは

原文 顏かほか(p. 211)

訂正 顏かほが

原文 暇ひまがあれが(p. 211)

訂正 暇ひまがあれば

原文 聞きかせます(p. 216)

訂正 聞きかせます。

原文 娘むすめさんか(p. 224)

訂正 娘むすめさんが

原文 どうでず(p. 227)

訂正 どうです

原文 缺かげた(p. 230)

訂正 缺かけた

原文 貴下方あなたがたも(p. 231)

訂正 「貴下方あなたがたも

原文 世態話しよたいばはし(p. 235)

訂正 世態話しよたいばなし

原文 因こまつて(p. 235)

訂正 困こまつて

原文 立たつだけても(p. 240)

訂正 立たつだけでも

原文 勤すゝめた(p. 243)

訂正 勸すゝめた

原文 仰あふせつかたつて(p. 246)

訂正 仰あふせつかつて

原文 尊敬そんけいしてるんでず(p. 247)

訂正 尊敬そんけいしてるんです

原文 僕ぼくも(p. 255)

訂正 「僕ぼくも

原文 書かきかけゐる(p. 256)

訂正 書かきかけてゐる

原文 後園こうえん(p. 256)

訂正 公園こうえん

原文 それ白面おもしろもからう(p. 259)

訂正 それも面白おもしろからう

原文 渦中くわちうゆ(p. 259)

訂正 渦中くわちゆう

原文 經たえる(p. 264)

訂正 絕たえる

原文 て、自分じぶんは(p. 264)

訂正 で、自分じぶんは

原文 山吹町《やまぶしちやう》(p. 266)

訂正 山吹町《やまぶきちやう》

原文 始はじある(p. 274)

訂正 始はじめる

原文 取立とりてて(p. 279)

訂正 取立とりたて

原文 自身じゝんには(p. 279)

訂正 自身じゝんも

原文 のこ男をとこ(p. 281)

訂正 この男をとこ

原文 育そだて上あけて(p. 281)

訂正 育そだて上あげて

原文 險幕けんまく(p. 282)

訂正 劍幕けんまく

原文 籠こもつてるのでもないか、(p. 282)

訂正 籠こもつてるのでもないが

原文 睨にらみつけてゐたか(p. 284)

訂正 睨にらみつけてゐたが

原文 散步さんぽして入いらしつたんですが(p. 284)

訂正 散步さんぽして入いらしつたんですか

原文 嘲あざげつてる(p. 286)

訂正 嘲あざけつてる

原文 梅雨つゆて(p. 291)

訂正 梅雨つゆで

原文 脫ぬいて(p. 297)

訂正 脫ぬいで

原文 持上もちあけて(p. 300)

訂正 持上もちあげて

原文 金かねたか(p. 302)

訂正 金かねだが

原文 襲おそばれて(p. 302)

訂正 襲おそはれて

原文 門札もんさつか(p. 312)

訂正 門札もんさつが

原文 加瀨せせ(p. 314)

訂正 加瀨かせ

原文 さんだ(p. 315)

訂正 さんざ

原文 御存知ごぞんじじなんですね(p. 319)

訂正 御存知ごぞんじなんですね

原文 「新奇しんきだといふ」(p. 336)

訂正 「新奇しんきだ」といふ。

原文 汗あせばんた(p. 338)

訂正 汗あせばんだ

原文 死際しにぎはまて(p. 339)

訂正 死際しにぎはまで

原文 來きたのぢないか(p. 340)

訂正 來きたのぢやないか

原文 濃こいい(p. 324)

訂正 濃こい

原文 誰だか(p. 354)

訂正 誰だれか

原文 衣食いしよくの慾よくと少すくなく(p. 348)

訂正 衣食いしよくの慾よくは少すくなく

原文 ですけと(p. 354)

訂正 ですけど

原文 フロツツコート(p. 360)

訂正 フロツクコート

原文 飄輕ひやうひんな眞似まね(p. 362)

訂正 飄輕ひやうきんな眞似まね

原文 子供こどもぢまありませんか(p. 363)

訂正 子供こどもぢやありませんか

原文 嗅かく(p. 366)

訂正 嗅かぐ

原文 朝あさかぬ(p. 369)

訂正 朝あさから

原文 居ゐらつしやるんてすつてね(p. 374)

訂正 居ゐらつしやるんですつてね

原文 なるものてすか(p. 374)

訂正 なるものですか

原文 尋たづぬて(p. 377)

訂正 尋たづねて

●文字・フォーマットに関する補足

句読点は原則として原著のそれを維持したが、カギ括弧を閉じた後に読点「、」が振られている場合は、誤植とみなして読点を省いた。

「空想家」では「山吹町」と「山伏町」が混在しているが、そのままにした。

原文で印刷の不明瞭な部分、誤植と思われる部分は一九八三年刊行正宗白鳥全集第一巻(福武書店)を参照し確認したうえで訂正した。

片仮名の「ネ」をあらわす漢字の「子」に似た字は「ネ」の字で代用した。

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