株虹
Reading edition
太平洋岸たいへいやうがんの激浪げきらう怒濤どとう、東北とうほく地方ちはうの荒凉かうれうたる光景くわうけいは見馴みなれてゐるが、これ等らはどうも予よの性しやうに合あはぬ。それでこの秋あきは局面きよくめんを變かへて、瀨戶内海せとないかいの沿岸えんがんに寫生しやせい旅行りよかうをした。氣きに入いつた土地とちには五日いつかでも六日むいかでも滯在たいざいし、厭いやになれば夜中よなかにでも出立しゆつたつする。贅澤ぜいたくを盡つくす旅たびでもなく、名所めいしよ舊蹟きうせきを遍歷へんれきするのでもなく、只たゞ海岸かいがんを巡めぐつて柔やはらかい波なみの音おとを聞きき、よく食くらひよく眠ねむるを喜よろこんで一月ひとつきばかりを過すごした。その中うち旅費りよひも乏とぼしくなり、歸京きゝやうの期きも迫せまり、申譯まをしわけばかりのスケツチも、大分だいぶん量張かさばつた頃ころ、或ある無名むめいの海岸かいがんに最後さいごの旅裝りよさうを解といて數日すうじつを送おくることゝした。
夜よる遲おそく着ついて撰擇せんたくの暇ひまもなく、酒樓しゆらう兼帶けんたいの小ちいさい薄汚うすぎたない旅人宿はたごやに宿とまつたが、案外あんぐわいによく眠ねむれたので、翌日よくじつは早朝さうてうから畫板ぐわばんを提ひつさげて海邊かいへんへ出でた。藻草もくさの臭にほひや魚さかなの臭にほひはするが、既すでに鼻はなに馳なれて、それが何なんとなくいゝ氣持きもちがする。呟つぶやく如ごとく足下あしもとへ寄よる波なみの音おとを聞きくと、潮うしほの中なかへ全身ぜんしんを浸ひたして、骨髓こつずゐまで海氣かいきに染そみたくなる。山間やまがには秋あきの哀あはれさ淋さびしさが露骨むきだしにあらはれてゐやうが、少すくなくも瀨戶内海せとないかいの潮風しほかぜには、しんみり﹅﹅﹅﹅した穩おだやかな香にほひが漂たゞようてゐても、萬物ばんぶつを凋落てうらくせしむる氣きを含ふくんで居ゐない。
予よは二三十分間ぷんかん徐おもむろに滿みち來くる潮うしほに對たいし、陸りくから十丁ちやう乃至ないし一里りの海中かいちゆうに浮うかんでる二三の小ちいさい島しまの間あひだから、一つ二つ夜漁やれふの舟ふねの歸かへりかけてるのを見みて後のち、スケツチに取とりかゝつてると、知しらぬ間まに後うしろから誰たれやら覗のぞいてゐて、「うまい物ものだな」と無遠慮ぶえんりよに聲こゑを掛かけた。旅行中りよかうちゆう寫生しやせいの度たび每ごとに田舎物ゐなかものに取卷とりまかれて、高たかい聲こゑで奇妙きめうな批評ひゝやうを聞きかされるのに馴なれてゐるから、別べつに氣きにも留とめなかつたが、この男をとこは予よの前まへに立たつて、如何いかにも馴なれ〳〵しく、
「貴下あなたは何處どこからお出いでなすつた、岡山をかやまですか、上方かみがたですか」と問とひ掛かける。
予よは變へんに思おもつて見上みあげると、丈たけの短みじかい筒袖つゝそでを着き、鼻下びかに髯ひげを蓄たくはへた男をとこで、釣竿つりざほを肩かたにかけ、手てに魚籠びくを提さげてゐる。言葉ことばつきから態度たいどまで、只たゞの漁夫れうしとは思おもへない。肥ふとつた柔和にうわな顏かほには微笑ゑみを含ふくんでゐる。
「東京とうきやうです」と、予よが簡單かんたんに答こたへると、
「はゝは東京とうきやうですか、私わたしも十年ねんも前まへに彼地あちらに參まゐつたことがあります」と、多少たせう自慢じまんの色いろを見みせて、「そして、今いまは何處どこに宿やどをお取とりですか」と、さも懇意こんいさうに話はなしかける。
「日野屋ひのやといふ家うちです」
「うん、彼家あすこですか」と、眉まゆを顰ひそめて、「ぢや八釜やかましくてお困こまりでせう。あれは下等かとうな家うちでさあ、とても東京とうきやうの方かたがお宿とまりなさる所ところぢやありません。と云いつて、外ほかにいゝ宿やどもないんですが」と、賴たのみもせぬに、首くびを傾かしげて考かんがへてゐたが、やがて、「ぢや、どうです、私わたしの家うちへお出いでなすつちや、丁度ちやうど離座敷はなれが空あいてゐますから、お貸かし申まをしても差支さしつかへありません」
「はあ、都合つがふでお願ねがひに參まゐりませう」と予よは卒氣そつけない返事へんじをして、あまり取合とりあはなかつたが、彼かれは「是非ぜひお出いでなさい」と繰返くりかへし、「あの宮みやの後うしろです、鶴崎つるざきといやあ直すぐ分わかります」と、顋あごで敎をしへて、丁寧ていねいに予よに一禮れいし、杭くひに繋つないである小舟こぶねに飛乗とびのつた。予よはその漕こぎ行ゆく姿すがたを見送みおくり、田舎物ゐなかものの呑氣のんきで隔へだてなきを羨うらやましく感かんじた。それからぞろ〳〵﹅﹅﹅﹅集あつまつて來くる鼻垂はなたれ小憎こぞう子守こもりなどを相手あひてに寫生しやせいしたり、無邪氣むじやきな話はなしをして一日にちを暮くらした。で、宿やどへ歸かへると、据風呂すゑふろに入はいつて後のち、相宿あひやどの旅商人たびしやうにんと世間せけん話ばなしをしながら、夕食ゆふめしを食くつてゐたが、ふと彼かの男をとこを思おもひ出だし、お給仕きうじの女主人かみさんに向むかひ、
「女主人おかみさん、鶴崎つるざきといふ家うちがあるだらう、何なにをする家うちかね」
と聞きくと、女主人かみさんは頓狂聲とんきやうごゑを出だして、
「何なにもしちやゐなさらん、お金持かねもちだもの」
「髯ひげのある人ひとは、あれが鶴崎つるざきの旦那だんなかい」
「ありや若旦那わかだんなだあ」
「ぢやあの人ひとは釣つりばかりして、遊あそんで暮くらしてるんかい」
「えゝ、釣つりにも行ゆきなさるし、獵れうにも行ゆきなさる。結構けつかうな身分みぶんで御座ございまさあ」
「ぢや釣つりも獵れうも上手じやうずだらうな」
「なあに、去年きよねんも鐵砲てつぱうの狙ねらひを間違まちがへて、柴草しばくさあ刈かつてる女をんなの足あしに傷きづをつけたんで御座ございまさあ、それからちうものは、若旦那樣わかだんなさまが鐵砲打てつぱうゝちに出でなさると、芝刈しばかりは逃にげ出だす位くらゐだ」と女主人かみさんは鐵漿おはぐろの齒莖はぐきを出だしてにつたり﹅﹅﹅﹅笑わらつた。
「鶴崎つるざきといやあ、この界隈かいわいで一番ばんの家柄いへがらでさあ、隨分ずゐぶん村むらの事ことにや肩かたを入いれたもので、この海端うみばたの道普請みちぶしんなんか一人ひとりでやつたものでね、村むらの者ものがお禮れいに石碑せきひを立たてた程ほどだ。村むらにや大たいした恩人おんじんで、鶴崎つるざきの屋敷やしきにや落書らくがき一ひとつする者ものがないていふ評判ひやうばんだつたが、今いまは世よが違ちがつて來きた」と、旅商人たびあきんどの素麺屋そうめんやは、薄黑うすぐろい飯めしを鵜呑うのみにして、赧あかい顏かほに歎息たんそくの樣子やうすを見みせた。「ねえ、お神かみさん、今いまの鶴崎つるざきの大將たいしやうも惡わるいぢやないか、丸まる八の嚊かゝを引掛ひつかけてるちうぢやないかい」
「そんな噂うはさだがな、困こまつた若旦那わかだんなだ。去年きよねんも吉きちどんが鮪まぐろ取とりに土佐とさへ行いつた留守るすにも、何なんだかあつたやうだしな」と、女主人かみさんは小聲こごゑで云いつた。
「大將たいしやう、金かねはあるし懷手ふところでで遊あそんでるから、そんなことでもせねや日ひが立たつまい。それに丸まる八も鶴崎つるざきの家うちにや親爺おやぢの代だいから借金しやくきんがあるし、世話せわになつてるんだから、目めをつぶつて我慢がまんしてるんだらう。嚊かゝあのお伽とぎは借金しやくきんの利息りそくのやうなものだ、ハツヽヽヽ」
予よはこんな話はなしを聞きいて、好奇心かうきしんが湧わき上あがり、急きふに鶴崎つるざきを訪たづねて見みたくなり、飯めしが濟すむと、女主人かみさんに案内あんないさせ、提灯ちやうちんぶら提さげて、その家うちへ行いつた。潜戶くゞりを入はいると、庭前にはさきで盲目めくらの男をとこが唐臼からうすを搗つき、かの若主人わかしゆじんは臼うすの側そばに立たつて、何なにやら小言こごとを云いつてゐたが、予よを見みると、ぺこ〳〵二三度ども頭あたまを下さげて、「よくお出いで下くだすつた」と、手てを取とらぬばかりにして、座敷ざしきへ通とほした。
予よが旅行中りよかうちうの見聞談けんぶんだんを緖いとぐちとし、主人しゆじんは釣つりの話はなし獵れうの話はなしをぺら〳〵と絕間たえまなく述のべ立たて、終しまひには倉くらから書畵しよぐわを一抱かゝへも持出もちだして、一々所由いはれの說明せつめいを始はじめる。舊家きうかほどあつて、山陽さんやうや文晁ぶんてうや竹田等ちくでんとうの眞筆しんぴつもあるが、中なかにはひどい贋作がんさくも交まじつてゐる。
「御覽ごらんの通とほりの貧乏村びんばふむらで、外ほかに書畵しよぐわなんか持もつてる家うちは一軒けんもありませんがね、私わたしの家うちは祖父ぢゞの代だいから、多少たせう風流氣ふうりうぎがありましてな、矢鱈やたらにこんな者ものを集あつめたのです。この竹田ちくでんのなぞは祖父ぢゞが九州しうへ參まゐつた時とき、わざ〳〵賴たのみましたので、丹山翁たんざんおうの需もとめに應おうずとある丹山たんざんは、祖父ぢいの雅號ががうですよ」
「しかし隨分ずゐぶんお集あつめになつたものですな、これ丈だけあれば東京とうきやうへ持もつてゝも大たいしたものですよ」
と、褒ほめ立たてれば、主人しゆじんは「へゝゝゝ」と笑わらつて、「なあにこれ許ばかりぢや、まだ自慢じまんになりません、私わたしも一ひとつ奮發ふんぱつして名作めいさくを蒐あつめたいと思おもつてゐます。で、どうでせう、折角せつかくお近付ちかづきになつたんですから、貴下あなたにも一ひとつ書かいて頂いたゞく譯わけに行いきませんか、大切たいせつにして子孫しそんに傳つたへます」
「どうして私わたし共どもの者ものが」
「いえ是非ぜひお願ねがひ申まをしたい。こんな好機會かうきくわいはないんですから」
と、東京とうきやうでは埃屑ごみくづの如ごとき予よを、天下てんかの大美術家だいびじゆつかでゝもあるやうに、頻しきりに嘆願たんぐわんし、
「こんな田舎ゐなかでもね、昔むかしから年ねんに二度どや三度どは、書家しよかだの歌人うたよみだのが、私わたしの家うちを訪たづねて、幾日いくかも逗留とうりうして行いきますよ、貴下あなたも御遠慮ごゑんりよなく私わたしの家うちへお越こしになつて、五日かでも六日かでも御逗留ごとうりうなすつて、ゆつくりお書かき下ください、明日あすあたり釣つりにでも御案内ごあんないしませう」
予よはこれ程ほど尊敬そんけいされ優待ゆうたいされたことは、甞かつて例れいがないのだから、多少たせう得意とくいになり、二三度ど形式的けいしきてきに辭退じたいした後のち、翌日よくじつから此家こゝの離座敷はなれに移うつることを約やくした。
一村そんの半なかばは疊たゝみのない家いへで、障子しやうじの代かはりに蓆むしろを垂たれてる程ほどだが、その間あひだに在あつて鶴崎つるざきの家うちは一箇この小城廓せうじやうくわくの趣おもむきがある、四方はうを練塀ねりべいで圍かこみ、屋敷内やしきうちに數畝すうほの菜園さいえんもあり、土藏どざうが二ふたつ、母屋おもやは百餘年よねんを經へたもので、柱はしらに蝕むしばんだ跡あともあるが、如何いかにも手丈夫てじやうぶで宏壯こうさうに出來できてゐる。
若主人わかしゆじんは丁度ちやうど三十歲さい、小學校せうがくかう卒業後そつげふご、近村きんそんの漢學塾かんがくじゆくに學まなんだのみで、左程さほど學問がくもんをしたらしくはない。今いまは一家かの主權者しゆけんしやだが、何なんと定きまつた仕事しごともなく、一村そんの問題もんだいにも少すこしも關係くわんけいせぬさうだ。
「しかし貴下あなたが村むらを指導しだうなさらなくちや、外ほかに適任者てきにんしやはないでせう」と、予よが問とうと、彼かれは髯ひげを捻ひねつて鹿爪しかつめらしく、
「いやこの村むらの奴やつは皆みな野獸やじうのやうでしてね、目上めうへの者ものを敬うやまうことを知しらず、行儀ぎやうぎ作法さはふも辨わきまへんのですから、指導しだうも何なにもありませんよ、だから私わたしは村むらの者もの等らが何なにをしやうと、一切さい關かまはないで、自分じぶんは自分じぶんで好すきな事ことをして氣樂きらくに暮くらしてゐます。しかし四五年前ねんまへから私わたしが先さきに立たつて碁ごの會くわいや淨瑠璃じやうるりの稽古けいこを始はじめました。そのために多少たせうは上品じやうひんな氣風きふうが出來できて來きたやうです、明日あすも朝あさから碁ごの師匠しゝやうが來くる筈はずですが、貴下あなたも會くわいにお加くはゝりなすちや如何いかゞです」
「えゝ有難ありがたう、しかし田舎ゐなかにゐると長命ながいきをする譯わけですね、私わたしもどうかして、こんな風景ふうけいのいゝ田舎ゐなかの遊民いうみんになりたいものだ」
と、染々しみ〴〵彼かれの境遇けうぐうを羨うらやんだが、彼かれはそれを當然たうぜんの如ごとく思おもつて、「ぢやどうです、此地こゝに永住えいじうなすつちや、向むかひの島しまは私わたしの家うちで有もつてるんですが、お望のぞみならば、あれを全部ぜんぶお貸かし申まをしてもいゝ。今いまは近所きんじよの者ものに貸かしてるんですが、何なに、何時いつだつて取上とりあげりやいゝんでさあ」
と、事こともなげに云いつて、大口おほぐち開あけて笑わらふ。
「はあ、私わたしもうんと稼かせいで財產ざいさんを造つくつたら、島しまを拜借はいしやくして、別莊べつさうでも建たてるんですね、しかし島しま一ひとつ御自身ごじしんの者ものだと、貴下あなたは丸まるで王樣わうさまのやうですね」
と、予よも相手あひてを見みて煽動おだてると、
「いや、この小ちいさい村むらですが、畠はたけの三分ぶんの一ばかりは私わたしの所有しよいうです、全體ぜんたいこの村むらの草分くさわけは私わたしの先祖せんぞで、代々だい〴〵村むらのためには盡つくしたものです。だから明治めいぢの初はじめに頌德碑しやうとくひを立たてゝ、お祭まつりをした位くらゐですが、どうも世よの中なかの風儀ふうぎは惡わるくなりましたね、今いまじや石碑せきひも滅茶めちや々々〳〵に瑕きづがついてゐます。一ひとつは今いまの學校がくかう敎育けういくが惡わるいんですな、貴賤きせんの區別くべつも敎をしへるぢやなし」
と、大おほいに憤慨ふんがいした。それから下女げぢよがわざ〳〵隣村りんそんから取とつて來きた酒さけの御馳走ごちそうがあり、予よは十時じ過すぎに宿やどへ歸かへり、旅商人たびしやうにんと一緖しよに、襖ふすまもない居室へやに眠ねむつた。
その翌朝よくてうから予よは鶴崎つるざきの賓客ひんかくとなり、三度ど々々取立とりたての魚さかなを饗きやうせられ、絹夜具きぬやぐに寢ねかされ、「先生せんせい」と呼よばれて、二三日にちを送おくつた。で、主人しゆじんの日常にちじやう生活せいくわつを見みてると、彼かれは朝あさ早はやく起おきて、褞袍どてらを着きたまゝ胡座あぐらをかき、煙草たばこを吸すひながら、作男さくをとこを指圖さしづし、自身じゝんも時々とき〴〵はぶらり〳〵畠廻はたけまはりに行ゆくらしい、家うちにゐる間あひだは一時間じかんに一度ど位ぐらゐ、下女げぢよか下男げなんか妻君さいくんか誰だれかに向むかつて、何なにか云いつては怒鳴どなつてゐる。屡々しば〳〵屋敷やしきの周圍まはりを懷手ふところてでぶらつき、偶々たま〳〵落書らくがきでも見みやうなら、凄すさまじい聲こゑで下男げなんを呼よんで削けづらせ、惡戯者いたづらものでも見みつけたらば、子供こどもであらうと女をんなであらうと引捕ひつとらへて縛しばり上あげる。しかし予よに對たいしては穩おだやかで親切しんせつで、全まつたく人ひとが異ちがうやうだ。妻君さいくんは痩やせて靑あをく、大抵たいていは奧おくへ引込ひつこんでゝ、家いへの事ことにはあまり關かまつてゐないやうだが、一人ひとり變へんな男をとこが始終しよつちう出入でいりして、下男げなん下女げぢよ以上いじやうの特權とくけんを持もつてゐるやうだ。婢僕ひぼくはこの男をとこを馬鹿市ばかいち々々々と蔭かげで呼よんで居るが、主人しゆじんには餘程よほどのお氣きに入いりと見みえ、何なにをしても小言こゞとを喰くつたことがない。丈たけが短ひくくて顏かほが圖拔づぬけて大おほきく、智慧ちゑの足たらんやうな所ところもあるが、又また極きはめて敏捷びんしやうで、樹登きのぼりや屋根傳やねづたひをさすと、飛鳥ひてうの如ごとく身みを運はこぶ。それに不仁身ふじみであつて、打ぶたれても毆なぐられても痛いたくはないといふ。
或晚あるばん主人しゆじんは、予よの前まへにこの馬鹿市ばかいちを呼よび、鞭むちを持もつてぴしやり〳〵脊中せなかを打うち、「不思議ふしぎぢやありませんか、これで何なんとも感かんじないんですから、さあ貴下あなたも一ひとつ打ぶつて御覽ごらんなさい、實際じつさい當人たうにんに苦痛くつうはないんです」と、鞭むちを前まへに置おいて勸すゝめたが、予よは如何いかにも殘酷ざんこくな氣きがして、座興ざきようにもそんな眞似まねは出來できず、その代かはりに杯さかづきを差さしてやると、市公いちこうは續つゞけ樣ざまに五六杯はいを煽あほつて、その悟さとれる如ごとく愚ぐなるが如ごとき顏かほを赤あかくして、船頭唄せんどうゝたを唄うたつた。聲こゑもいゝし唄うたも面白おもしろいが、予よには何なんとなく哀あはれに感かんぜられる。
で、主人しゆじんに向むかつて、「一體たいこの男をとこは何物なにものです」と聞きくと、
「孤兒こじですよ、親爺おやぢは鳴門なるとで難船なんせんして死しぬる、阿母おふくろは旅商人たびあきんどと駈落かけおちする、後あとに一人ひとり殘のこされてたのを、可愛かあいさうだから、私わたし共どもが育そだて上あげてやつたんです、今いまは舟乗ふなのりになつて、糊口くちすぎだけは出來できるんですが、氣きまぐれ物もので、何處どこへ行いつても永ながくは勤つとまらんのです」
「しかし孤兒こじぢや可愛かあいさうですね」と、市公いちこうを見みて、同情どうじやうを表ひやうしたが、彼かれは平氣へいきな顏かほをして、予よと主人しゆじんとを見比みくらべてゐる。
予よは出立しゆつたつの前日ぜんじつ、スケツチ帖てうの一ひとつを材料ざいれうとし、主人しゆじんに約束やくそくの小ちいさい風景畵ふうけいぐわを申譯まをしわけだけに書かき上あげ、獨ひとり屋後おくごの丘をかや畠はたけの畦あぜを散步さんぽし、感興かんきように耽ふけつた。中秋ちうしうの空そらは底深そこふかく澄すみ、目めの下したには靜しづかな海うみが廣ひろがり、一村そんは柔やはらかな光ひかりを浴あびて眠ねむれるが如ごとく、寂せきとして人語じんごなく、只たゞ漁船れうせんから物打ものうつ音おとがコト〳〵と幽かすかに響ひゞくのみ。小徑こみちの左右さいうには大木たいぼくはなく、山間さんかんのやうに落葉おちばを踏ふむの興きようはなけれど、灌木くわんぼくが繁しげつて、その間あひだに女郞花をみなへし濱萩はまはぎが交まじつてゐる。予よは此等これらの花はなを雜草ざつさうの間うちから、一本ぽんづつ撰えり出だしては折をり、花束はなたばを作つくりながら、無意識むいしきに菜畠なばたけを橫よこぎつてると、後うしろから怒鳴どなる聲こゑがする。顧かへりみると一丁ちやう程ほど隔へだてゝ頰被ほゝかむりをした大男おほをとこが鍬くわをついて立たつてゐる。予よは別べつに氣きにも止とめず、ずん〳〵步あるいてると、彼かの男をとこは物ものをも云いはず、いきなり、後うしろから予よの後腦こうのうを打うつた。力ちからが籠こもつてるのでもないが、痩身やせみには酷ひどく應こたへて、前まへへのめつたのを、漸やうやく踏ふみ止とまつて、「何なにをするんだ」と、身構みがまへすると、
「馬鹿ばか、何なにをするもあつたものか、おれの大事だいじな畠はたけを何故なぜ踏ふみやがつた、今いま鍬くわを入いれたばかりぢやないか」
と、恐おそろしい劍幕けんまくに、予よは吃愕びつくりして、一口ひとくちの返答へんたふも出來できず、ぼんやり相手あひての顏かほを見みてると、突如だしぬけに目めの前まへに市公いちこうが現あらはれて、
「この人ひとは若旦那わかだんなの大事だいじなお客樣きゃくさまだぞ」
と相手あひてを叱しかり、予よの手てを執とつて、さも保護者ほごしやでゝもあるやうな態度たいどをして、大股おほまたに步あゆみ出だした。予よは胸むねを鎮しづめて、
「彼奴あいつは誰だれだ」と問とふと、
「丸まる八といふ奴やつさ」と云いふ。
「うん、あれか」と獨ひとりで首肯うなづいて「市いちさん、お前まへは鶴崎つるざきの旦那だんなのことを知しつてるだらう」
「そりや知しつてるとも、何なんでも知しつてらあ、あの旦那だんなはえらい人ひとだ、誰だれでも意地いぢめる者ものがあつたら、旦那だんなにさへ云いひつけやうなら、直すぐ敵かたきを取とつて吳くれらあ、何なにしろ我等おいらあ、旦那だんなのお氣きに入いりだもの」と、大得意だいとくゐの風ふうをして、「それで我等おいらあ、村むらの者ものが、旦那だんなの惡口わるくちを云いつてると、直すぐ吿口つげぐちをしてやらあ、旦那だんなは喜よろこぶせ」と首くびをすくめて予よの顏かほをのぞき〳〵、その吿口つげぐちの例れいを話はなす。
予よは市公いちこうに連つれられて、宿やどへ歸かへつたが、百姓しやうに毆なぐられたことは一言ひとことも語かたらず、獨ひとり離座敷はなれに引籠ひきこもり、鞄かばんを整頓せいとんし、翌朝よくてう出立しゆつたつの用意よういをなし東京とうきやうの友人いうじん宛あてに、二三の端書はがきを認したゝめて居ると、母屋おもやの方はうで、主人しゆじんの怒鳴どなり聲ごゑがして、靜しづかな空そらに尖するどく異樣ゐやうに響ひゞく。又また始はじめたなと、障子しやうじの隙間すきまから窺のぞくと、主人しゆじんは小高こだかい緣側えんがはに座すわり、その下したの石段いしだんに、かの見覺みおぼえある百姓しやうが蹲しやがんでゐる。少すこし隔へだつてる爲ため、言葉ことばの綾あやはよく分わからぬが、見みた所ところ、白洲しらすのお捌さばきといつた風ふうだ。
主人しゆじんは疎まばらな髯ひげを捻ひねつて尊大そんだいに構かまへ、眉まゆを怒いからせて相手あひてを睨にらみつけてゐたが、百姓しやうは俯うつむいて、口くちを噤つぐみ、暫しばらくして挨拶あひさつもせずに歸かへつてしまつた。
予よは主人しゆじんに對たいして、不快ふくわいな氣きが萠きざし、優遇いうぐうも有難味ありがたみがなくなり、この平靜へいせいの漁村ぎよそんも多少たせう厭いやになり出だした。
すると主人しゆじんは微笑にこ〳〵して入はいつて來きて、
「散步さんぽして入いらしつたんですか、今いまね、市公いちこうに聞きゝますと、馬鹿奴ばかめが貴下あなたに大變たいへん御無禮ごぶれいな事ことを致いたしたさうで、どうも無敎育むけういくの者ものは仕方しかたがありませんよ、それについて私わたしも申譯まをしわけがないと思おもひましてな、早速さつそく彼奴あいつを呼よびつけて小言こゞとを云いつときました。なあに不都合ふつがふな奴やつには、田地でんぢを取上とりあげてやりますよ、あの田地でんぢだつて皆みな私わたしの者ものですからな」
と、自身じゝんの威光いくわうを見みよと云いはぬばかりの風ふうをする。
「だつて、それ位くらゐの事ことで、あんな貧乏者びんばふものの田地でんぢを取上とりあげるのは可愛想かあいさうぢやありませんか、どうせ私わたしが惡わるいんだし」
「いや〳〵、あんな蟲むしけら同然どうぜんの者ものには口くちで敎をしへたつて駄目だめです、食くふにも困こまるやうになつたら、少すこしは性根しやうねが入いるでせう」
と、彼かれは百姓共しやうどもの卑いやしい汚きたない生活くらしの樣さまを說明せつめいして、頻しきりに「蟲むしけら同然どうぜんです」を繰返くりかへした後のち、「どうです、釣つりにお出いでなすつちや、私わたしが御案内ごあんない致ゝたしませう」と勸すゝめる。予よは今日けふに限かぎり釣魚つりに心こゝろも向むかなかつたが、この一日にちが瀨戶内海せとないかいの見收みおさめであれば、强しいて心こゝろを引立ひきたてゝ承諾しやうだくした。
で、市公いちこうに釣道具つりだうぐを擔かつがせて、一足ひとあし先さきへやり、予よと主人しゆじんとは後あとから磯いそへ出でたが、何時いつもの通とほり肥桶こへたごを擔かついだ老農夫らうのうふも網あみを抱だいてるチヨン髷まげの漁夫れうしも、皆みな擦すれ違ちがひ樣ざまに鉢卷はちまきを取とつて恭うや〳〵しく挨拶あひさつし、主人しゆじんは目めか顎あごで會釋ゑしやくして村王そんわうの威ゐを示しめす。中なかには予よに對たいしても腰こしを屈かゞめる者ものもあつたが、ふと埠頭場はとばに集あつまつて艫綱ともづなを造つくつてる二三の若わかい漁夫れうしが、互たがひに予よを見みては嘲あざけつてるやうなのが目めについた。ほんの耳語さゝやいてるのであらうが、田舎者ゐなかものなれば、自然しぜんに聲こゑが大おほきくて、予よの過敏くわびんな耳みゝには響ひゞいて來くる。
「あの人間にんげんをぶん毆なぐつたら、田地でんぢを捲上まきあげられるんぢやちうぜ」
「彼奴あいつは馬鹿市ばかいちの相棒あひぼうだらう、馬鹿ばか旦那だんなの御機嫌取ごきげんとりに遠方ゑんぱうから來きたんさ」
「おれ逹たちや腕うでさへありや、五兩りやうや十兩りやうは何時いつでも稼かせげらあ、船板ふないた三尺しやく下したあ地獄ぢごくと决きまつてるんだから、誰だれだつて恐こわかあないさ、」
「さうとも、あの大將たいしやう、又また漁場れふばへ邪魔じやまをしに行いきやがらあ、鰒ふぐでも釣つるんかい」
と、彼等かれらの一人ひとりは予よに向むかつて握拳にぎりこぶしを突出つきだして見みせ、くつ〳〵笑わらつてゐる。予よは不快ふくわいで溜たまらなくなつた。主人しゆじんには聞きこえぬのか聞きこえたのか知しらぬが、高聲たかごゑで釣つりの講釋こうしやくをしながら、舟ふねに乗のり、市公いちこうには閼伽あかをすくはせ、自分じぶんでは櫓ろを操あやつる。予よは舳へさきに彳たゝづんで煙草たばこを吹ふかせてゐたが、不快ふくわいの念ねんは容易よういに去さらぬ。
舟ふねは油あぶらを流ながしたやうな水面すゐめんを辷すべつて、島蔭しまかげへ來きた。主人しゆじんは櫓ろを棄すてゝ水棹みさほを取とり、
「魚うをにも巢すがあります、だから釣つりもその巢すを見みつけてからでなくちや、幾いくら上手じやうずでも釣つれるもんぢやありません」と、舟ふねをその魚うをの巢すの側そばへ留とめ、市公いちこうに碇いかりを卸おろさせた。蒼あをく澄すんだ水みづの底そこに藻屑もくづが生おひ茂しげり、小ちいさい魚うをが水面すゐめんに飛とび上あがるのを見みると、予よは心躍こゝろおどり、先さきの不快ふくわいも忘わすれてしまう。此處こゝには既すでに二三艘さうの漁船れうせんがゐて、一心しんに釣つりをしてゐたが、我等われらの舟ふねを見みると、漁夫れうしは變へんな顏かほをして、相あひついで他方たはうへ逃にげて行ゆく。
「そら疫病神やくびやうがみが」と云いつてるやうに見みえる。
「私わたし等らが釣つると、外ほかの漁夫れうしの妨害ばうがいになるんぢやありませんか」
と、予よが氣兼きがねをすると、
「いや、此處こゝは私わたしが見みつけたので、先まづ私わたしの領分れうぶんのやうなものです、何卒どうぞ御遠慮ごゑんりよなくお釣つりなさい」
と、主人しゆじんは小蝦こゑびの肉にくを餌えさにして、釣針つりばりを垂たれると、見みる間まに大おほきな沙魚はぜが釣つれた。予よは市公いちこうに敎をそはつては釣つりを垂たれ、不馴ふなれな手てですら二三時間じかんに、沙魚はぜや海鯽ちぬや或あるひは鰒ふぐが數すう十尾びも釣つれた。
釣つりの面白おもしろさに、我等われらは多おほく話はなしもせず夕方ゆふがたまでこの島蔭しまかげに漂たゞよひ、釣つつては魚うをを舟ふねの底そこに投なげ入いれ〳〵してゐた。
「どうです一服ぷくやりますか」と、主人しゆじんは釣竿つりさをを置おいてマツチを擦すつた。
「成程なるほどよく釣つれますね、これだと商賣しやうばいになるでせう、僕ぼくも繪ゑを止やめて漁夫れうしになるかな」と、予よは舟底ふなぞこに重かさなり合あつてる魚うをが、ばしや〳〵音おとをさせるを聞きき、漁村ぎよそんの秋氣しうきの膓はらわたまで染しみ込こむを覺おぼえた。風かぜはます〳〵凪なぎ、ちぎれ〴〵の夕雲ゆふぐもも空そらに固定こていしてるやうだ。
主人しゆじんは兩膝りやうひざを抱いだいて銜くはへ煙管ぎせるで、「どうだ、市公いちこう、水練すゐれんを御覽ごらんに入いれちや」と、予よに向むかひ、「此男これは水潜みづくゞりの名人めいじんです」と云いつたが、市公いちこうはその言葉ことばの耳みゝに入いらぬ程ほど、一心しんに空そらを見みつめ、
「や、株虹かぶにじが出でた、大風おほかぜだ〳〵」と叫さけんだ。
主人しゆじんもその方はうを見上みあげて、「御覽ごらんなさい、あの虹にじを、あれが出でると、屹度きつと空模樣そらもやうが變かはるんです」
山やまの端はには、太ふとい短みじかい虹にじが物凄ものすごくかゝつてゐた。この内海ないかいの大嵐おほあらしはどんなであらう。予よが歸京後きゝやうごに描ゑがいた大作たいさくは、三人にんが舟中しうちうでこの虹にじを見みて居ゐる所ところである。